⒉生徒会長の助け

 校舎内一階の隅の方に『パソコン部』の部室はあった。

 昼休みに玉子サンドイッチとツナサンドイッチを胃に流し込んだ後、俺は約束通り、隼と足並みを揃えて、その部室へと向かっていた。

 先ほどまで居た食堂付近とは違い、この辺の廊下には渇いたような静寂が漂っている。

 あいにく防犯カメラは、玄関以外にはないらしい。

 がらんどうの空き教室を通り過ぎながら廊下を歩いていくと、途端に空気が変わったような感覚があった。

 三人の女子生徒が、階段付近で話している。

「会長、こんにちはっ! こんなところで何をされてるんですか?」

「ちょっと用事があってね。色々調べてるのよ」

「へぇ~、やっぱり会長、苦労されてるんですね」

「好きでやってるから気にしないで。二人とも、昼休み楽しんできてね」

「はい! 失礼します!」

 『会長』と呼ばれる彼女の可憐な笑みを受け止めると、二人は嬉しそうに中庭の方へと去って行く。

 他の女子生徒と同じ制服を身に着けているというのに、それら大勢とは違って、どこか洗練されたオーラを纏う生徒。

 会話をしたこともない生徒だが、俺は彼女の名前を知っていた。

 同学年だから――というのも一因ではあるが、それだけではない。

「生徒会長、何やってんすか?」

 さっぱりとした様子で声を掛けたのは隼だった。

 一気に壁をぶち壊しに行くような態度だ。

 俺もそういう人間だと思われないように、できるだけ冷静に、隼に付いて行く。

「あら、もしかしてパソコン部の方かしら?」

「はい、そうっす。俺が部長なんですよ」

「生徒会の方にも話は渡っています。ノートパソコンが盗難に遭ったようですね」

 『生徒会』――そしてその『生徒会長』。

 章野千愛(あきのちえ)は、この蛍雪高校でも上位に位置する、みんなの憧れのような生徒だった。

 それはこの風格が後押ししている。

 手入れの行き届いた黒いストレートヘアーに、上品な顔立ち。

 さらにはモデルのようなスタイルをしており、ブレザーの上からでも凹凸がはっきりとわかるくらいだ。

 ……っていかんな。別にいやらしい目で見てなんかいないぞ。

「もしかして、会長も現場の確認に来たんすか?」

 隼は別段気にしていなさそうに、いつも通りの調子で続ける。

「えぇ、まあ、そんなところね。生徒が困っていると聞いて、見過ごすわけにはいかないわ」

「さすが会長、わかってますね~。会長がいれば百人力ですよ」

「なら、俺はいらないな」

 露骨なご機嫌取りが癪に障る。

「まあ待てって。ここまで来てやめるのはナシだろ」

「あなたは? たしか名前は九条君だったかしら?」

「よく知ってますね。まさか全校生徒の名前を把握してる感じですか?」

「同学年だから知ってるだけよ。部長の方は左右田君よね」

 たしかにそうなんだが、なんだか光栄だな。

「それと、別に敬語なんて使わなくて大丈夫よ。同い年なんだからね」

「そっか……。じゃ、章野さん……でいいかな」

「えぇ、それで構わないわ。左右田君もね」

「おっけ~。よろしく章野」

 さっきまでの体の良い外面はどこに行ったのか。

「よっし。んじゃ、百聞は一見に如かずって言うし、とりあえず鍵開けるか」

 隼は気持ちを切り替えると、ブレザーの内ポケットから親指サイズの鍵を取り出した。

 気になった章野さんが首を傾げる。

「それは?」

「うちの部室は古い教室をあてがわれていてさ、これを使わないとカギを掛けることができないんだ」

 と言って、掛け金に着けられた南京錠に先端を差し込む。

 今になって気付いたのだが、どうやらパソコン部の扉は一般的な引き戸ではなく、外開きの『ドア』になっているのだ。

 そして、ノブの部分には鍵を差し込めるような穴はない。

「防犯上仕方なく掛け金を取り付けて、それを南京錠で施錠してるって感じか」

「まあ、そんなところだ」

 手帳サイズのメモ帳を取り出し、今聞いた情報をボールペンで箇条書きする。

「……ん、九条君、メモを取るのね」

「後々重要になってくるかもしれないから、気になったことは書いておこうと思って」

「たしかにその通りね。私も一式持ってきた方が良いかしら」

「いやいいよ。メモは俺がやっておくから。章野さんにも後で見せるよ」

「わかったわ。よろしく頼むわね」

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