⒊現場確認

 南京錠からカチャリと音が鳴ると、隼がドアを開いて先に部屋に入った。

 南京錠は掛け金にぶら下げたままにしているらしい。

 俺たちも後に続く。

 広さは普通の教室を四分の一にしたくらいだった。

 ドアの対面には黒い遮光カーテンがあり、一切の光を阻んでいる。

 おそらくそれをめくってみれば、そこに唯一の窓があるのだろう。

 さて、まずは事件が発覚したときの状況整理だ。

「とりあえず訊いておきたいんだが、パソコンが盗まれたと気付いたのはいつだ?」

「今朝だよ。筆記用具を部室に置き忘れたんで、朝イチに取りに行ったんだ」

「そのときも今みたいに南京錠を開けたんだな?」

「ああ。ドアには何の異常もなかった。昨日の帰りに、鍵を閉めたときと同じ状態だ。で、部屋に入ったら、いつも置いてあるところにノートパソコンがないことに気付いて……」

 隼がドアから一番離れた机を示す。

 ここが隼部長の作業スペースだと言う。

 机の脚にはセキュリティーワイヤーが結ばれており、先端にダイヤル錠が付いている。

 ドアには南京錠、パソコン本体にはセキュリティーワイヤーか。

 相当防犯には気を使っているようだ。

「持って帰ったりはしないのね?」

「怖くて持ち運べねーよ。自分ちにもマイパソコンはあるし、大事なデータはUSBメモリに入れてるから問題はないさ」

 長机は窓際にぴったりくっついており、机上には外付けのグラフィックボードと共に、となりにはプログラミングについて書かれた本が積まれていた。

 先代が購入したものなのか、大分年季が入っており、誌面に汚れや傷跡が目立っている。

 所々に付箋が挟まれているが、これは重要なページに目印を付けているのだろう。

「…………」

 比較的新しいものと思われる『シナリオの書き方』と書かれた本も、それは同様だった。

 ――ゲームは最高のコミュニケーションツールだからな!

 いつかの隼が言っていた言葉を思い出す。

 ゲームに対する情熱は、やっぱり本物なんだな……。

 と感慨に耽っていた矢先、とある小説が目に留まった。

 ……あれ? これ、随分前に貸した奴じゃないか?

「おい……」

「だー! それもコトが済んだら最後まで読むから、今はスルーの方針で頼む!」

 必死の形相でそう言うので、隼を睨むのは中断し、部室内をぐるっと見渡してみる。

 長机ははす向かいにも二つあり、それぞれドアを除いた三辺の壁に並んでいた。

 右奥の木製の棚には少年雑誌が数冊、肩を寄り添うように置かれている。

 雑誌が中途半端な位置にあることから、つい最近までは、他にもたくさんの雑誌や漫画が置かれていたのではないかと予想できた。

 下段には印刷用のA4とB5の用紙が積まれている。

 左奥のスチールラックには、上段から順番に――部活とは関係ないボードゲーム類、放置された空のペットボトル、コール教室から持ってきたと思われるデスクトップパソコンが二機、印刷機、ルーター、コード類、下段には扇風機や掃除機といった家電類が置かれている。

 さらにはその陰に隠れるように、あるいは忘れ去られたようにホワイトボードが置いてあり、黒のマジックペンを消した跡が残っていた。

 率直に感じたことと言えば、大いに賑わっていたような部室だということ。

 しかしながら、今ではその熱が冷め切っているように感じる。

「部員は何人いるのかしら?」

「俺を入れて五人だ。二年生が二人と一年生が三人」

「少ないのね」

「先輩は去年で卒業したり、今の三年生は進路で忙しかったりでな。実際に活動してるのは五人ってことになるかな」

「なるほどね。具体的にどんな活動をしているの?」

「それ、説明する必要あんのか?」

「何か手掛かりがあるかもしれないしな。後ろめたいことがないなら話してくれよ」

 さり気なく章野さんのフォローをする。

 情報が多いに越したことはない。

 隼は一年生の頃を思い出すように口を開いた。

「元々はプログラミング開発やパソコン検定取得をメインに、ゲーム制作をやっていたんだ。知ってるか? ゲーム制作にもインターハイがあるんだぜ?」

「けれど生徒会には、目ぼしい功績は入って来ていないわね」

「あぁ……悲しいことにね」

 隼はがっくりと肩を落とす。

 だが感情を前向きにするように、手を胸に置くと、両手を広げて熱意を込めて言った。

「だから今年度に入って新しいことをやるようにしたんだ。Eスポーツだよ。それを勧誘で言ったら、すぐに新入部員が三人も来てくれてさ。まあゲームをやってるだけだけど、一気に賑やかになって俺は嬉しかったよ!」

「その矢先に大事なパソコンが盗まれてしまったわけね……」

「それを言うなって……」

 隼がまた肩を落とした。

 章野さん、それ以上彼を追い詰めないであげて欲しい。

「ノートパソコンは先輩たちが残していったものなんだ。少ない部費をやりくりして貯めて、足りない分は当時の部員で出し合って買ったそうなんだ。今となっては型は古いけど、ハイスペックゲーミングPCとしての性能は本物さ。そのパソコンを、厚意でここに残してくれたんだけどな……」

「ごめんなさい。そういうつもりで言ったわけじゃないの。どうか気を落とさないで」

「犯人を見つけるんだろ。部長がしっかりしないとな」

「ああ、そうだな……!」

 気を取り直して、三人で部室内をくまなく調べていく。

 机にも棚にも、事件と関りがありそうなものは特にない。

 ドアの対面にある遮光カーテンをめくると、やはりそこにはこの部屋唯一の窓があった。

 サッシに埃が積もっており、最近開けられたような形跡はない。

「窓は開けないんだな」

「普段はないな。エアコンの効き目が薄れちまうからな。最後に開けたのは年末の大掃除のときだよ」

 隼は俺の質問を先回りしたように続ける。

「もちろん戸締りはちゃんとしてるぞ。帰る前に、窓の鍵が閉まってるか確認してから、ドアの方も閉めるんだ。これに関しては胸を張って言える。昨日だって、それを忘れたってことは絶対にない。今の季節は、五時半には解散するようにしてるよ」

「そうか……」

 俺は脳内で描いていたとある推理を、一瞬にして白紙に戻された気分になった。

 少なくとも、窓から侵入して盗んだわけではないということか。

「ちょっと待って。それってこの部屋は密室だったってこと?」

「密室?」

 章野さんと隼は、信じがたい事実に目が点になっている。

 一方の俺は、どこか魅惑的なワードに、少々気分が興奮していた。

 『それ』が現実に起こるものとは思ってもみなかった。

 奥の窓はクレセント錠で閉まっており、正面のドアは南京錠で閉まっている。

 二つしかない出入り口が閉ざされていたということは――本格ミステリーでも度々登場するあの状態になっていたというわけだ。

 『密室状態』――その状態で、ノートパソコンは何者かに盗まれたのだった。

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