第2話 少女始動

「よし、ぶっ壊そう」


 沈黙を破ったのは、ナオミの物騒な提案だった。


 どこから取り出したのか、その手にはスパナが握られている。近くにいた助手の河合かわいシオリが慌てて制止する。


「きゃ~☆ こわさないでぇ☆ 乙女のぴんち~」


 一方の“バカ少女”(“少女”からめでたく格上げ)は呑気に身をよじっている。


「おい、氷川。こいつ、大丈夫なのか?やっぱり壊れてんじゃないか?」


 俺は部屋にいたもう一人のメンバーである氷川マコトに耳打ちする。ナオミ、河合、そしてこの氷川――つまり俺以外の三人――は修復作業の中心メンバーだ。


「いや、何ら異常はない。あの子はあれで正常だよ。ああして振る舞うよう、デザインされているようだね」


 呆れたような笑みを浮かべたまま、眼鏡のブリッジを中指で押し上げて氷川が答えた。普段冷静なこいつが言うのだからそうなのだろうが、俺は落胆を隠せなかった。


「きゃ~☆ ナオミン☆ がぶとうとするぅ☆ や~ん、スパナがふきつぅ☆」


「だ、れ、が、『ナオミン☆』だっ! ああ……何かの間違いだろう……こんな奴のために私は……」


 俺たちの会話をよそに、女たちはもみ合いを続けている。“バカ少女”のしゃべり方が癪にさわるらしく、普段冷静なナオミは取り乱していた。それを必死に河合がなだめる。


 数分後、ようやくナオミは落ち着きを取り戻した。


 河合が人数分の代用コーヒーを淹れてきてくれたので、各々口をつけて一息つく。


 その間も、わちゃわちゃと忙しなく動く“バカ少女”は俺たちに付きまとい、「あなたのお名前は、なんていうんですかぁ~☆」と聞いて回った。どうやら久しぶりの起動が嬉しいらしい。


 一通り聞きだすと、それぞれがナオミン、シオリン、マコピーというありがたい名前を頂戴していた。俺は聞かれたが無視を決め込んだ。「ぶぅ~☆」とふくれていた気がするが、あれはビープ音だったのだろう。


「じゃあ、起動は見届けたし、俺は帰るぞ」


 カップを盆に戻し、俺は退出を試みる。これ以上、会話に星が飛び交うような奴と一緒はごめんだ。


「まあ、待て。鳴海なるみ


 俺を呼び止めたのはナオミだった。


「なんだ」


「物は相談だが……」


「断る」


「まだ何も言ってない」


「その前置きの後、いい話があったためしがない」


「よくわかってるじゃないか」


「じゃあ持ち掛けるな。俺は帰るぞ」


 コーヒーご馳走様、と河合に告げ、俺は部屋を後にした。機械のことは技術者だけでなんとかしてもらいたい。俺は見つけてきただけで、その後の責任まで負うつもりはない。


 ドアが閉まる直前、「へぇ~☆ なるみっていうんだぁ~☆ えへ☆」という不吉な声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう……気のせいであってくれ。

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