第30話 少女赤面
「あっ☆ おかえり~☆」
「うふぇふぇふぇ♪ デイジー女史、帰りましたよ♪」
さっきまでの深刻さはどこへやら、相好を崩して江口はデイジーに話しかける。
「わたしのこと、わかったの?」
「いやあ、流石の江口でもお手上げですなあ。お力になれず申し訳ない」
江口が上手くはぐらかす。いきなり事実を伝えてデイジーにショックを与えるよりも、折を見て落ち着いて話す方が良いだろうと話し合って決めたのだった。
「そっか~。あれっ、じゃあじゃあ、今は何しに行ってたの~?」
「いやあ、実は鳴海氏が、江口のマル秘コレクションフォルダを見たいと言うものでしてね……。困ったものでせう? 鳴海氏は拘りが強くっていけませんなあ、ねえ? 長谷川女史」
「ああ、全くだ。付き合う身にもなってほしいよ。鳴海はムッツリだからなあ。デイジー、鳴海とは一メートルくらい物理的な距離を置くんだぞ」
「まるひこれくしょんふぉるだ? いちめーとる? むっつり?」
「妙なことを二人がかりで吹込むな」
「おや、コップが空ですな。デイジー女史、もう一杯ココアいかがです?」
「のむ~☆」
「うふぇふぇふぇ♪ よろしければお二人も」
「話を聞けっ!」
そうして四人でとりとめもない話をしながらしばらく過ごした。江口は早々にデイジーと打ち解け、俺やナオミとの昔話をデイジーにしてやっていた。存外、本当に子供好きなのかもしれない。
「……おっと、もうこんな時間か。江口、アポなしで押しかけた上に長居してすまなかったな。鳴海、デイジー、引き上げよう」
四人のカップが再び空になったころ、腕時計に目をやったナオミが言った。
「うふぇふぇふぇ♪ またいらしてくださいねえ♪ 今度はイロイロとお目にかけますよ。それはもう……イロイロ、と♪」
「また寄らせてもらうよ。江口の話をしたら、河合や氷川も喜ぶだろう。ああ、それと、少ないがこれは礼だ」
ナオミが封筒を差し出すが、江口はそれを押し返した。
「うふぇふぇふぇ♪ それは受け取れませんなあ。江口は友情に対価を求めない主義でしてね……」
「しかし……」
「まあ、江口が困ったときは頼らせていただきますよ、うふぇふぇふぇ♪ それまではお預けする、ということで」
「……恩に着るよ」
「流石、長谷川女史は話が早い♪ どれ、そこまでお見送りしませう」
江口が先頭になり、俺たちは店へと上がっていった。
「ね~ナオミン、どうしてわたしだけ目隠しなの~?」
行き帰りで店内を見ていないデイジーは不満そうだった。
「そうだな、デイジーにはまだ早い、大人の世界が広がっているから自主規制だ」
「ぶ~。わたし、子供じゃないもんっ☆」
「あっ」
俺とナオミが止めようとしたが遅かった。目隠しをむしり取って店を一瞥したデイジーは、棒立ちのままで耳まで真っ赤になってしまった。
「あ……あ……ナオミン……これ……」
「はあ……だから言わんこっちゃない」
「う……あ……は……はだかんぼ…………きゅう~」
「うわっ、こいつ倒れたぞ!」
慌てて俺はデイジーを支える。
「うふぇふぇふぇ♪ デイジー女史には刺戟が強すぎ、でしたかな?」
「きゅ~☆」
「こりゃ大人しく寝かせておくしかないな」
江口が持ってきた三台ばかりの椅子を簡易ベッドにし、デイジーを寝かせた。しばらくすれば元に戻るだろう。
「長谷川女史、鳴海氏」
デイジーの様子を見てから、江口が口を開いた。
「江口、気になることが。お二人はデイジー女史の製造年代を既にご存じでしたが、あれはどこでお知りに? 一般に出回っている情報ではないでせう?」
「あれは、デイジーの妹を自称するロボットから聞いた話だ」
「妹……ですか。どうも怪しいですなあ。お二人とも、こういう言い方は失礼ですが、用心に越したことはありませんぞ」
「うん。私も鳴海も気は配っているんだが、どうも判断材料が乏しくてな……」
「左様で……。まあ、そこはシェルター住まいでない江口が口を挟むべきではないですな。ああ、それともう一つ。より詳しいことがお知りになりたいなら、安達氏を当たるのがよろしいでせう」
「安達か……」
久々に聞いたその名を、俺は噛みしめるように呟いた。在学中にスカウトされそのまま卒業を待たずに政府の情報部に入った男だが、確か家族の体調が思わしくないために、辞職して故郷に帰ったと、風の便りに聞いていた。
「デイジー女史については、江口も引き続き調べてみますが、やはり一番政府の情報に近しいところにいたのは安達氏ですからねえ。聞いてみるのも手でせう」
「ああ、そうするか」
「うふぇふぇふぇ♪ まあ、参考までに……おっと、デイジー女史がお目覚めですよ」
「う~ん……あれっ☆ わたしなんで寝てるんだっけ?」
「よし、帰るか。それじゃあ江口、世話になった」
デイジーに手早く目隠しを巻き付けると、ナオミは簡潔に礼を言う。
「うふぇふぇふぇ♪ 世話なんてとんでもない。長谷川女史、鳴海氏、それにデイジー女史、どうか道中お気をつけて」
「じゃあな」
「う~、見えな~い☆ あっ、えっと、ばいば~い☆」
「はい、また来てくださいねえ♪」
こうして、俺たちの調査は一旦切り上げとなった。
帰りの車内、デイジーは「覚えてないけど、すご~いもの見た気がするんだよね~」と不思議そうにしていたが、思い出すと面倒そうだったので、俺もナオミも寝たふりを決め込んだ。
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