第6話 少女遊覧

「ああ、それはいいな。案内してやれ」


 なにやら作業に向かうところだったらしいナオミを、廊下で引き留める。事情を話すと、二つ返事で俺たちを送り出した。


「できれば、その子についても色々聞いておいてくれ。昨日はあんな調子だったが、なにか思い出してるかもしれない。どんな些細なことでも構わないから」


「ああ」


 そんなわけで、俺とこいつは連れ立って歩いている。今は居住区となっているAブロックにいた。道すがら、忘れないうちにこいつの覚えていることを確かめてみる。


「お前、あれから何か思い出したか」


「ううん☆ ほんとーは色々できたと思うんだけど……今はよくわかんない☆」


「そうか……しかし、名前くらい思い出せないか? 呼び名がないっていうのも不便なんだよ」


「う~ん、それはそうだねぇ☆ あっ☆ そうだ、ナルミンがつけてよ☆」


「俺が?」


「うん☆ 素敵な名前がいいなあ☆」


権左衛門ごんざえもんっていうのはどうだ?」


「いや~~~~☆ そんないかついのはダメ~!」


「そうか、いい名前だと思ったんだがな。じゃあ新左衛門しんざえもんならいいか?」


「ばつ、ばつ、ばつ! ゼロ点! んもう☆ そういうのじゃなくって、真面目に考えてよぉ☆」


「あーはいはい。そのうちな」


「むむ~☆」


 隣でむくれるこいつを改めて眺めた。身長は、そこいらの女学生と変わりないくらい。長く伸びた髪は栗色で、束ねられることなくさらさらと揺れている。


 瞳は茶がかり、くりっとした感じ。胸は外見相応に薄く、僅かな膨らみが認められるだけ。


 総じて、普通の少女というのが暫定評価だ。


「お前、やっぱり人間にしか見えないな」


 正直な感想が口をついて出た。継ぎ目も見えないし、かなり精巧に作られているらしい。設計者の拘りを感じさせる一品だ。


「急にどうしたのぉ☆ ハッ……見とれちゃったのね☆」


「違う。まあ、思い出せないならいい。そのうちひょっこり記憶……いや記録か。取り戻せるかもしれないしな。それより、ほら」


 最初に連れてきたのは普段から利用している食堂。といっても、定食やらが供されるわけではなく、食料の配給所を兼ねた飲食用のスペースだ。


「ここは?」


「一応名目は食堂だ。といっても、あんまり俺は利用しないが」


「ナルミン、断食?」


「違う」


「じゃあ、ぼっち☆」


「どつくぞ」


「きゃ~☆」


「まったく……こいつは……」


 そこでふと気になった。


「お前、何で動いてるんだ。動力は?」


「みんなの……ら☆ ぶ☆ ……ん~~~ちゅっちゅっ☆」


 ……まったく色気のない投げキッスをしている。


「そうかそうか、そいつは安上がりで結構だな」


「いや~ん☆ 違うよぉ☆ そこは突っ込んでよお☆」


 縋りついてきた。面倒なやつだ。


「じゃあなんだ」


「えっとぉ……食べ物だよ☆」


「何食ってるんだ。霞か」


「じゃなくてぇ☆ ナルミンと一緒で、ニンゲンさんの食べ物☆」


「他のモンじゃダメなのか? 石炭とか、電気とか」


「そんなの食べ物じゃないよぉ……って、あ~ん☆ ナルミンがそんな話するからお腹すいちゃったぁ☆ ねね、ナルミン何か持ってないの?」


「これでも食ってろ」


 作業着に入れっぱなしになっていた食べかけの携帯食を手渡してやる。「や~ん☆ しけっぽいよぉ」と言いながら全部食べるあたりはちゃっかりしている。


「さて、じゃあ次に……っておい、どうした」


「う~んとぉ……そのぉ……☆」


 何やらモジモジしている。


「用があるなら言え」


「そのぉ……ね? ふらわ~ぴっきんぐ、したいなあ☆ なんて……」


「フラワー……ああ、便所か。そうならそうと言え。そこの扉だ」


「いや~~~☆ ナルミン、でりかし~皆無っ!」


「便所コオロギと仲良くな」


「更にいやぁ~~~~~~☆」


 そう言って、顔を真っ赤にした“バカ少女”は駆けていった。


 何だってそこまで似せるんだか……設計者の神経を改めて俺は疑った。

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