第16話 少女激情

 テーブルの料理も徐々に平らげられ、歓迎会が緩やかな談笑のムードに変わったころ。テーブルを回り終えたデイジーが戻ってきた。


「ただいま~☆」


「もういいのか?」


「うん☆ えへへぇ、頭撫でてもらっちゃった☆」


「気に入られたみたいだな」


「うん☆」


「よかったね、デイジーちゃん」


「うん☆ マコピーも、文字書いてくれてありがとう☆ えへへ☆」


「デイジー、ちゃん。楽しめた、かな?」


「シオリン☆ お花とってもきれいだった! ありがとう☆」


「そ、そうかな。気に入ってくれた、のなら、よかった」


 満足げなデイジー。俺も何となく悪い気はしなかった。


 ふと、ナオミの姿が見えないのに気が付く。見回すと、どこかに行こうとしている姿を見つけた。


「どこ行くんだよ?」


「なに、少しやりかけてたことがあってな。お前は引き続き楽しんでいろ」


「お前……大丈夫か? 今日くらい休んでも誰も責めないぞ」


「鳴海は優しいな。でも、タスクが残っていると楽しめない性分なんだよ。悪いが、先に行くよ」


「そうか? 頑張りすぎるなよ」


「わかってる。そう心配しなくても、私は優秀だから大丈夫だよ」


 そう言って、ナオミは会場から歩いて行った。Cブロックで作業の続きに取り掛かるのだろう。


 気になったが、俺まで席をはずしてはデイジーが心配するかもしれない。ナオミの言に従い、俺はもうしばらく残ることにした。


「ナルミン?」


「うわっ」


 気配を感じなかったが、いつの間にかデイジーが俺の後ろに立っていた。


「ナオミンは?」


「ん? ちょっと用事だとさ。あいつも忙しいからな」


「そうなんだ☆ ねね、ナルミン☆ あっちでみんなとお話ししようよ~☆」


「ああ、わかった。今……」


 そう言い終わらないうち、地面が揺れた。まったく唐突のことに、俺は膝をつく。


 一瞬、内が起こったのかわからなかったが、この揺れから察するに、攻撃があったのだろう。ここにまで衝撃が伝わってくるということは、そう遠くない。


 衝撃で、歓迎会の立て看板が倒れた。卓上に残っていた料理は床に落ち、照明は警告の赤に変わる。


 参加者は一瞬唖然としていたが、すぐさま散り散りに逃げ出した。床の料理は踏みつけにされ、食器類の割れる音が響いた。慌てた誰かがテーブルクロスに足を引っかけたらしい。辺りは突如騒然となる。


「何もこんな時に……チッ!」


 万が一に備え、最低限の火の元だけを確認し、俺も非難の準備を始める。非常時はBブロックの地下が集合場所に決められている。設備を保護する都合から、他ブロックと比べて地上から遠く、生存確率が高い。


「おいっ! デイジー、お前も来いっ!」


 河合や氷川もBブロックに向かったらしい。俺は棒立ちのデイジーを引っ張っていこうとする。


「……さない」


 しかし、デイジーは動こうとしない。


「デイジー……?」


「許さない」


 冷ややかな発声。感情を置き去りにしたような、静かでどこか圧のある声音。


 俺を見上げたデイジーの目は別人のようだった。目には決意が宿り、爛々と燃えている。


「みんなを傷つけるなんて、許さない……! ナルミンっ! あれちょうだい!」


「アレ……?」


「前に見つけた、あのディスク!」


 有無を言わせぬ口調。一瞬気圧されかけたが、今はそんな場合ではない。


「それより今は避難だ! 俺と来い!」


「いいから! お願い、ナルミン!」


「……どうしてもか」


「どうしても!」


「…………わかった! いいか、危なさそうだったら、すぐBブロックへ行けよ!」


 考える間もなく、俺は駆け出す。なぜか、デイジーの言葉を疑う自分はいなかった。確か、あのディスクはCブロックに預けられたままのはずだ。


 非常警告の音が反響する廊下は、赤色のランプで彩られている。まるで、シェルターという生き物が苦悶の声を上げ、血を流しているようだった。


「ナオミ!」


 Cブロックの研究室に滑り込むと、ナオミと鉢合わせた。避難前に最低限の資料をまとめ終えたところらしい。端末やファイルを抱えている。


「鳴海か、何やってる? 早く非難しろ!」


「ナオミ、ちょうどよかった。あのディスクはどこだ!」


「ディスク……前にお前が見つけてきたアレか? なんで今それを?」


「俺にもわからん……だが、デイジーが持ってこいと言っている。あれは嘘をつくような奴じゃない。きっと何か考えがあるんだろう」


「デイジーが……? そうか、わかった、少し待っていろ」


 踵を返してナオミが研究室からディスクを持ち出す。


「どれだ」


「とりあえず全部持っていく!」


 ナオミの手から受け取り、俺はデイジーのもとへ駆ける。去り際、お前も急げというナオミの声がした。


 道中は、相変わらず耳障りな警告音が響いていた。こんな感じは久しぶりだ……。


「待ってろよ、デイジー……!」


 俺は、Bブロックに一人残っているであろう少女のもとに急ぐ。一秒でも早く……それだけを考え、俺は無人の廊下を疾走した。

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