⒎部員の証言

 まず話を聞けたのは、一居タイチ・一年生の男子と、二宮ケンジ・二年生の男子だ。

「できるだけ早く終わらせて下さいよ。時間が勿体ないんで。どうせ二宮さん辺りが盗ったんじゃないですか? 家、貧乏なんでしょ」

 一居は、身なりはそれなりに整っているように見えるが、俺たちの存在に嫌悪を感じているのは明らかだった。

 頭を掻いて、早く戻りたそうにしている。

「お前はまたそうやってぼくを馬鹿にして! 一居こそ、50万の価値があるって聞いて騒いでいたじゃないか!」

 二宮は黒縁メガネの向こうで、瞳をギラギラ揺らしている。

 まだ何も訊いていないのに、二人が出てくるなり喧嘩を始めて、俺は少々面食らった。

「……まあまあ落ち着いて。とりあえず一居君。何か急ぎの用事でもあるのかな?」

「さっさとゲームの続きをしたいんで。ランキングには命を賭けてるんですよ。一分一秒を争う世界なんで」

「はっ、何がEスポーツだ。お前みたいに生半可な気持ちで部に所属している方が、よっぽど怪しいね」

 一居の言葉に、二宮はいちいち噛みついている。

 普段の部活の様子がありありと想像できそうだった。

 挨拶はほどほどに、まずは南京錠について訊いてみると、一居が口を開いた。

「――南京錠? ああ、たしかに一昨日、顧問がそんな話をしてましたね。ケインズで買った頑丈な奴だって」

 隼からも顧問からも、すでにその話は聞いている。

 やはり南京錠は二日前に替わっていたらしい。 

「でも正直、それがなんだよ、って思いましたよ。だってドアの造りを見て下さいよ。掛け金で留めているだけでしょ。これくらい簡単に壊せますよ」

 一居が呆れたように指を向けるが、掛け金に壊れた形跡は特にない。

 それは南京錠も同様で、犯人は鍵を壊したわけではないということだ。

「ちなみに、一昨日と昨日、おかしな行動を取った部員はいないかしら?」

 これには二宮が答えてくれる。

「隠したと思われると嫌なので先に言っておくと、ぼくは昨日一回だけ、トイレに行きました。それ以外には特に何も。少なくともこの数日に、そういう人はいなかったと思いますよ。ただ、あえて言うなら……」

 そこで二宮は睨むような目つきと共に、人差し指を一居の方に向けた。

「一居は大抵の場合、真っ先に部室に来ているはずです。ぼくが左右田より早く来たときも、いつもこいつは部室の前に立っているので。みんなが来る前に、何か細工をしていたとは考えられませんか?」

 二宮の仲間を売るような行動に対して、一居はやれやれと頭を掻きながら、

「自分の家は両親がうるさくて、学校のときしか、集中してゲームをすることができないんですよ。スマホはあくまで連絡用で、家でゲームをやってるなんてバレたら没収されますからね。可能な限り、ゲームに時間を費やしたいと思っているんで」

「さっきもそんな話が出ていたけれど、一居君、あなたはEスポーツ派なのね?」

「Eスポーツ……強いて言うなら、そうなるんですかね」

「二宮君はどうなんだ?」

「断然ゲーム制作派ですよ。左右田はぼくの相棒なので。そもそもパソコン部は、ゲーム制作主軸だったんですよ。インターハイだって近いのに、傍でゲームばかりやって、気が散るって言ったらありゃしない」

 二宮は誇ったように熱弁する。

 左右田の相棒――そんなワードに、俺はちょっぴり嫉妬してしまった。

 そりゃそうか……隼ほどの人柄なら、俺以外にもそういう存在がいて当然だよな。

 情報をメモに書き留めていると、今度は一居の方から訊いてくる。

「先輩。犯人は部員の中にいると思っているんでしょう? こっちでもそういう話になっているんです。セキュリティーワイヤーを開けられたのは部員しかいないので。だから、こうやって事情聴取をしているんですよね?」

「目ざといね。たしかに可能性で考えるなら、その確率は限りなく高いよ」

「一居、まるで自分はそうじゃないみたいな言い分だな。どうせお前がやったんだろ。大体Eスポーツなんて、部活内容に入れるべきじゃなかったんだ。だからこういう面倒なことが起こるんだよ。一居じゃなかったとしても、犯人は一年生組の誰かだよ。去年は問題事なんて一切なかったのに」

