⒊固まった考え

 オープンケースの稼働音が、耳の奥に響いてくる。

 もう少しで十時を回ろうという時間帯。

 現在客は一切としていないのに、店内にある電化製品たちは、今か今かと商品をベストな状態に保ってくれているのだ。

 だというのに俺は、「十五分もしないうちに、あともう一息で家に帰ることができる」などと、煩悩の塊のようなことを考えていた。

 ……だってそうだろう? 作業はすべて終わったんだ。接客だって完璧にこなした。

 『当たり』は期待できないだろうし、残りの時間は消化試合に過ぎない。

 暇になると、また盗難事件について考えていた。

 

 …………うん。

 ……うん。

 うん!


 やっぱり今の俺は物凄く冴えている。

 今すぐ章野さんと隼に、この事実を報告してやりたい気持ちで一杯だ。

 俺の導き出した答えで、この事件を解決したい。二人の役に立ちたい……!

 表面上はポーカーフェイスを気取りながらも、俺の心中は高揚していた。

「――九条さん、聞いてます?」

「……ん? えーっと、なんだったっけ?」

 橘の声で俺の意識は戻された。

 そうだそうだ……特にやることもなく暇だったから、俺たちはレジ内で他愛のない雑談をしていたんだった。

 ちなみに先輩は個人的にやりたいことがあると言って、ウォークインに籠っている。

「シフトの話ですよ! 四時半に急にNINEがあって、「今日出てくれ」って言って来たんですよ。店長むちゃくちゃ過ぎませんか?」

「仕方ないよ。一人来なくなっちゃったんだから」

「全くもう! マユは友達と遊んでたっていうのに! これで友情崩壊なんてなったら、誰が責任取ってくれるんですかねっ!」

 橘が頬を膨らませて怒っている。

 わかりやすいぶりっ子だな。本当は稼げるからアリとか思っているくせに。

「来なかった新人を殴ってくればいいじゃん? そもそも全部そいつが悪いんだよ」

「ああっ、なるほど! たしかにそうですね! そうしましょう!」

 と言って腹パンのジェスチャーをする。

「ホント体力有り余ってるよな。元気の秘訣を教えてくれ」

「マユの体力は時間と反比例するんです! 残り時間が少なくなっていることを実感すればするほどパワーアップするんですよ!」

 何その特殊能力を持ったボスキャラみたいなの。羨ましいな、おい。

「……なるほど、だから序盤でミスばっかりするのか」

「あはは、その節はすみません……」

 数時間前の出来事を思い出し、委縮する橘。

 入れ忘れはするわ。気が抜けて客相手に溜口になるわ。温め過ぎで枝豆が爆発するわ。……枝豆って爆発するんだな。……もうとにかく大変だった。

 パワーアップじゃないな。俺の体力が吸収されてるんだろう、きっと。

「まあそれでも、ヘルプで橘が呼ばれるってことは、店長には期待されてるんだろ」

「期待ですか……いーえ、違いますね。いいように扱われてるだけです。でなきゃあんなカタコトみたいな文章になりませんよ。「人足りない 店終わる 助けに来て」って!」

 ははは……それは否定できねーな。

 俺たちがそんな風に浮かれていると、残り時間はあっという間に過ぎて行った。


 十時になり夜勤と交代した俺たちは、退散するように事務所へ引っ込んだ。

「ふぅー疲れたぁ! お疲れ様です~!」

 見境なくユニフォームを脱ぐ橘。

 中にワイシャツを着たままとはいえ、目のやり場に困ってしまう。

 すると、早々に勤怠を切った先輩が、帰り際にあるものを渡してきた。

「九条、これあげるよ」

「……んん? 何ですか、これ?」

「対象の商品を買ったら貰えるっていうおまけ。余ったからあげるよ。いらないなら橘でもいいけど。じゃ、お疲れ様です」

 そう言って、よくわからない物体を俺に押し付けると、返事をする間もなく、先輩はスイングドアの向こうに姿を消した。

 渡された物体をまじまじと見つめてみる。

 世界的にも有名なロボットアニメ『ランダム』の敵キャラの頭部をデザインしたペン立てのようだ。

 なるほど、敵キャラ故に、こいつだけ一個残ってしまったのだろう。

 それで、とりあえず男の従業員に……ということで、こいつを俺に……。

「まあ、貰っとくか……」

 捨てるのもあれだし、俺はそれをポケットに突っ込もうとして――すでにそこに先客がいることに気付く。

「マユも上がりますね。お疲れ様です~」

「あー……うん、お疲れ様」

 橘も勤怠を切ったようで、小走りで事務所を出て行く。

 俺はポケットからメモ帳を取り出して、改めて内容を確認してみた。

 ノートパソコン盗難事件。解決の光はもう目の前に見えている。

 四つの問題はクリアした。

 あとは明日が本番だな。

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