第19話 少女不在
久しぶりに一人の夜を明かした俺の体は、鉛のように重かった。
昨晩は、よく眠れなかった。横にはなったのだが、余計な考えが頭をよぎり、まどろみと覚醒を行ったり来たりしているうち、今日になってしまった。
眠気覚ましに顔を洗って、鏡を見る。我ながら酷い顔をしていた。
「デイジー……」
呟いてみた名前の主は、今この部屋にいない。
昨日、俺は倒れたデイジーを担いでBブロックに戻った。
衝撃が収まったのを見計らって、みんなは復旧作業に従事していた。その中にはナオミもいた。
俺とデイジーがBブロックに戻ってきたという連絡を受け、ナオミはすぐに戻ってきた。デイジーの行動について俺が説明すると、汚染物用の箱に収められ、デイジーはCブロックへと運ばれていった。
手持無沙汰の俺は、復旧作業の手伝いに回った。俺がナオミについて行ってもできることはないし、何か作業をしていたほうが気がまぎれそうだと思ったのだ。
結局、その日も、次の日も、デイジーは目覚めなかった。デイジーが起きたら知らせてくれ、とナオミには言ってあるが、三日目になる今日も連絡は受けていない。
部屋に戻ると、小さな机に小包が寂しそうに置かれている。実は、歓迎会のあの日、デイジーにプレゼントを用意していた。一応、同室のよしみということで、何かくれてやるくらいはいいだろうと思ったのだ。
騒動のごたごたで渡しそびれていたそれを、摘まみ上げてみる。
「お前がいなきゃ、意味ねえんだよ……」
頼りない箱の重みが、俺にいら立ちを募らせる。俺は、当番となっていたBブロックの作業に向かった。
設備の点検維持。地味ながら、ここで200人余りが生きていくための重要な作業。そんな作業に没頭しつつも、俺の心はどこか上の空だった。笑うあいつ、むくれるあいつ、しつこいくらいに付きまとうあいつ……そんな場面の一つひとつが、何だか急に遠くに行ってしまったような、そんな気がした。
しかし、体を動かしていると、そんな気持ちは幾分紛れた。特に問題も起こらず、その日の作業を終えた俺は、その足でCブロックへ向かう。
「お、鳴海。今日は終わりか」
「ああ、ナオミ。あれから様子は?」
ナオミは黙って首を振る。デイジーはまだ目覚めていないのだ。
「どうも中で何らかの処理が行われているらしい。こっちでやれることは済ませてあるから、あとはデイジー次第だろう」
「そうか……よければ、様子を見たいんだが、構わないか?」
「ああ。その方がデイジーも喜ぶだろう。こっちだ」
ナオミについていくと、手術台のような無機質なベッドの上にデイジーは寝ていた。
表情は殊の外穏やかで、一見寝こけているように思われる。
「私はちょっと用があるから外す。何かあれば知らせてくれ」
「ああ」
ナオミがいなくなってから、そっとデイジーの近くに歩み寄る。手近な椅子を引き寄せ、腰かけた。
「なあ、いつまで寝てるんだよ? 機械のくせに寝坊助なやつだな。みんな、お前を心配してるんだぞ」
デイジーの手をそっと握る。微かにしか感じ取れないその温度が、今は悲しい。
「みんな、お前に感謝してたんだ。お前が“ヤツら”から守ってくれたってな。その当人が寝てたんじゃ、お礼の一つも言えないだろ」
固く閉じられた双眸。キラキラと輝く瞳が、今は闇の中にある。
デイジー……こいつは何物なんだろうか。いつどこで、何のために生まれてきたんだろうか。道具とするにはあまりにも人間臭く、どこかとっぽけた機械。作ったやつは、こいつを、何に使うつもりだったのだろう。
「なあ、起きろよ。いつまでも寝てないで。それとも夢でも見てるのか? お前がいるのはこっちだぞ。早く戻って来いよ」
軽く揺すってやるが、無反応。その姿は発掘したばかりのころに戻ってしまったようにも思われた。
「今日は俺も暇なんだ。することもないし、このままここにいてやる。だから、早く……目を開けろよ、デイジー……」
両の手で、デイジーの小さな手を包み込んでやる。やはり、反応はない。しかし、それ以外に俺ができることはなかった。
時折デイジーにとりとめのない話をしてやっているうち、一日の疲労が染み出てきた。
意識が遠のく……このまま、夢を見れば、デイジーに会えるのだろうか。
室内の空調の音だけが、やけに大きく聞こえていた。それが、最後の印象だった。
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