第10話 少女随伴

「ほら」


「これな~にぃ? おもた~い☆」


 俺が渡したのは全身をすっぽり覆える防護服。俺のように外で活動することの多いヤツにとっては、汚染物質から身を守るための必需品だ。


「中の作業は普通の格好でいいが、それを着ないと外は危ないからな。まあ、お前の場合は平気かもしれんが」


「おそろい~☆」


「呑気な奴……」


 デイジーの要領が悪いので手伝ってやる。ナオミはデイジーのことを頑丈だとか言っていたが、万が一を考えたら、対策を打っておいたほうがいいだろう。


「わ~☆ ナルミン見てみて☆ もこもこ~」


「はいはいよかったな。んじゃ行くぞ」


「れっつご~☆」


 こうして誰かと仕事に行くのはいつぶりだろう。同僚と仲が悪いわけではないが、普段は一人で出ることが多いので、久しぶりの感覚だった。


 Bブロックから、重い扉を引いて外に出る。風はなく、穏やかなようだ。しかし、見上げた空は、やはり鈍色。俺たちは“ヤツら”のせいで、いつまでもお天道様を拝めないでいる。


「ナルミ~ン☆ なんだかサミシー感じだねぇ」


「そうだな」


「地面ばっかりだしぃ、お日様も出てないしぃ……☆」


「この辺はまだいいほうだ。都市部はもう、人が暮らせる環境じゃない。まあ、ここも出歩くのは危険なんだが、とりあえず衣食住があるだけいい」


「ふ~ん☆ ね、ナルミン、この服、取っちゃダメなの? もこもこで歩きにくいよぉ☆」


「我慢しろ。ここら一帯も汚染されてる。素肌を露出するのは厳禁だ」


「おせん?」


「ああ……そうか、その辺りも教えるべきか……。よし、ちょっとついてこい」


「うん☆」


 俺はデイジーを引き連れて小高い丘に向かう。遮蔽物がなく、見晴らしの良いそこは状況説明にちょうどいいだろう。


「ほら、あれ……見えるか」


「あれって……」


「俺たちがこんな暮らしをしている元凶だよ」


 俺が指さしたのは、代り映えしない空。そこには、平常時の空に似つかわしくない、薄い円盤状の物体が鎮座している。


「昔……と言っても、割と最近だがな。俺たちは人間同士で戦ってた。長い戦いで、俺の二代前からやりあってたんだ。一体なんのために戦っているのか、いつ終わるのか……そんな、明日のこともわからない戦争が、世界中でずっと続いていた」


 不毛となった砂地に、腰を下ろし、俺は話し始めた。デイジーもおずおずと隣に腰を下ろす。気を使っているのか、いつものようにはしゃいだりはしない。俺は、なるべく淡々と語る。


「もしかしたら、誰か敵が欲しかっただけなのかもしれない。人間、長い目で見れば平和な期間のほうが珍しいらしいしな。俺たちの時代も、平和なんて来ないと思ってたよ」


「……」


「だけど、急に一切合切が終わった。継続する体力が尽きたのか、予めそこまで含んでいたことなのか、俺にはわからない。俺たち小市民は、全部終わってから知るんだ。俺も、本当はどこかに派遣される予定だった。結局、すんでのところで取り消しになったけどな」


「そっか……でもでも☆ ナルミンはそれで死なずに済んだんだよね☆」


「まあ、そうだな。で、それからは助け合って生きていきましょうって話になった。もちろん、それぞれ思惑はあっただろうが、表向きは復興への道を歩み始めたんだ」


「じゃあニンゲンさんは、仲良し☆ になったんだねっ☆ あっ☆ ねね、ナルミン☆ ナルミンの家族はどうしてるのぉ? 私、ナルミンのパパママにも会いたいな☆」


「死んだよ」


「えっ……」


「みんな、死んだ。母さんも、親父も……妹も、みんな。俺だけ生き残って、みんないなくなっちまった。……お前、俺の下の名前は知らなかったよな。……イクサ。鳴海イクサが俺の本名だ」


「……いくさ?」


「ああ。俺の親父が付けたんだ。『こいつもいつか戦地に行く。どうせなら勇ましい名前を付けて送り出してやる』ってさ。単純だよな。でも結局、俺が戦地に行く前に戦争は終わっちまった。俺には戦争の名残としてこの名前だけが残った。他には何も残らなかった」


 そう、何も残らななかった。残ったのはやり場のない感情だけ。


「ナルミン……」


 ハッとしてデイジーに向き直る。その瞳は、決壊寸前だった。しまった、余計なことを話しすぎたか。


「私……私……ごめんっ!」


「あっ、おい!」


 デイジーが走り出す。悪いことをしたと思ったのだろうが、別行動されるほうがよっぽど迷惑だ。


「おい、待てよ! デイジー!」


 デイジーの足取りは殊の外早い。普段のデイジーとは少し違う……まるで地理を把握しているような……そんな印象を与える迷いのない足取り。しかし、今はそんな違和感を気にする余裕はない。


「はあ……あのバカっ! おーい、止まれって、デイジー!」


 雨が降り出していた。憂鬱に憂鬱を塗り重ねるような雨。


 些かの湿り気を帯び始めた地面を蹴って、俺はデイジーの姿を追いかけた……。

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