二話 南京錠の密室②
⒈バイトへ出勤
放課後、バイト先のセントイレブン鞠那店に向かう道中。
俺はずっと考えていた。
犯人は部員の中に居るはず……だがそれが誰なのかはまだわからない。
目的が本当にノートパソコンを売って儲けることだとしたら、早いこと犯人を見つけないと手遅れになる。
犯人がノートパソコンを売ってしまう前に……。
逸る気持ちは歩くスピードを加速させる。
漆黒に染まりゆく夜空のたもと、住宅街は十人十色の輝きを放っている。
その中でも煌々とした灯りを一年中絶やさないのが、このコンビニエンスストアだ。
自動ドアが開くと、レジカウンターで作業をしていたパートのおばちゃんたちが、疲れを感じさせない勢いで、元気良く「いらっしゃいませ」と言ってくる。
客入りはぼちぼちで、レジに並ぶ家族連れ、カップル、総菜コーナーで今夜の食事を選別する若者たちを横目に、それら人混みを縫うように通り抜けた。
「おはようございます」
「おー、おはよ」
俺が卒なく挨拶を言うと、それに気づいた店長が気怠そうに挨拶を返してくる。
売り場の喧騒から逃げるように、店奥にあるスイングドアを押し開け、事務所に入った。
棚に置かれている廃棄食品の入った折り畳みコンテナ――オリコンを物色し、適当におにぎりを二つ取る。
今日もツナマヨと昆布だった。発注が多いのと人気がないのとで、シフトが入っている日の夕食は、大抵こいつらを食べている。
ユニフォームに着替え、パソコンで勤怠を切り、回転椅子に座って交代の時間を待つ。
おにぎりをかじりながら、天袋を見上げてみる。
POPを作るときに使うシーラー、裁断機、各種催事用の幟、果てには何かイベントで使ったのか小さな抽選機まで置いてある。
後ろの棚にはスナック菓子がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、これらは売り場の商品が減る度に持って行って補充することになっている。
相変わらず狭苦しい空間だが、今くらいしか落ち着ける時間はない。
『ノートパソコン盗難事件』と命名しておくが、気になっている問題点は全部で四つだ。
一つ目、犯人はどこから現場に侵入したのか?
これに関しては、章野さんが推理していた通り、正面のドア以外には考えられない。
一つ目はクリア――だがあと三つは、確信が持てないでいる。
「おはよう。ちょっと九条さんに相談があるんですが、いいですか?」
目を瞑って犯人の行動を妄想していると、四十代の男の、演技したような敬語が耳に入った。
推理の海から出てくると、申し訳なさそうにしている店長が居る。
……仕方ない、今は仕事に集中するか。
「どうしたんですか?」
俺はわざとらしく聞き返した。
普段は従業員をこき扱うような店長が、一枚の紙切れを抱え、似合わない敬語を使うときとはどのようなときか、本当は経験則からある程度予想はついているのだが。
「来月のシフトがきつくてさ。ここの木曜日、入ってもらうことはできないかな?」
夕勤メンバーの来月分のシフトが書かれた紙を机に置く。
紙面にはピンクのマーカーが塗られているが、所々が歯抜けになっている。
やっぱりな。まあそんなことだろうとは思った。
「別に良いですけど。……ああ、新人が飛んだんですね」
返事をしながら、名前の欄が一部消されている理由を察する。
ここに名前があった新人は、たしか今日のシフトが一緒だった。
「まあね。駄目そうかなーと思ったんだけど、やっぱり駄目だったよ」
またもや演技したような態度を取りながら、もう一つの回転椅子に腰を下ろす。
ふむ……渋面の店長を鑑みるに、もしかしたらクビを通告したのかもしれない。
たかが新人の一人とはいえ、コンビニを回す上では大事な一人だったりする。
今後の穴をどう埋めるつもりなんだろう、とどこか他人事に思っていると、
「九条の友達に、誰かうちに入ってくれそうな人はいないかな?」
「あー、そう来ましたか。できるだけ当たってはみますけど、期待しないで下さいね」
「いや、それでも全然良い! 休みの希望も多くて困っててさ!」
まあそうだろう。夕勤のメンバーは大半が高校生で構成されている。
青春、学業に精を出している彼らは、一秒たりとも時間を無駄にはしたくないのだ。
コンビニバイトも意外と生きがいに成り得るんだけどな……。
店長はピンクのマーカーをぐりぐり動かしながら、
「ホント助かるわ! もし見つかったら、木曜日代わらなくても済むんだけどね~」
「ところで、今日のシフトはどうなるんですか?」
「ああ、橘が来るから安心して」
店長が思い出したように顔を上げた瞬間、スイングドアが勢い良く開いた。
「おはよーございまーす! ……あれ、店長も居る。どうしたんですかぁ?」
「というわけで九条、頼んだわ!」
店長はそう吐き捨てると、「残りの業務を片付けてくる」と言って売り場に出て行った。
「あ、店長っ。わわ、逃げられた~」
橘は店長に言いたいことがあったようだが、タイミングを逃したらしい。
若干の怒りを抱えている橘のようだが、俺は素知らぬふりをして、
「おはよう橘。今日も元気だな」
「はい! トーゼンです! マユから元気を取ったら何も残らないですからねっ!」
橘まゆみ(たちばなまゆみ)――彼女は高校一年生の後輩だ。
友達と鉢合わせるのがハズいとの理由で、駅が二つ離れたこのコンビニで働くことを決めたらしい。
当然高校は違うので、それ以外のことは何も知らない。
新人だった頃は短髪黒髪だった気がするが、今では完全に亜麻色に染まっている。
多分、店長にバレないように少しずつ好みの色に変えていたのだろう。
もしかしたら店長は気付いていてスルーしている可能性もあるが、俺が密告する理由も特にないので放って置いている。
「橘って、俺と同じで高校から直で来てるんだろ? お腹空かないの?」
「空きますけど……これもダイエットの一環だと思うようにしてます!」
ダイエットするほどの体系じゃないと思うけどな。
女子高生はグラム単位で体形を気にする生き物なんだろう。
エネルギー補充なしでこれとは……この底抜けの明るさはどこから来るんだろうか。
橘はゴミ箱を一瞥すると、察したようなしたり顔になった。
「あれぇ、もしかして九条さん、またおにぎり食べたんですか~?」
「別にいいだろ。力が出ないと業務に支障が出るから。これも必要経費です」
店長も黙認しているくらいだし、わざわざ荒立てることもない。
事務所の掛け時計が、緩やかに時を刻んでいく。
「――前半は俺がレジ内をやるよ。後半になったら交代で。それでいいかな?」
「いつもの奴ですね。別にいいですよ!」
新人の代わりに橘が来たということは、今日の夕勤のシフトは、俺と橘ともう一人ベテランの先輩の三人で回すことになる。
先輩は自分に振られた作業を黙々とこなす人なので、あとは俺たちで上手いこと連携を取っていけば良いだろう。
ロッカーを閉める音が鳴る。橘の着替えが終わったようだ。
「よし、それじゃ売り場に出るか」
「はーい!」
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