第15話 少女歓迎

「ナルミン☆ どうしたのぉ? なんだかソワソワしてるみたい」


「そうか? 気のせいだろ」


「う~ん……オトメの直感がアヤシィって言ってる☆」


「だから、何もないって」


「ふ~~~ん」


「なんだよ、その目は」


「べっつにぃ~☆」


「朝っぱらからおかしなヤツ……。そんなことより、時間はいいのか?」


「あ~☆ もうこんな時間! それじゃあ、私もう行くね~☆ ん~~~~ちゅっちゅ☆」


 部屋の小さな置時計を見て、デイジーは慌てて出ていく。


「早く行け」


 たっぷり溜め時間のあった投げキッスの残滓を手でシッシッと払いのけながら、立ち去るデイジーを見送った。


 最近、デイジーはナオミに誘われてCブロックの手伝いをしている。あれでも要領がいいらしく、一度教えるとすぐ覚えてしまうそうだ。そういうところは腐っても機械らしい。


「さて……やるか」


 実は、デイジーの直感は間違っていない。今日は夜にあいつの歓迎会をすることになっていた。苦しい状況下ではあるが、だからこそ節目とメリハリを大切にする、というのがここの決まりだ。


 といっても、やることはもう殆ど済んでいる。各人が分担して準備を進めていたので、俺がやることといえばAブロックの食堂を簡単に飾り付けるくらいだ。


 ナオミには、Cブロックにデイジーを引き留めておくよう言ってあるが、念のため、その間に手早く終わらせなくては。


 電球交換用の脚立を拝借し、俺は食堂で作業を始めた。手始めに、『歓迎 デイジー様』と書かれた幕を取り付ける。これは氷川が書いたらしい。


「なんとなく古風だよなあ……よっと」


 書道の段位を取っていたというだけあって、氷川の字はやけに達筆だった。地方の寄り合いで催される打ち上げのような感じもするが、デイジーならなんでも喜ぶだろう。


 それから、立て看板を設置して、造花を適当な瓶に差す。生花は今や高級品なので、この辺りは仕方がない。造花は河合作。『あまり、上手じゃない、ので、申し訳ないんですけど』と言っていたが、俺から見れば十分なクオリティーに思えた。


「あとは、テーブルクロスも出しておくか」


 端切れをパッチワークにしたテーブルクロスをバサバサと掛ける。これも河合が作業の合間にパパっと縫ってしまったらしい。河合は器用だ。


 それから、手の空いた人間を捕まえ、予備の椅子の移動。こればっかりは一人でやるには少し大変だ。交代の都合上、全員参加というわけにはいかないが、それでも百人余りが出席するので、それなりに大仕事になった。


 そんな作業にかまけているうち、午前は潰れた。その後は俺も通常業務に就き、やがて夜になった。


「時間だな……」


 使い古した安物のクロノグラフに目を落とし、俺はCブロックに向かった。ついでにナオミや河合、氷川らと合流し、デイジーを一緒に連れてこようと思ったのだ。


「よお」


「あ、鳴海、先輩。お疲れ様です」


「河合、お疲れ。そろそろ上がりだろ? ついでだし一緒に行こうぜ」


「はい」


 研究室の入り口近くで液晶とにらめっこしていた河合に声を掛ける。作業中だったためか、眼鏡をかけていた。


「ああ、鳴海。こっちに来たの?」


「おう、氷川」


「そっちはどう? 準備、大丈夫だった?」


「ああ、済んでる。今日はお前も来るんだろ?」


「うん。丁度空きだから、一緒に行こうか」


「あっ、ナルミ~ン☆」


 二人と話していると、奥でナオミと作業をしていたデイジーがこちらに気づき、手を振ってきた。軽く手を挙げて応じる。


「おお鳴海、わざわざお姫様を迎えに来たのか?」


「そんなんじゃない。ナオミも今日は参加するんだったか?」


「ああ。折角だし今日はな」


 ポン、とデイジーの頭に手を置いて、ナオミが微笑む。何も知らない当の本人だけが不思議そうにしていた。


 五人で食堂に戻ると、割れんばかりの拍手がデイジーを出迎えた。目をぱちくりとして、何事かという表情のデイジーにナオミが説明する。


「デイジー。ここではな、新入りはきっちり歓迎することになってるんだ。起動してから今日まできちんと歓迎できていなかったから、顔合わせも兼ねて、今日は歓迎会だ」


「え~~~~~☆ ぴっかり~~~~ん☆」


 いつもの三倍ほどの声量で、デイジーが歓喜の声を上げる。


「すご~い☆ 『歓迎 デイジー様』だって! じぃいいん……☆ 私、カンゲキ☆」


「デイジーちゃん。ほら、お料理も、いっぱい、ある、よ? みんなと食べよう」


「わ~~! たくさん☆ これ、どうしたのぉ?」


「落ち着け。ま、こういう時のためにストックはあるんだよ。毎日こうってわけにはいかないけどな」


 興奮冷めやらぬといった様子のデイジーを軽くたしなめる。しかし、あまり効果はないようだった。あっちにふらり、こっちにふらりと、ところどころを見て回っている。


「デイジー。みんなに挨拶でもしてやれ。君に会うのが初めての連中もいる」


 ナオミがデイジーを捕まえ、幕の下まで連れて行った。ナオミには大人しく従うらしい。この差はなんだ。


「えっとぉ……みんな、こんにちはぁ☆ 私、デイジーって言います☆」


 ぴょこん、とオーバーに一礼。子供っぽいその動作に、周囲は和やかな雰囲気に包まれた。


「ずっと眠ってたけど、ちょっと前に起きました☆ あっ、でもでも、寝起きでナオミンがスパナ持って襲ってきてね☆ちょびっと怖かったです☆」


「余計なことは言わなくていい」


 ばつの悪そうなナオミ。みんながそれを見て笑った。河合も、氷川も、多分俺も。


「まだわからないことばっかりだけど……☆ みんなと仲良くしたいです☆ よろしくお願いします☆」


 再び拍手。やはりこいつには、周囲を和やかにさせる力があるのかもしれないと思った。


 それから、各人が適当に食事を突っつき始めた。主賓のデイジーは各テーブルを回って、元気いっぱいに笑った。頭を撫でられたり、菓子を貰ったりして可愛がられているようだ。


 俺はそれを横目に、久しぶりの酒を舐めるようにして飲んでいた。

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