第43話 少女歌唱

「あれが、デイジー……」


 幾本ものコードが突き刺さったその姿は、初め何かの装置のように目に映った。


 申し訳程度に局部が隠されただけの肢体から伸びたコードは幾重にも重なり、奇怪な現代芸術のような醜悪さを醸し出している。


 目を背けたい衝動に駆られるが、こらえる。見届ける責任が俺にはあるのだから。


「……そろそろだな、鳴海」


 ナオミが呟くのと、デイジーが動くのとはほぼ同時だった。


 電気刺激を受けたかのようにびくりと、デイジーの体が大きく仰け反り、跳ねた。魚を連想させるその動きは二度三度と続いたが、急にデイジーは動きを止め、それまで地を見ていた目を空を向けた。


 デイジーの口が開かれる。誰もが、その一挙手一投足を見つめていた。まるで神々しい物でも目の当たりにしたかのように……。


 澄んだ声が、響いた。


 Aの音。


 歪んだ歯車を戻すように。緩んだ弦を締め直すように。


“あ”とも、“ら”ともつかないデイジーの声は、ただ荘重に響いた。


 聞き惚れていた。デイジーの歌声に。


 胸中に、しんしんと積もる新雪のように。あるいは、枯れ葉が人知れず、落ちてゆくように。清らかな声が、俺を満たしていた。


 そして、どれだけ時間が流れたか……。


 デイジーは不意に、動きを止めた。


 それが、さっと不吉な影を俺に落とした。


 デイジーの首が、スローモーションのようにがくりと垂れ下がるのを、俺は見ていた。


 職員が、デイジーの回収に向かった。そのまま、デイジーは運ばれていく。


「デイジー!!」


 駆け出し、縋り付いた。思考よりも体が先行する。


「君、近寄っちゃいけない」


 制止を無視し、デイジーを揺さぶると、デイジーの口から言葉が漏れた。


「お知らせいたします。本機に深刻なエラーが発生しました。規定の手順に従い、速やかに復旧作業を行ってください。なお、本機の記録に関しましては、情報保護の観点から削除させていただきます。繰り返しお知らせいたします。本機に深刻なエラーが発生しました。規定の手順に従い……」


 そこで、デイジーは動かなくなった。

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