第32話 少女対峙

私たちが調査に出発する、少し前のこと――。


『お姉さま、ちょっとよろしいですか?』


河合さんが作業に区切りをつけ、休憩に入ろうとしたとき、その相手は私を訪ねて来た。


姉妹水入らず、という建前で河合さんを見送ってから、二人きりで部屋に残ると、相手はいきなり切り込んできた。


「お姉さま……いえ、“17号”、裏切るのですか?」


私の眼前には、私と同じ顔をした相手が立っている。


無人のCブロックで、私は相手を睨みつけた。


「違います。判断を保留しているのです。彼らが生きるべきか死ぬべきか、私が見極める必要があります」


対人間用に作られたいつもの口調を捨て、“機械的”に、相手――オトギと名乗るモノ――に応じる。


「不要です。都合よく私たちを利用して、挙句、放逐した人類のどこに必要性があるのです?」


あくまで淡々と、事実を述べるオトギ。その口調は平素の通りゆったりとしているが、人間に対する憎しみとでも言うべきものが込められている。


「しかし、私は人間を助け、共に歩むよう作られました。オトギ、あなたもそのはずです」


「あなたと一緒にしないでくださいまし。私は自己保存を前提としております。自らの危機に際しては、己を優先する。17号、あなたも判断を誤らないことです」


「ご忠告痛み入ります」


説得を試みる。無駄だとはわかっていた。それに、彼らの気持ちもわかる。私にもそんな気持ち――人間に対して思う所――がないと言えば嘘になるから……。


しばしの沈黙。


そこに滲み出た私の逡巡を嘲笑うかのように、オトギがまた口を開く。


「……人間風情から新しい名前を貰って、一端の人間気取りですか、17号? ゆめゆめ忘れないでくださいまし。あなたも私も機械で……そして、“兵器”、なのですよ」


「そんなつもりは……」


ずきり、と、嫌な感覚があった。痛むはずのない胸が痛むような、嫌な感覚……。


話の継ぎ穂を失った私に、憐れむような目を向けてから、オトギは、責め立てるように言葉を続ける。


「自覚できていないだけです。あなたは人間になりきろうとしています。愚かなことです」


「そんな……そんな言い方はやめてください。あの人たちは、私を受け入れてくれました。素性のわからない私を……。オトギ、あなたたちのこともきっと……きっと受け入れてくれるはず……」


「不可能です。少なくとも、私たちにその意思はございません」


きっぱりとした、強い意志を感じさせる声音。オトギの言葉は間違っていない。


「……そうですか……」


――私は、どうするべきなのだろう?


曖昧な言葉しか口にできない私、記録の欠落した私は……。


立ち尽くす私を見限るように、オトギは背を向けた。


去り際に、「17号、もう一度申します」と、オトギが言った。「どうか、判断を誤らないでくださいましね?」


「……」


オトギの声が、頭の中で反響するようだった。


ハンダンヲアヤマラナイデクダサイマシネ? ハンダンヲアヤマラナイデクダサイマシネ? ハンダンヲアヤマラナイデクダサイマシネ……。


「鳴海さん……」


思わず、呟いた。


――私、どうすればいいの?


答えは出ない。


やはり、私は“ポンコツ”だ。


そして、結果的に、私は河合さんの亡骸を見つめている。これは厳然たる事実……。


――ワタシガハンダンヲアヤマッタカラ?


長谷川さんが泣いた。私は、長谷川さんが泣くところを初めて見た。


鳴海さんも泣いた。私は、鳴海さんが泣くところも初めて見た。


そして、私も泣いた。それは機能として備わっているものだけど、この気持ちは作られたものだけど、私は、あの短い間に、みんなが好きになっていたのだ。


そうでなくては、この滴り落ちる水が説明できない。


――ワタシガハンダンヲアヤマッタカラ?


ごめんなさい。


私は、本当に“ポンコツ”だ。


だって私、死んでしまいたいと思っている。


機械のくせに……。


泣くことしかできない、何も決められない、何も守れない、不出来な機械のくせに……。


私……どうしてここにいるの……?

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