第42話 少女招来

 それからの日々は、嘘のように穏やかだった。


 なまじ解放するよりも、監視下に置く方が安全だと判断されたらしく。俺は拘置場にいて、喧噪と隔絶された暮らしを送った。


 真白な壁の部屋には、ベッドと、書き物のための机に、筆記具が一式。それに備え付けのモニターがあって、ニュースだけが閲覧できるようになっていた。


 日に三度、監視付きで粗末な食事を摂り、就寝前にシャワーを浴びる。


 徒に日々が過ぎていくだけ。


 俺はベッドに座ったままで壁にもたれ、ぼんやりと、政府の放送を見ていた。画面には、かつてデイジーだった機械が、今まさに攻勢に出んとする様が映し出されている。


 皆が、映像なり、音声なりにかじりつき、今か今かと成否を待ちわびている。俺は、何もかもどうでもいいような気持ちで、画面の情報を、ただ光の明滅としてのみ、捉えていた。何だか、夢を見ているようだった。


 その日午後、俺たちは召喚された。久しぶりに会った江口は少し痩せたようで、ナオミも元気がなかった。


「鳴海、元気か」


「元気に見えるか」


「まあ、見えないな」


「そうだろうな……。江口、ダイエットが趣味になったのか?」


「“健康”な食事のおかげでせうかね」


 そんなどうでも良い話をしていると、例の役人がやって来た。


「やあ、皆さんお揃いで……」


「よく言うよ」


「これは手厳しい。今日は良いお話があるというのに」


「良いお話?」


「ええ。ニュースはご覧になりました? 皆さんの見つけてくださった機体の、檜舞台が今日なのですよ。それでですね、直接見れるよう取り計らったのでよろしければいかがかと思いましてね」


「デイジー……」


「ご希望でしたらお誘い合わせの上、外にお越しください。ああ、くれぐれも逃げようなどとはお考えにならぬよう……最も逃げられはしませんが……」


「……」


「お話はこれだけです。ご足労いただきましてどうも……。では、私はこれで。実行は十五分後ですので、見に行かれるのならお急ぎを。それでは」


 馬鹿丁寧にお辞儀をして、役人は出て行った。後には三人が残るばかりとなる。


「どうした。直接、見に行ってやらないのか」


 ぼそり、とナオミが口を開いた。


「ああ、俺はいいよ……」


「鳴海、お前……」


「俺は、あいつのために何もできなかった。ただ、あいつがあいつでなくなったところを、見届けただけだ。そんな俺が、どの面下げて、あいつに会いに行けるんだよ……」


「馬鹿野郎っ!」


 床の冷たさと、焼きごてを押し当てられたような頬の熱とを感じて、初めて俺はナオミに殴られたのだと分かった。


 江口が驚いた顔でこちらを見ている。


「痛えな……何すんだよ……」


「お前な……! あの子がどんな思いでああしていると思う!? それをお前は……いいから、さっさと行って、見届けてこい!」


「だが俺は……」


「“だが”も“しかし”も無しだ! いいか、今行かないと、きっと後悔する。デイジーのことで悔いているのなら、尚更お前は行くべきなんだ」


「ナオミ……」


「お前が行かずとも、私は行く。その責任が、私にはあると思うからな……。鳴海、先に行っている」


「……」


 それだけ言うと、ナオミはさっさと出て行った。きっとデイジーを見に行ったのだろう。カツカツという足音が遠ざかる間、俺は相変わらずぼんやりとしていた。


「鳴海氏……行かれては? ナオミ女史の言う通り、鳴海氏は行くべきと、江口も思います」


「江口……」


「一緒に、行きませう。デイジー女史も、きっとまっているでせうから」


「デイジー……」


 笑った顔、むくれた顔、悲しんでいる顔、照れている顔……幻灯のように、ぼやけた印象が、俺の脳裏を掠めては消えていく。


『――ナルミン』


 幻聴かもしれない。だが、その幻想のあわいで、俺は確かにデイジーの呼ぶ声を聞いた。


「そうだよな、どうかしてた……」


 行こう。


 立ち上がり、ゆっくりと……それから少し早く……終いには駆けだして……。


「待ってろよ……!」


 俺は、デイジーの元に急いだ。

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