⒉冴える頭
フライヤーで二つの網を駆使しながら、から揚げとコロッケとメンチカツを揚げる。
そして並ぶ客を捌きながら、手が空いた合間に、ホットスナックを什器に並べていった。
客が宅急便を送りたいと言えば、メジャーとはかりでサイズを測定。
ネット料金を払いたいと言えば、言われた番号をレジに入力。
横槍のようにコピー機の使い方を教えてくれと言われれば、簡潔に操作を指南する。
一年間バイトをすれば慣れるもので、城の如く、俺はレジ内を動き回っていた。
「――九条さん、十円と百円がなくなりそうです! 両替しても良いですか?」
「オーケー、わかった。俺が一人でやるから急いでくれ」
「はい!」
レジ2のカウンターにレジストッパーを置き、客が流れて来ないようにする。
俺がレジ1で客を捌いていく最中、袋詰めをしながら横目で見ると、橘がレジ裏金庫の前にしゃがみ込んで、扉を開けるのに苦戦していた。
どうやらマグネット式金庫の扱い方がわからないようだ。
うおぉおおお。頑張ってくれ。こっちも手一杯なんだ……!
ようやく橘が両替を終えると、詰まりが取れた排水溝のように、客が一気に流れていった。
「――ふぅ、ひとまず波は過ぎたかな……。今のうちだから、こっちも両替しとくよ」
「はい! わかりました!」
橘がレジのヘルプにいる余裕のあるうちに、手間のかかることは済ませておく。
金庫内に常備している棒金をレジの中に入れ、代わりにレジの中からお札を取り出し(できれば諭吉)、そのお札を金庫にしまうことで両替は完了される。
俺は橘が掛かった半分の時間で両替を終えると、金庫の扉を閉めた。
「……」
思いがけない感覚に、全身が硬直してしまう。
金庫の扉を閉めたとき、頭に閃光が走ったような気がしたのだ。
マグネット式金庫は、専用のキーを扉に押し当てることで、内部のピンを押し上げ、鍵を開けるという仕組みだ。
それを先ほど行い扉を開けたのは橘だが――いま、扉を閉めたのは他でもない俺だ。
そんなのは当たり前なのだが……ふむ、そういうことか……。
二つ目はクリア――思いがけず、盗難事件のヒントを手に入れることになった。
汗一つ流していない橘が、スッキリしたようにカウンターの前を通り過ぎた。
「――品出し、終わりました!」
「おっ、ナイスー。こっちも良い感じだ」
言いながら、ホットスナックが展示会のように並べられた什器を見て、惚れ惚れする。
これだけ揚げておけば、ピークタイムも難なくこなせるだろう。
「じゃあ棚拭きやって来るわ」
「はい、お願いします!」
時刻は十八時半。後半戦と言うには少々早いが、橘が思ったよりも早く外の作業を終わらせてくれたので、俺も自分の作業を前倒しにして始める。
今日は……雑貨の棚でも拭いておくか。
流し下からマイクロファイバークロスとスプレークリーナーを取り出し、レジカウンターを離れて売り場に出る。
橘がレジに詰まった際には、今度は先輩がヘルプに行ってくれるようだ。
これなら心置きなく清掃ができる。
棚に並んでいる洗濯洗剤、食器洗剤をオリコンに移し、空いたスペースにクリーナーを噴射。湿らせたマイクロファイバーで、黒ずんだ棚板を拭いていく。
この辺はしばらく清掃していなかったのか、洗剤のボトルが置かれていたところだけ埃が積もっておらず、丸い形にぽっかり綺麗になっていた。
随分と跡が残ってるなぁ……。日焼けもしてるし……。長いこと掃除してなかったんだろうな……。
斑模様を丁寧にこすって落としていくと、気持ち良いくらいに白の輝きを取り戻す。
黙々と作業を進めていく。
……いかんいかん、冷静になるな。なんでこんなことしてるんだろうって思っちゃ駄目だ。今の俺は清掃マシーンだ。この棚をピカピカにすることに専念するんだ!
