第31話 少女詭計
初めは、何かの冗談かと思った。
しかし、それは冗談でもなんでもなく、紛れもない現実だった。
調査を終え、俺たちが着いた駅からシェルターに続く道。普段なら広すぎるくらいのその道が、なぜか瓦礫で埋まっていた。
仕方がなく、俺たちは防護服に着替え、駅の別な出口から直接外に出ることにした。多少回り道にはなるが、幸いこちらは問題なく通行することが出来た。
そして、三人揃って外に出て、今に至る。
「なあ、場所、間違えたか?」と、傍らのナオミに尋ねる。「降りる駅でも間違えたんじゃないか?」
「……いや、ここだ。間違いない」
いつもはうるさいデイジーも、今回ばかりは黙りこくっている。
眼前にあるのは、うず高い瓦礫の山と、殺風景な砂地。瓦礫からは、僅かに骨組みらしいものが見え、そこに何かしらの建造物があったことを控えめに示していた。
「じゃあ……これが? 俺たちのいたシェルターか?」
「……そうだ」
「どういうことだ……? 留守の間に一体何が……」
「……!! ナルミン!! あそこっ!!」
俺が呆然としていると、突然デイジーが叫んだ。
「落ち着け、デイジー」ナオミがなだめる。「何を見つけた……?」
デイジーは震えた声と共に、瓦礫の山の一点を指さす。
「あ、あれ……し、シオリン……」
考えるより先に、俺とナオミは駆けだす。デイジーが指さした先、瓦礫の下敷きになっていたのは、間違いなく河合だった。
「河合っ! 河合っ! 大丈夫かっ!!」
珍しく焦りを体中にみなぎらせたナオミが絶叫する。その声に気が付いたのか、河合が薄く目を開けた。
「ナ……オミ、せん……ぱい……」
「そうだ私だナオミだ!」
「お、おかえり……なさ……い……」
「バカっ! しゃべるな!」
防護服越しに、ナオミの声が響く。俺は河合を助け出そうと瓦礫を除けかけて……止めた。
「どうした鳴海っ! 早く河合を……」
俺に促すナオミの目を見つめる。それでナオミは全てを察したようだった。その場にナオミはへたり込む。
「は、はは……どうして……」
ナオミは壊れたように笑い出した。
見ていられず、俺は目を伏せた。頭の中では、瓦礫を除けた時の光景――下半身と泣き別れた河合の身体とべったり赤黒く染まった瓦礫――と、ナオミの崩壊した笑いとが重なり合った。
ふと、蚊の鳴くような声がした。それで、俺とナオミは我に返る。
声の主は、河合だったが、あまりに声が小さくて聞き取れないので、ナオミが顔を寄せた。
「河合? どうした?」
「……ひ……」
「ひ?」
「ひ、氷川、先輩に、謝って、おいて、くだ、さい……あ……あかちゃん、見せて、あげられ、なくって、ごめん、なさい、って……」
絞り出すように河合が告げる。氷川と一緒にいることが多いとは思っていたが、河合がその身に生命を宿していたとは、俺もナオミも知らなかった。
「げほっ!」
「河合……? おい……? 河合っ!!」
河合が咳き込み、瓦礫に鮮やかな紅の雫が飛んだ。
「な……おみ……先輩……」
「ああ……どうした?」
「少し……だけ、眠り……ます……起……きたら……みやげ……ばなし……きかせてください……ね……わた……し……コーヒー……淹れて……きま……す……」
「……ああ、とびきり美味いのを頼むよ」
「は……い……」
それきり、河合は動かなくなった。
「……鳴海」
「うん……?」
「私は、きっと夢を見ているんだろうなあ」
「ナオミ……」
「まったく嫌な夢だ……こんなこと……」
その時俺は、この世に、どんなに言葉を弄しても無駄なことが存在すると悟った。
俺はおもむろに前からナオミを抱きしめる。いつの間にか近くに来ていたデイジーは、後ろからナオミを抱きしめた。
俺はその日、“いつものナオミ”ではなく、“普通の女のナオミ”が泣くのを見た。
長い付き合いの中で、初めて見るナオミの姿だった。
ナオミが泣いた。デイジーも泣いた。俺も泣いたと思う。
途方に暮れた俺たちは、一つの塊になって、帰り道を忘れた子供のように泣いた。
「あら、皆さん、どうなさったんですの?」
その時、頭上から聞き覚えのある声がした。
「オトギ……」
俺が呟くように言うと、いつの間にやら瓦礫の山の上に立っていたオトギは、普段通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「はい、オトギです」と、恭しく一礼。「長旅、お疲れ様でございました」
「何があったんだ……」ナオミが弱々しく口を開く。「オトギ、何があった?」
「あら、簡単ですわ。私、少々安全装置に手を加えただけですの。ほら、Bブロックには色々設備がございましたでしょう? ちょっと弄るだけで、このくらいのシェルター、簡単に壊せましてよ?」
「オトギ……!」
俺が睨みつけるのも気にせず、オトギは涼し気に続ける。
「ご安心くださいませ。生きている方もいらっしゃいます。と申しても、ほんの一握り、ですけれど……。御三方は運がよろしかったんですわね」
オトギが笑った。いや、嗤った。
「しかしどうして……安全装置はそんな簡単に触れないはず……」尚も納得できない、といった様子でナオミが呟く。「一体どうして……」
「あら、長谷川さんならその辺りのことも想定済みかと思っていたのですが……。その時いらっしゃったのは男の方でしたので、ちょっと“いいこと”をして差し上げたまでですわ。人間の皆さんのお役に立つのが、私の務めですから……。あら、長話が過ぎましたわね。それでは、私、失礼いたしますわ。これで私の仕事は終わりです。もうお会いすることもないでしょう。皆さんによろしくお伝えくださいまし」
「待てっ!」
慌てて俺が止めると、オトギは振り返って言った。
「申し訳ございませんが、私、暇じゃありませんの。ほら、時は金なり、と申しますでしょう? それでは、今度こそ失礼いたしますわ」
唐突に強い風が吹いて、砂が舞った。視界が戻ったときには、オトギの姿はどこにもなかった。
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