⒍パソコン部へ
蛍雪高校二階。廊下の突き当たり。
『生徒会室』と書かれた教室の前で、俺は二の足を踏んでいた。
「これって、邪魔しちゃ駄目な奴だよな……」
脇に下げられているプレートには『会議中』と書いてある。
それに従うべきなのであれば、ここで生徒会長が出てくるのを待った方が良いのかもしれないが、俺たちには事情聴取をするという約束もあるのだ。
時間はすでに放課後になった。
校庭からは、部活に精を出している生徒の声が聞こえてくる。
一人で調査を進めようものなら、章野さんになんで自分を仲間はずれにしたのか、問い詰められそうな気がする。
――いや、やっぱり行こう。隼が困ってるんだ。少しでも早く解決しないと。
心の中で決意を固め、正面突破を選択した。
ノックを三回してまもなく、無機質な声で返事がある。
「……なんでしょうか……?」
戸が開かれると、章野さんではない女子生徒が立っていた。
サイド長めのショートヘアーをしており、ワンポイントとして青いリボンを結んでいる。
見上げるようにして俺を見つめているが……顔に何か付いているのか?
「あの、生徒会長はいらっしゃいますか?」
「……私がどうかしたの? あ、九条君じゃない!」
名前を呼ばれた章野さんが、女子生徒の影を避けるように姿を見せる。
それと同時に、室内がどのような状況だったのか、ありありとわかってきた。
中央に長机が四つ、くっついた状態で設置され、その周囲のパイプ椅子に腰を下ろす生徒が六人。
奥のホワイトボードに『年間行事の企画』と書かれていることから、おそらく生徒会役員やら何かの委員会やらが集まっているのだろう。
「ごめんなさい! 今会議中なの! キリの良いところまで終わったらすぐに向かうから!」
「ああ、いいよ。俺も一応様子を見に来ただけだから。先に行く次いでに、顧問に話を聞いておくよ」
「えぇ、わかったわ」
章野さんの言葉を受けて、深々と頭を下げ、生徒会室を後にしようとする。
だが、戸を開けてくれた女子生徒が、それを止めるように、
「……待ってください。会長に対して、随分と馴れ馴れしいんですね……」
「は、はぁ……ごめんなさい。悪気があったわけじゃないんですが……」
無表情から放たれる無機質な視線が、不思議な力で心を抉ってくる。
おっとりした印象があるのだが、彼女も生徒会役員というだけあって、何か信念があるのだろう。
だから俺の会長への態度に不満を抱いたのかもしれない。
「……また来てください。わたしのハーブティーを御馳走しますよ……」
彼女は最後まで無表情のままで、生徒会室の戸をゆっくりと閉じた。
パソコン部へ向かう前に、俺は職員室で顧問に会ってみることにした。
念のため、顧問が共犯の可能性を精査しておきたかったのだ。
直接会って話してみた印象だが、『この人が盗みをやるとは思えなかった』。
72歳の非常勤講師であり、長年蛍雪高校で先生をやっていると言う。
『そう言えばこんな先生居たかも』くらいにしか、その先生のことは知らなかったのだが、会話をしているうちに、蛍雪のことをどれだけ愛しているか、どうしてパソコン部の顧問をやろうと思ったのか、などの話を聞くことになり、とうとうこの先生を容疑者に入れること自体そもそもおかしいとまで思うようになった。
もちろんどんな人間だって犯罪に手を染める可能性はある。
印象だけで容疑者から外すのもどうかとは思う。
だが限りなくゼロに近いレベルで、顧問が犯行に関与している可能性はないと至った。
「……良かったわ、間に合ったみたいね」
「章野さん。会議の方は大丈夫なの?」
一階の廊下を歩いているとき、小走りで駆けて来たのは章野さんだった。
「とりあえず一段落ついたところ。後で戻る必要はあるけれどね」
「こっちは俺に任せてくれても良かったのに」
「いいえ、そうは行かないわ! 生徒会長として、犯人を見つけたいのよ!」
「そう言うと思ってた」
どうやら章野さんの様子を見るに、さっきの失礼は問題行動に当たらないらしい。
説教コースになったらどうしようかと思った。
パソコン部のドアの小窓。
室内を見ると、隼含めて五人の生徒が作業をしている。
いや実際には、スマホを弄っているだけの生徒や、漫画を読んでいるだけの生徒も居るが。
俺はドアをノックして、隼とアイコンタクトを取って外まで呼び出した。
「――部員に話は通してあるよ。ノートパソコンの盗難について、生徒会長が話を聞きに来るって。にしても凄いな。生徒会長って言うだけで、みんな大人しく言うことを聞くんだから」
「からかわないでよ」
満更でもないのか、そっぽを向いて照れている。
「室内で話してると落ち着かないし、一人ずつ外で話を聞く感じでいいか」
「ああ、その方が助かる。手の空いた奴から外に行くように言ってくるよ」
俺の提案を聞き入れると、隼は勇んで室内に戻ろうとするが、
「待って左右田君。私は二人ずつの方が良いと思うわ」
「どうして?」
引き止められた隼はきょとんとするが、俺は章野さんの意図にすぐに気付いた。
「……ああ、その方が証言の信憑性が増すってことかな」
「そういうことよ。嘘を吐かれたら面倒なことになるわ」
隼は改めて俺たちの提案を受け入れると、今度こそ室内に戻っていった。
ドアを開閉するたびに、冷気が外に漏れ出してくる。
コンピューターは熱にデリケートと聞く。
それだけ敏感になっているのだろう。
「……あ、そうだ。顧問に実際に会ってみたんだ。こう言っちゃなんだけど、疑うとしても、まずは部員の話を聞いてからでも良いと思うよ」
「わかったわ。九条君がそう思うなら、その見解を信じるわよ」
「信頼されてるってことかな」
「そういうわけじゃないわ。顧問の先生が誰か、私は知ってるの。やっぱりあの人は違うって、今ので確信が持てただけ」
そういうことか。なんかちょっと残念だな。
「何を訊くのか、要点は纏めてる?」
「そうだなぁ……やっぱり南京錠のことを詳しく知りたいのと……あとは活動中の様子かな。それがわかれば、密室についての糸口になるでしょ?」
「左右田君は、パソコン部はゲーム制作とEスポーツをやっていると言っていたわね。その辺りの人間関係、どちらの派閥なのかも、念のため訊いてみましょう」
「よし、わかった」
俺は急いでメモ帳を広げ、ボールペンを構えた。
「さて、気を引き締めていきましょうか」
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