そう何度も反芻しながら、無心に手を動かしていく。
――自分でもどれくらい経ったのかわからなくなったとき、誰かがおずおずと顔を覗き込んできた。
「すみません、店員さん。お聞きしたいことがあるのですが宜しいですか?」
「はひっ、なんでしょうか?」
突然のことでちょっとビックリしてしまった。
相手のおばあちゃんは特に気にしていないようなので、今からでも毅然に装っておく。
「祝い袋はどこにありますか?」
「ああ、それならこっちですよ」
またか……と思いながらも、これも仕事の一つなので腰を上げる。
ライター、電池、祝い袋――これらはレジカウンターの向かいにあるため、初めて来店する客には見つけにくいのか、このコンビニで良く聞かれる質問の一つだった。
おばあちゃんを案内するため、歩幅を合わせてレジカウンターの方へ向かう。
「ここです」
「……わぁ、ありがとうございます。助かりました」
該当の棚を手で示すと、おばあちゃんは歓喜の声と共に深々と頭を下げた。
こんなことで喜んでくれるのなら、いくらだって案内をしても良いくらいだ。
そんなことを胸中で呟きながら、棚拭きに戻ろうと意識を切り替える。
しかしながら、レジの橘が困ったように、
「助けて下さい九条さん! ちょっとわからないことがあって!」
言われて見ると、何やらスマホを持った中年男性と揉めている。
……むぅ、今度は一体何だって言うんだ。
後輩のピンチを救うため、俺は営業スマイルを張り付けて、中年男性に話しかけた。
「どうかされました?」
「……すんません。おれ、タバコにあんま詳しくなくて……。これとおんなじものが欲しいんですけど、ありますかね?」
そう言ってスマホの画面を見せてくる。
全体的に緑色で、アルファベットで銘柄が書かれている。左上には薔薇を模したマーク。
なるほど……これは電子タバコの奴だな。色的にはメンソールか……。
おそらく客本人はタバコを吸わないが、友人か家族に頼まれて、この写真のタバコと同じものを買いたいということだろう。
…………同じものを買いたい、か…………。
三つ目も多分クリア――もしかしたら、今の俺は冴えてるのかもしれない。
「……九条さん、わかりますか?」
橘が、気を失った人間を起こすような雰囲気で声を掛けてくる。
「――あーはい、大丈夫です! これならわかりますよ!」
俺は慌てて取り繕うように、写真と同じものを取ってきた。
「おそらくこれだと思います。もし万が一間違ってたら、返品することも可能なので!」
「いえ、多分合ってると思います。ありがとうございます。じゃ、これ下さい」
何度も頷く中年男性。どうやら目当てのものに有りつけたようだ。
俺と橘は声を山彦させ、上機嫌で店を出て行く後ろ姿を見送った。
「助かりました! ありがとうございます!」
「いいよ。困ったことがあったらまた呼んでね」
先輩としてそれらしい態度を取りながら、今度こそ清掃に戻ろうとする。
ありがとう――ありがとう――ありがとう――。
数多くのエネルギーが俺の頭を活性化させていく。
「九条さん、なんでニヤニヤしているんですかぁ?」
「えっ、えっ? 俺っ、そんな酷い顔してた?」
気が付くと、橘が様子を伺うように顔を覗き込んでいる。
……って、顔が近いって!
「はい、下着を見つけた変態みたいな顔してました」
「逆にそういう顔を見たことがあるのか、橘は?」
「ありますよ。まんまそのままでしたよ~?」
そうなんだ……あるんだ。
橘が当然の如く即答するものだから、気圧されてしまう。
本当に女子高生の生きている世界ってよくわからないな。
困惑する俺だったが、一時の雑念は、清掃中の閃きに上書きされた。
これで四つ目もクリア――ピースが綺麗に嵌まった感覚があった。
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