第1章 9話 ゆん菜の苦手なこと②

 桜色の陽が差し、辺りはだんだん暖かくなる。


 教会の屋根の上の風見鶏が日向ぼっこしている。菜園では、蝶が花の周りをふわふわ舞っている。


 蝶になって逃げたい……。


 愚痴るゆん菜の足元には、真っ二つに割れたゴムボールが転がっていた。


 見ていると、血圧があがってくる。ゆん菜はササッとボールから目をそらした。


「現実逃避はやめなさい」


 ふいに鋭い声が飛んだ。教会の教師のものだ。


「マリーユナ。あなた、霊力で問題を起こすのは何度目ですか」


 マリーユナは、優夜が考えてくれた異世界名だ。ゆん菜が異世界召喚者だということは、当然、教会には秘密にしていた。


 ゆん菜の本名、天里あまりゆん菜から考えた。ゆん菜の名前をどこかで残したいと、優夜は一生懸命考えてくれた。


 名前を考えることは、思ったよりずっと楽しかった。

 優夜と夜更けまで談じた。思い出すとうれしくなる。


「マリーユナ、なにがおかしいのです?」


 教会前の中庭で、ゆん菜の正面に立つ教師は、意志の強い目でゆん菜を見据えている。


 ボール破壊の現場を、一番見られたくない人に見られてしまった。


 優しい人ばかりのシスターの中で、ただ一人いる鬼教師だ。

 村一番の才女で自分を律する分、周りにも厳しかった。

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