第24話 少女増員

 進展のない日々にあって、それはまったく突然のことだった。


 その日、調査の担当になっていた俺は、以前にデイジーを見つけたあたりの瓦礫をひっくり返しては何かないかと目を光らせていた。


 しかし、目ぼしいものは何もないようで、残骸と砂とがあるだけだった。


「場所、変えるか……」


 独りち、立ち上がる。しゃがんで作業していたためか、体が軋むようだった。


 空を見上げる。いつもと同じ空。鈍色の空。


 そしてそんな辛気臭い色の下、およそ似つかわしくない、陶磁器のような色が見えた。


「……何だ?」


 一応、確認のために近寄っていくと、それは腕だった。腕は、瓦礫の中から伸び、力なく垂れている。


 俺は、無言で瓦礫をどかし始めた。もし、亡骸があるのなら、埋めるくらいの弔いはしてやろうかと思ったのだ。調査の時、犠牲者を見つけるというのはままあることだった。


 しかし、一方で妙でもあった。この辺りの犠牲者は概ね弔ったはずだ。それが、今になって、新しい遺体が見つかるだろうか……? それもこんな綺麗な状態で……。


 瓦礫をどかしていくと、段々とその全貌が見えてきた。腕と胴とが泣き別れになっていないようで安心する。


 そして、最後に顔の辺りの瓦礫を除けた時、俺は息をのんだ。髪型こそ違っていたが、その表情は紛れもなくデイジーだった。


「どういうことだ……?」


 少女を抱き上げる。デイジーよりは少し短い髪をしている。服は、あちこち擦り切れていた。


「鳴海だ。ナオミはいるか?」


 ひとまず、シェルターに連絡を入れることにした。


「なんだ、鳴海。何か掘り出し物でもあったか?」


 ややあって、ナオミの声がした。


「どうだろうな……デイジーそっくりの奴が、瓦礫の下敷きになってた。目立った傷はないようだが、どうする? 持ち帰るか?」


 判断を仰ぐと、通信機越しでも、ナオミが動揺しているのが伝わってきた。


「……そうだな。ひとまず連れて来てくれ。何か、デイジーの手掛かりになるかもしれない」


「了解。これから戻る。除染の用意を頼む」


「ああ」


 通信が切れたことを確認してから、少女を担ぎ上げた。デイジー同様、軽い身体。


 何かが起こるような予感がした。それが悪い事なのか、良い事なのかは判然としなかったが、俺はとにかく、シェルターへ急いだ。




「鳴海、思ったより早かったな」


 シェルターに戻ると、ナオミは諸々の準備を終え、数名と共に俺を待っていた。


「ああ。それよりこいつだ。このまま移すぞ」


「よし……」


 ナオミが用意していた汚染物用の箱に、デイジーそっくりの少女を収める。改めて見ると、単に眠っているだけのようにも思えた。


「では、さっそく除染してくる。鳴海、お前も上がりだろう? 早くその重苦しいのを脱いで来い」


「ああ。じゃあ後は任せた」


 少女を運んでいくナオミを見送り、俺も部屋に戻る。


 部屋では、デイジーが待ち構えていた。


「ナルミ~ン☆ お帰りなさあい☆」


「……ああ」


「ん……? もしかして、ナルミン不機嫌さん……?」


「ああいや、そうじゃない」


 話すべきか否か、暫時悩む。特段口止めもされていなかったので、結局話すことにした。


「今日、調査に行ってきた。そこで、お前に似たやつを見つけたんだ」


「わたしに……?」


「そうだ。と言っても、まだ何もわかってないんだけどな。今頃は除染が終わって、詳しいことを調べてると思う」


「……」


「どうした?」


「……ううん☆ なんでもない☆」


「大丈夫か? 急なことで驚いただろ」


「そんなことないよ☆ 妹が増えるかもしれないってことだよねぇ☆ 楽しみ☆」


「そうか……? まあ、お前が気にしてないんならいいんだが……」


「うん! ナルミン、ひょっとしてわたしのこと、心配してたの~?」


「馬鹿」


 髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、「きゃ~☆」とデイジーが暴れた。心配するだけ損だったかもしれない。


「まあ、そのうち色々わかるだろ。じゃあ、俺はシャワー浴びてくる」


「じゃあわたしも……☆」


「大人しくしてろ」


「ぶー☆」


 バスルームへ向かう時、ちらりとデイジーを見た。一見、いつも通りだが、その目はどこか鋭いように思われる。


 やや気掛かりだったが、問い詰める気にもなれず、そのままシャワーを浴びる。


 あの少女は一体何者なのか……? 立ち込める湯気の中、俺は少女のことを考える。


 しかし、それは考えるだけ無駄なことで、何ら生産性のない問いだった。


 しこりの残ったような、どこかすっきりとしない気持ちのまま、俺は水栓を閉めた。

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