⒌いくつかの疑念

 部室に戻ってきた俺は、早速気になったことを訊ねてみた。

「隼、鍵はいつもどうしてるんだ?」

「南京錠の鍵のことか? いつもブレザーの内ポケットにしまってるよ」

「そのままの状態で?」

「いや――。生徒手帳でこういう風に挟んだ状態にして、それでポケットに入れてるよ」

「鍵を盗られたり、生徒手帳ごと落とした可能性は?」

「ないな。絶対にない。いつも肌身離さず持ち歩いてるからな」

「いつもってことはないでしょう? 体育のときには制服を脱いでいるはずよ」

 章野さんが尤もなことを言う。

「……あーたしかに。けど、これを貰ってからはまだ体育はやってないからな。この鍵を顧問から貰ったのは一昨日のことなんだよ」

「というと?」

「今までは安物の南京錠を使ってたんだけど、防犯的には心配もあってさ。最近になって顧問がホームセンターで買ったっていう、今の南京錠に付け替えたんだ。それが一昨日のこと。「ケインズで見つけた頑丈な奴だ。ピッキング対策もされてある」って、自信満々に言ってたよ。そのときに代表して、部長である俺が鍵を預かったってわけ」

「スペアキーとかあるのか?」

 俺は新情報をメモ帳に書き留めていく。

「二つあるけど、両方とも顧問が管理してるよ。部員に渡されたのは俺が持ってるこいつだけだ」

 それを聞いて俺は思った。

 もしや犯人はその顧問なのではないか?

 動機についてはおいおい訊いてみる必要があるが、鍵を持っていたという事実はたしかにある。

「なぁ、それってさ……」

「顧問が盗んだ可能性はないの?」

 俺が重い口を開こうとしていたところを、章野さんが代わって質問した。

「はっきり言う……それはない。顧問は非常勤で、昨日は学校に来ていないからな。容疑者からは外していい。スペアキーは顧問の机の、鍵付きの引き出しにしまってあるって話だし、共犯でもない限り、その鍵を誰かが使ったとは思えないよ」

 共犯か……それに関しては、できれば今は追いたくない方向である。

 それを言い出したら、トリック云々にキリがなくなる。

「なら、こういうのはどうかしら? 同じタイプの南京錠を買って、鍵だけを使うの」

 章野さんが奇抜な推理を展開する。

 なるほど、それなら犯人にも鍵を用意できるかもしれない。

「パッケージごとに形の違う鍵が同梱されてるらしい。何通りか存在しているみたいだし、その方法じゃ現実的じゃないな」

「合鍵は? 写真でも簡単に作れるって聞くけど」

「顧問本人が店に出向かない限り無理だ」

「詳しいのね」

「鍵を受け取るときに、訊いてもいないのに話してきたからな。とにかく、鍵の複製は不可能だよ」

 思いつく限りの推理をぶつけてみる章野さんだが、悉く否定されていく。

 最後に、章野さんは自信たっぷりに、隼のことを見据えて問いかけた。

「じゃあ左右田君が持ってる鍵はどうなの? それを使えば密室は作れるわよね?」

「だから言ったろ。章野、これは一昨日から、ずっと俺が持ってるんだぜ」

「えぇ、そうね。でもそれを使える人が一人だけいるでしょう?」

 今度は含ませたような言い方をする。

 室内に張り詰めた空気が流れた。

 それは真っ先に俺が除外していた推理でもあった。

「……まさかお前、俺を疑ってるのか?」

「いえ、可能性の話よ。もしかしたらそうなんじゃないかって思っただけ」

「自分でパソコンを盗んで、自分で騒いでたって言うのか? 動機は何なんだよ」

「同情を誘って、部費を要求しようとしたのかも」

「馬鹿な……そんなめちゃくちゃな推理があるかよ!」

 一転して、隼が感情を全身に表す。

「落ち着けって隼。俺はそうは思っちゃいない。章野さんだって、本心で言ったわけじゃないはずだ」

「どうかしらね……。他にそれらしい動機があるのかしら?」

「そんなの……どうせパソコンを売って儲けようとしたんだろ」

「そのノートパソコンにはそれほど価値があったということ?」

「どうだろうな。部員が騒いでたのを聞いただけさ。興味がなかったから聞き流したけど、中古でも50万は下らないとかなんとか……」

 50万円で売れるノートパソコンか……。

 これは確定と言っても良いのではないだろうか。

 隼はデータをUSBメモリに保存していると言っていたし、犯人の目的がノートパソコンの中身だったとは思えない。

 つまりこれは本体の『価値を知っていた人間』による、『金銭目的の盗難』と考えた方が自然だ。

 そう言えば、訊きそびれていたことがある。

 セキュリティーワイヤーのダイヤル錠についてだ。

「このダイヤル錠、いつも開けているわけじゃないんだよな。暗証番号を知っているのは誰なんだ?」

「あ……そ、それは……。部員だけだけど……」

「なら、次は部員に話を聞く必要がありそうだな」

「今度は部員を疑うのか?」

「どの道情報を得るためには必要なことなんだ。パソコンを取り戻したいと思っているなら、協力してくれ、隼」

「そうね。そうすることが疑いを晴らす近道だわ」

「章野は『仲間』を信じるなって言いたいのか?」

「違うわ。信じたいからこそ、疑う余地がないとはっきりさせたいの。言ったでしょう? 困っている生徒を見過ごすことはできないって」

 隼は感情を見せないような表情で俯いたが、しばらくするとゆっくりと顔を上げた。

「……わかった。そうしてくれ。放課後になったらいつものように集まってくるはずだ」

「現場確認の次は『事情聴取』だな」

「はは、そうだな……」

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