第11話 少女雨中

 俺の呼び掛けが届いたのか、ややあってデイジーは立ち止まった。


「おい、急に走り出すな。はぐれたらどうする……おい? デイジー」


 デイジーは返事をしない。目は開かれているが、どこも見ていないようだった。


 いや、何かは見ているのだが、それは現在ここにあるものではない、といったほうが正確だろうか。そんな目をしていた。


「おい、大丈夫か?」


「……ナルミン……私……」


「どうしたってんだ」


「ここ、知ってる気がする。どこかで、いつか……」


 あたりを見渡す。そういえば、デイジーを見つけたのはこのあたりだったかと思い至った。とすれば、ここにデイジーに関する記録があるかもしれない。


「デイジー、何か思い出せそうなのか」


「ううん……でも、懐かしい感じ……」


「よし、少し調べてみるか。デイジー、特別気になるのはどこだ。お前の直感でいい。そこから当たる」


 デイジーはしばらくきょろきょろしていたが、やがておずおずと一カ所を指さした。


「あの瓦礫の山か?」


「うん……」


「わかった。ちょっと待ってろ」


 正直、デイジーの直感がどれほどあてになるのかわからないが、何の基準もなしに探し回るよりはマシに思えた。なるたけ丁寧に瓦礫をどかしていく。


「見た感じでは何もなさそうか……ん?」


 出てきたのは、泥まみれの缶。軽くゆすってみると、中ではカラカラと頼りない音が鳴っている。


「まあ、ダメもとだよな」


 ぐいっと力を込める。缶は意外にもきちんと封がされており、開封まで些か骨が折れた。しかし、やがて耐えかねたように蓋が外れる。


「なんだこれ……」


 缶の中には、板状のものが数枚。ディスクか何かのようだが、現在使われている規格にこうした形状はなかったような気がする。


 きちんと処理がされていたのか、状態はさほど悪くないようだ。もちろん、詳しいことは持ち帰らないとわからないが。


「お前、これ見覚えあるか?」


 一枚取って、俺の様子を見守っていたデイジーに見せてやる。数秒凝視してから、無言でデイジーは頷いた。


「そうか。じゃあ、これは持ち帰ろう。何か手掛かりになるかもしれない。……デイジー?」


「ナルミン……さっきのこと」


「ああ、気にすんな。もう前のことだ」


「でも……」


「なんだ、お前らしくもない。気にすんなって言っただろ。それに、寂しくなんてねえよ。何せ、もっとうるさいやつの御守おもりを拝命しちまったからな。だから……元気出せよ、デイジー」


 デイジーなりに落ち込んでいるのだろうが、普段賑やかな奴が沈んでいるのはどうも調子が狂う。防護服越しに、その小さな頭を撫でてやった。


 しばらくそうしていると、俺の胸にデイジーは顔を預ける。少し震えているのが伝わってきた。


 先ほどの降りは、一時的なものだったらしい。弱まり始めた雨脚に抱かれながら、俺は何度も何度も、その頭を撫でてやった……。少しでも早くその震えが収まるよう……いつもの笑顔が戻るまで、何度でも……。

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