第14話 少女同衾

 シャワーを浴びてから、ベッドの上で俺はナオミのことを考えていた。


 ナオミは、ここのシェルターを実質統括しているに等しい。歯に衣着せぬ物言いをすることもあるが、役割分担はもちろん、要となる修復作業まで、あいつの力なしには不可能だった部分は多い。


 避難直後、ナオミは混乱が続くシェルター内で二百人強のリーダーとして振る舞い、時には融通を利かせ、また時には毅然とした態度を貫いた。


 当初は反対の声もあったが、ナオミは行動と実績とでそれらをねじ伏せてきた。誰よりも働き、誰よりも多くの荷を背負ってきたあいつ。シェルターの共同生活が瓦解せずにいるのは、ナオミの無理があってのことだ。


 紫煙に包まれながら、弱音を吐いた姿が思い出される。図太い性格に見えても、一人の女性のあいつ……。その双肩には、責任が重すぎるくらいにのしかかっているが、それを吐き出せるような場も、時間も不十分だ。


 しかし、そんな歪な現状維持が長続きするはずもない。一カ所に力が加わり続ければ、どんなに強靭な柱でもいつかは折れる。それが一年後か、一か月後か、明日かはわからない。ただ、もう残された時間がそう多くないことだけは俺にも容易に想像がついた。


「ナルミン☆ 寝ないのぉ?」


 デイジーが俺をのぞき込んできた。


「どうしたのぉ? 難しい顔☆ してたよ」


「いや、少し考え事をな……」


「好きな子のこと?」


「違う。ナオミのことだ」


「ナオミン?」


「ああ。あいつ、無理してるんじゃないかってな。あいつはここのリーダーだし、人よりずっと仕事を抱えてる。まあ、そうやって自分が一番頑張ることで、周囲から口出しをされないようにしてるんだろうが……」


「ナオミン、頑張り屋さん?」


「そうだな。俺はあいつくらい頑張ってるやつを知らない。俺も、支えになってやれればいいんだけどな」


「ナルミン☆ ナオミンのこと、好きなんだねっ☆」


「お前、記憶領域に不具合でもあるんじゃないのか」


「違うよぉ☆ だってナルミン、一生懸命ナオミンのこと考えてたんでしょ? 嫌いな人のこと、一生懸命に考えないよぉ☆」


「そういう好きか。まあ、嫌いではないな」


「素直じゃないねぇ☆」


「うるさい、寝ろ」


「ん~ナルミンが寝たら私も寝る~☆」


 そうか、勝手にしろと言う前に、デイジーが俺の毛布に潜り込んできた。


「狭い。出ていけ」


「あ~ん☆ 一緒に寝る女の子に向かって第一声がそれなの~? ナルミン、それじゃモテないよっ☆」


「生憎、お前は対象外だ」


「む~☆」


「わかったら……っておい、どうして密着してくる」


「今なら~☆ ここに湯たんぽがあるんだけどな~☆ 等身大で、抱き心地もよさそうだね~☆ チラッ☆ 寝つきの悪いナルミンに、おすすめですよ~☆」


「一人で寝る」


「そう言わずに~☆」


 デイジーが俺の手を握ってきた。


「やめろ、こっぱずかしい」


「照れてる?」


「違う。うっとおしいだけだ」


「ね~、たまにはいいでしょ? 追い出さないで~☆」


「……はあ、もう勝手にしろ」


 デイジーの粘り腰は既に知ってるので諦めた。また、『ナルミ~ン☆』と廊下で騒がれては敵わない。


「……ナルミン、大丈夫だよ。ナオミンはきっと、ナルミンがいて安心してると思うよ☆」


「……そうか?」


「うん、だってナオミン、ナルミンの前だとラクそうな感じがするもん☆」


「根拠は?」


「う~ん……なんとなくなんだけど☆ でも、ナルミンはナルミンのまま、ナオミンといてあげるのがいいと思うよ☆」


「……俺でも、少しはあいつの役に立ててるのかな……」


「大丈夫、きっと大丈夫だよ……☆」


「そうか……なら、よかった……」


 温かかったのはデイジーの言葉なのか、その小さな手のひらから伝わる温度だったのかはわからない。


 しかし、決して不快じゃないその温かさに導かれるように、やがて俺の意識は暗くなっていった……。


 ナオミも、こんな温かな揺籃ようらんに身をゆだねる時間を持ってほしい。意識の途切れる間際、俺はそんなことを思っていた気がする。

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