⒋気になること

 一旦部室を離れた俺は、近くの男子トイレで用を足したところだった。

 自分の世界、自分の時間を作り、現在揃っている情報で推理してみる。

 昨日隼が帰る直前まで、ノートパソコンはあったと言う。

 そして今日の早朝部室に来てみると、それが失くなっていた。

 普通に考えるなら、犯人は昨日の放課後から今日の早朝までの間に盗んだということだ。

 しかしながら頭を悩ませるのが、その時間帯、部室は密室だったということ。

 ……もう、これ、警察を頼ればいいんじゃないかと思ってきた。

 流しで手を洗いながら、窓をぼうっと見つめてみる。

 名案は浮かんできそうにない。

「……ん」

 視線が泳いでいると、ふと気になるものを見つけた。

 流しの上のちょっとした段差。

 そこに補充用のトイレットペーパーが二つ、左詰めで置かれている。

 その右側に位置するところが、ぽっかりと丸い形で綺麗になっているのだ。

 それより先は水垢が付いていて汚れているというのに――。

「九条君、ちょっといいかしら?」

「うおっ! なんだよ章野さん! ここ男子トイレだよ! 入ってきちゃ駄目じゃない?」

「あなたのメモを見せてもらいたくて」

 と言って、辟易する様子もなく歩み寄ってくる。

 なんだなんだ。生徒会長様が急に男子トイレに踏み込んでくるとかどういう展開だよ。

 外で待ってくれればいいのに。

「隼は何してるの?」

「部室を調べてる。密室を作るための仕掛けがあるかもしれないって」

「だったらそれを手伝えばいいじゃないか」

「いいのよ。彼と二人きりだと落ち着かないし」

 俺は平気なんだな。褒められているのか貶されているのか、よくわからん。

「見せて」

 俺がメモ帳を取り出して開くと、章野さんが興味津々に覗き込んできた。

 女子特有の甘い匂いが香ってくる気がする。

「見取り図を描いていたのね。九条君、あなた絵の才能があるんじゃない?」

「わかりやすいお世辞をどうも。簡単に描いたものだけどな」

 メモ帳には犯行現場のパソコン部の部室を中心に、周囲がどういう状況だったかを書き留めてある。

「このバッグみたいなものは何?」

「南京錠のマークだよ。重要そうに思ってさ。だってあの部屋だけ特殊な状態でしょ。南京錠って、頑丈そうに見えるけど、逆に鍵さえあれば、簡単に開け閉めできるってことだからさ」

「スペアキーを使ったかもしれないってこと?」

「可能性としてはあるかもしれないよね」

「なるほど、たしかにそうね……」

 それからどれくらいの時が経っただろうか。

 俺たちはメモ帳とにらめっこをしていた。

 先に冷静になった俺は、ようやく今の状況が中々にヘビーだと気付く。

 学校の男子トイレで、男女二人身を寄せ合っているのだ。

 しかもその相手は生徒会長。

 こうして間近に見ると、本当に綺麗な人なのだと実感させられる。

 薄いメイクを施しているのがわかる。

 生徒会長として度を越えたものにしないように心掛けているのだろうが、周りからは良く見られたいとも思っているのだろう。

 清楚というオブラートで包んだ妖艶な何かが、じわじわと伝わってくるようだった。

 マズい……さすがにこのままじゃどうにかなりそうだ。

「と、とにかく! 隼に色々と聞いてみよう。ここで長居しているわけにもいかないし!」

 俺は逃げるように男子トイレを飛び出した。

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