第17話 少女変貌

「デイジー! 無事かっ!」


 息を切らせて駆け寄ったデイジーは、驚くほどしゃんと立っていた。普段の朗らかさはどこに行ってしまったのだろうか。表情は外見の幼さに似つかわしくないほど冷めていた。


「ナルミン……私、追い払ってくる」


「お前一人でか!? 無茶だ!」


「ううん、大丈夫だと思う……あっディスク、持ってきてくれたんだ」


「あ、ああ。これ、どうするんだ?」


 俺の問いかけに応えるように、デイジーが栗色の髪を持ち上げた。細いうなじがあらわになる。何をしているのかわからず、呆然と眺めていると、そのうなじに、突然二カ所の空洞が開いた。穴というよりは、線を引いてくりぬいたような、細くて薄い空白。

「お、おい、何か空いたぞ」


「ナルミン、ディスク!」


「えっ?」


「そこに差し込んでっ!」


「これを……? わかった、どれだ」


「これと……あとこれ」


 数枚の中から、迷いのない手つきで二枚をデイジーが抜き取る。


「こっちを上、こっちを下に入れて!」


「わかった」


 言われるがままに、ディスクを挿入する。


「おい、入れたぞ。これでどうするんだ? って、んんっ」


 次の指示を仰ごうとした俺の口を、デイジーの唇が塞ぐ。一瞬何が起こったのかわからなかった。


「うあっ、お前、一体……っておい!?」


 唇を離すと、デイジーはぐったりしてしまった。反射的に支えたが、体は脱力しきって、どこにも力が入っていない。


「クソッ、何だってんだよ!」


 しょうがない、こうなれば俺だけでも何かしなくては。デイジーを一旦床に降ろす。そして、防護服を取りに駆けだそうとした俺の服の裾を、何物かが掴んだ。


「デイジー!? お前、大丈夫なのか? 急に倒れてどうしたんだ……おい?」


 それはデイジーだった。紛れもなくデイジーだった。


 しかし、様子がおかしい。ディスクを挿入した部分からは、何か駆動音が響いている。目は閉じられたまま、右腕が持ち上がる。次いで左腕。それから確かめるように両手の指の曲げ伸ばし。それは見覚えがある動作……デイジーが初めて起動した際に見せた動作と酷似していた。


 やがて、デイジーがユラリ、と立ち上がる。ゆっくりと開かれた双眸に宿るのは、無機質で愛嬌のかけらもない、機械の光。


「メモリチェック……完了。現在ドライブA、およびドライブBにアクセス中です。しばらくお待ちください」


 声は間違いなくデイジーのものだが、抑揚の乏しい不自然な発声だ。


「システムは正常に稼働しました。これより、迎撃を実行します」


 次の瞬間、デイジーが跳躍した。勢いそのままにBブロックから外に続く乱暴に扉を開け放ち、雪崩れていく。慌てて防護服を着こみ、俺も後を追った。


「目標高度、約十キロ。誤差修正完了。これより、迎撃処置を実行いたします。危険ですので、周囲の方は安全な場所へ退避をお願いします。カウントはじめ……10、9、……」


「お、おい、ちょっと待て! 何する気だ!」


 デイジーは、何かするつもりらしく、カウントダウンなど始めている。追いついた俺の声も、聞こえていないらしい。


「6、5、4……」


 見ると、デイジーの髪が重力を無視して逆立っている。水中を揺蕩っているようだと思ったのも束の間、髪は寄り集まって小型の砲身を形成した。それを抱きかかえるようにデイジーが構える。


「3、2、1、0」


 閃光。僅かに遅れて爆音。


 衝撃で周囲の砂が舞い上がり、辺りは砂嵐に見舞われたかのような様相を呈した。

 とっさに俺も砂地に伏せる。しかし、掴めるものがないので、勢いに任せて砂地を転がることになった。


 目も眩むような白の中、俺は自分を庇うことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る