「二宮君、あまり決め付けで考えるのは良くないと思うわよ?」

「そうですよ、二宮さん。感情的になると疑われますよ」

 にへらと笑う一居。余裕そうな態度は一貫していた。

「お前なぁっ! やっぱりこいつが犯人です! ちゃんと情報を集めれば、それがわかるはずだっ!」

「それはそうするつもりだけど……」

 だったら一旦冷静になってくれよ……。

 相変わらず一居に噛みつく二宮に、俺は呆気に取られていた。


 次に話を聞けたのは、三村カゲミツ・一年生の男子と、四葉シオン・一年生の女子だ。

「ノートパソコンを盗むなんて、馬鹿なこと考える奴がいたもんですよ」

 茶髪に染めたやんちゃそうな三村は、その見た目には似つかわしくなく、意外な正論を吐き捨てた。

「まったく……入る部活、間違えたんですかね。大体ね、改築をしてないのかなんだか知らないんですけど、今どき南京錠で鍵を閉めるってのが前時代的なんですよ」

「でもぉ、犯人はパソコン部の誰かですよ。ぶっちゃけ、あたしはそう思ってるんで」

 四葉はカールさせた長髪を弄りながら、器用に片手でスマホを操作している。

 一居と二宮のときもそうだったが、部員内でも疑心暗鬼になっている部分があるようだ。

「それで……その南京錠が替わったことに関してなんだけど……」

 話を戻そうとすると、これには三村が答えてくれる。

「ああ、これですよね。二日ぶりに来たらなんか替わってるなーとは思ったんです。金かけるとこ、そこぉ? ってなりましたよ。他にも使うべきところはあるってのに」

 掛け金にぶら下がっている南京錠を見ながら鼻で笑う。

 『二日ぶり』というワードが引っ掛かったので、そこを掘り下げてみた。

「部活は一日休んでたってことかな」

「えぇ、まあ……。一昨日は予定が入ってたんで。詳しいことは昨日の活動中に部長から聞きましたよ。ホームセンターで買ってきた頑丈な奴らしいですね」

 なるほど……三村は一昨日の南京錠が替わる瞬間には立ち会っていなかったと。

 そのとき外で何をしていたのか、証言の裏は取れないものかと思っていると、

「予定が入ってたねぇ……。ミムーってばさ、女子と遊んでただけでしょ~」

「あぁ? 急に何を言うんだ?」

 四葉はスマホをタップすると、一枚の写真を突き付けた。

「だったらこれ、何かなぁ? あたしの友達とカラオケに行ってたんでしょお? つまりは合コンね、合コン。はっきりとそう言えばいいのに~」

「親睦会って言ってくれよ……。変な表現はやめてくれ……」

 こと生徒会長の前だからか、三村が怒気を弱めていく。

 写真がアップされたタイムスタンプには、一昨日の十七時と表示されていた。 

「まー、そんなことはどうでもいいんだけどさぁ。――それより先輩方、知ってますか? あのノートパソコン、高値で取引されてるんですよ!」

「知ってるわ。その話は部長から聞いてるもの」

 四葉はうきうき気分になりながら、またもやスマホをタップする。

 『imsゲーミングノート 限定バージョン』――。

 こちらに向けてきた画面には、オークションサイトが表示されており、商品欄には現在の価格も明記されている。

「そうそう! 50万で売れるんですよ、あのノートパソコン。買った当時はもっと安かったらしいんですけど、今ではプレミアが付いて倍以上になってるんですよね~。それを知ってるのは多分部員くらいだし……てかまー、あたしが教えてあげたんですけど、盗んだ動機としては十分じゃないですか?」

 これに関しては、隼が言っていた情報とも一致する。

 ただ、部員にその情報を教えたのが四葉だというのが気になる。

 ノートパソコンについて調べていたということは、もしかしたらパソコン部の中で、彼女が一番その価値を理解していたのかもしれない。

「ちなみに二人は、パソコン部でどんなことをしているんだ?」

「Eスポーツって言うんでしたっけ。ゲームばかりやってますよ。『パソコン部に所属していた』事実が欲しいだけなんで。あとは……部長が持ってる小説を読んで、時間を潰したりしてますかね……。まあまあ面白くて、最近はそれが目当てになっているくらいで」

「え……あの小説、君は読んでくれているのか?」

 思ってもみない出会いに気持ちが昂る。

 まさかこんなところに同志が居たなんてな。

「はい……それがどうかしたんですか?」

「いや、これ以上は脱線するからいいよ」

「そうですか……とまあそんな感じで、正直活動内容にもあまり興味がないんですよね。友達とだべったりして、時間を潰してから来るくらいなんで。部室にはいつも最後に来てますね」

 そこで急に、四葉は吹き出したように笑った。

「あはは、それには同感かも~。やっぱりパソコン部で活動って、そんな陰キャみたいなこと、本気でやる方がおかしいよね」

「はっきり言うのね、あなた……。だったら何のためにパソコン部に入ったのよ」

「ただの彼氏探しですよ、彼氏探し。こういうドブみたいな部活なら、競争相手がいなくて楽かな~って思ったんで。てか実際、ワンチャンを狙いに来て正解でしたよ。隼君普通にイケメンだし、性格も周りのオタクと違って明るいし。あ、そうだ! 隼君って、好きな人いるんですかね? 先輩方は知ってますか?」

「左右田君なら、彼女が居てもおかしくないと思うけれど」

「まっさかぁ。こんな部活やってて、彼女なんているわけないですよ~。それより、ね? 脈ありか訊いてもらうことはできますか? そこはかとなく、あたしと隼君をくっつけてくれたら、おっぱい揉ませてあげますよ~!」

「九条君、揉んだら謹慎ね」

「やらねぇよ!」

 つい全力のツッコミを入れてしまう。

「あの……まだ訊くことありますか? 関係ない話すんなら、もういいですかね?」

「ああ……まあ、大事なことは聞けたからいいかな」

 おずおずと手を挙げる三村と共に、俺は白旗を揚げるように終わりの合図を示した。

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