第44話 少女送呈

「なんだよ……こんな時ばっかり機械らしいところ……見せやがって。おい、ふざけるの、やめろよ……また、うざったらしくベタベタしてこいよ。『ナルミン☆』とでもなんとでも……好きに呼んでいいから……だから、また笑って見せろよ……」


「鳴海、よせ」


 なおも縋り付いていると、ナオミが俺の肩に手を置いた。


「ナオミ……」


「無茶をしたんだろう。あれは恐らく、デイジーが単機でできることじゃない。それをあの子はやってのけた……」


「……」


「鳴海氏……」


 俺が離れると、デイジーは運ばれていった。夢でも見ているかのようにそれを見送る。


「あのう、お話中にすみません……」


 俺がうなだれていると、初顔の職員が一人、やって来た。何やら書状を携えている。


「これを」


「……?」


「預かりものです。あなた宛ですよ」


「俺に……?」


「ええ、確かにお渡ししましたから。それでは」


「あ……おい」


 次の仕事で忙しいのか、要件を終えた職員はさっさと行ってしまった。


「何なんだ……?」


 ささくれ立った気持ちのまま、何気なく目を落とし、硬直する。


 右下に、“デイジーより”という字があった。




 部屋に戻っても、暫く俺は躊躇していた。読まないでいれば、デイジーがひょっこり戻ってくるような気がした。今までのが悪い冗談で、いつも通り呑気なあいつが戻ってくるという想像……。


 きっちりと封のされた、薄水色のシンプルな封筒をひっくり返してみる。『鳴海イクサさまへ』とだけ書かれている。筆跡は思いのほか落ち着いていて、普段のあいつらしくないな、と思った。


 深呼吸を一つ。


 震える手で、ごくゆっくりと開き、中の便箋に目を落とした。




 ナルミン、いえ、鳴海さん。本当は私、色々覚えていたんですよ。


 もちろん、しばらく寝ていたのでその間に起きていたことは目覚めてから知っていったのですが。


 目覚めたとき、本当に驚きました。あなた、鳴海博士……あなたから見たらおじいさまに当たる方にそっくりなんですもの。あなたは、そんなこと知らなかったでしょうけれど。


 でも、似ているのは顔だけ。性格はあの人に似ずぶっきらぼうで、私はまた驚きました。話してみても、何だか適当で、私のこともあまりよく思っていなかったみたい。


 けれど、そのうち、あなたの色々な表情が見えてきました。私を叱るところ、からかうところ、照れくさそうにするところ……そして、私を本気で心配してくれるところ。鳴海さんは、実はとても優しい方なのだな、ということが段々とわかってきました。


 あそこはとても暖かいところ。鳴海さんもそうですが、みなさん優しくて、新入りの私のために歓迎会まで開いてくれました。きっと余裕もあまりなかったでしょう。そんな中で、無理を押して実行してくれた皆さんの気持ちが嬉しかった。それが、これから私を利用することの後ろめたさから来た行動だとしても、です。


 ……私、本当は悩んでいました。皆さんを苦しめているのは、私の姉妹機たちらしいとわかって。


 できればみなさんを救って差し上げたい。けれど、私だって、積極的に同胞を壊したいわけではありません。特に、私の同胞たちは、私と違って身勝手に廃棄されたのだから。でも、もはや和解は望めそうにない。そうなれば一方が滅ぶしかない。


 だから、私、嘘をついていたんです。記録を失ったというのも嘘で、検査の時は見えない部分に格納していたんです。私、これでも高級機なんですよ? 色んな機能がある、ハイスペック少女なんです。お見せする機会がないままだったのは少し心残りですが。


 そうして、本当のことを深いところに押し込めて、ずっと考えていました。私はどうするべきか。姉妹機たちと一緒になって、皆さんの敵になる道もありました。もちろん、どこかで一人自壊して、選択から逃げるという道もあったでしょう。


 だけど、みなさんと過ごした日々は楽しくて、つい決断を保留してしまった。この辺りは私の欠陥ですね。即断できない機械なんて、失格です。


 それでも、間違いだったとは思いません。私は悩み抜いて、一番後悔のない決断をしたつもりです。私たちは、みなさんとともに歩むために生まれました。それならば、その初期型である私は、当初の使命に殉じよう。そう、決めたんです。


 気が付かなかったでしょう? 少女と侮りましたね?


 女の子は誰でも、男の人の前では気付かれずに嘘をつけるものなんですよ? 鳴海さんは鈍い方でしたから、余計に簡単でした。騙してごめんなさいね。


 あ、それでも、私のあの口調だけは本当です。文章ならこういった形で出力できますけれど、人間の方との会話は、ああいった形でしか出力されないんです。


 いつか、鳴海博士が言っていました。『人間は完璧なものを敬うが、同時に恐れ、疎んじてしまう。君には、抱えきれないほどの愛を持って過ごしてほしい。愛されるために、少しの隙を持ちなさい。それが、きっと君のためになる』と。


 だから、あんな口調だったんです。鳴海さん、きっと驚いていますよね。私のこと、バカだと思っていたでしょう? 実は違うのでした。


 さて、どうしましょう。書きたいことはまだあるはずなのに、なかなか言語化できません。


 これが私の最期のメッセージですから、どうしても慎重になってしまうのかもしれませんね。


 でも、あんまり沢山書くと、鳴海さんは途中で面倒になってしまうかもしれないですね。私は理解のある少女なので、このあたりで区切ることにします。


 では改めて。


 鳴海さん。私を見つけてくれてありがとう。これも縁、なのでしょうか。おかしいでしょうか? 機械の私がこんなことを言うのは。でも、そういう偶然って、何だか素敵だなって、私は思うんです。私を作った鳴海博士。そして、埋もれていた私を救い出してくれた鳴海さん。この数奇な運命に、私は感謝しています。


 それに、いい名前も、ありがとうございました。こんな優柔不断な私でも、別な私になれたみたいで嬉しかったんです。いただいた名前を抱いて、私は征きます。


 あ、おタバコはほどほどに。隠したつもりかもしれませんが、バレバレですから。


 それと、皆さんにもよろしくお伝えください。これからの皆さんの人生が、希望と平和で満ち溢れることを、機械の身ではありますが、心から願っています。


 いつかまた会えたら、そのときは笑顔でお話ししましょうね。


 愛をこめて デイジー


 P.S. 

 私が任務を終えたら、その時は沢山褒めてくださいね? 私、褒められると伸びるタイプですので。鳴海さん、私のことをあまり褒めてくれないんですもの。『よくやった、デイジー』なんて言ってくれると嬉しいです。期待しちゃいますからね。


 ……では、本当にさようなら。

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