第20話 少女夢中

 夢……私、きっと夢を見ているのね。


 機械の体でも、夢を見るなんて不思議。でも、ここにいるはずのない人と、在りし日の私を、今の私が眺めている。だから、きっとこれは夢だと思う。


『おはよう。気分はどうかな』


『ぴっかり~ん☆ おはようございますぅ☆ えっとぉ……私は……ってあれっ☆ 私、自分のことわかんないや☆』


 目覚めたての私。この口調だけは、昔から変わらない。我がことながら、何だかおかしい。


『ああ、君は生まれたてだからね。これから学んでいくんだ。楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと……そうして成長していくんだよ』


『そうなんだぁ☆ じゃあじゃあ、私、成長期だね☆』


 ああ、そうだった。私は、この人に作られた存在……。


『はは、まあ、そういうことになるかな。改めておはよう。私は鳴海ツカサ。君の開発責任者だ』


『なるみつかさ……じゃあ、ツカピー☆ って呼ぶね☆』


『うーん……なんか響きが微妙だなぁ。できれば別のにしてくれないか?』


『そぉ? う~ん、う~ん……あっ! ぴっかり~ん☆ じゃあじゃあ、ナルミン☆』


『ナルミン……まあそれでいいか』


『うんうん☆ とってもいいと思うよぉ☆』


『君が気に入ってるならいいよ。あ、そういえば君の名前は決めてなかったな』


『え~!』


『ごめんごめん。そうだな……』


『どきどき☆』


『権左衛門っていうのはどうかな?』


『いや~~~~☆ そんないかついのはダメ~!』


『そうかな、いい名前だと思ったんだけど。じゃあ新左衛門ならどうだろう?』


『ばつ、ばつ、ばつ! ゼロ点! んもう☆ そういうのじゃなくって、真面目に考えてよぉ☆』


『結構真面目に考えていたんだけど……それじゃあ……あっ、そうだ』


『ヘンなのナシね☆』


『ヒナ……ヒナっていうのはどうだろう。君は第17号だから、それにちなんで。それにほら、外を見てごらん』


『わ~☆』


『綺麗に咲いているだろう。ヒナギクっていうのも掛けて、ヒナ。どうかな』


『ぴっかり~ん☆ それいい! そういうのが欲しかったの☆』


『そうか。じゃあ、ヒナ。これからよろしくね』


 そう、私はヒナ。花の咲く日に目覚めた第17号。人間を守り、人間と歩むために作られた。


『うん☆ よろしくナルミン☆』


 ああ、夢から覚醒する……。輪郭がぼやけて、夢が備えていた現実感が薄らいでいく……。


 そう、私……今の私が目覚めるのね……。


 夢にさよなら。現実に帰る時間だ……。


 誰かの気配がする……。


「ううん☆ ナルミ~ン☆ ムニャムニャ……えへへぇ☆」


「ん……デイジー……。デイジー!? おい、目が覚めたのか!?」


「ん~~☆ あっナルミン……☆ おはよう☆」


「ああ、おはよう……じゃない! お前、大丈夫か!? あれからずっと起きなかったんだぞ!」


「ん~☆ そうなの? 私……何してたんだっけ?」


「……覚えてないのか? いや、まあそれでもいいか。とにかく、大人しくしてろよ。今、ナオミに連絡するから」


「うん☆」


 嘘を吐いた。大切な人、鳴海さんに。


 本当の私。私の過去。私の中に残る幾つかのカケラ……。いつかは打ち明けなくてはならない。


 でも……今だけは。もう少しだけ、ここにいさせてほしい。あなたがくれた、“デイジー”という名前……あと少しだけ、デイジーでいさせてね。


 鳴海さんが慌てて長谷川さんを呼びに行く音が、遠くに聞こえた。その慌ただしい雰囲気が、不器用な優しさが、とても嬉しかった。


 ――鳴海博士。私……デイジーは、とても幸せですよ。

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