第3話 異世界アルバイト初日

次の日、コンビニアルバイトを仮病でサボり店長代理のいる雑貨屋さん?に軽い足取りで向かった。

残念ながらコンビニも居酒屋も今日で辞めまぁす!は通らなかったので、2週間くらいは掛け持ちする事になってしまった。


「カランコローン」

「ふふ、ご機嫌だね」

「おはようございます店長代理」


眼鏡の耳にかける部分が上下逆さになっている店長代理に挨拶をし、店の中をキョロキョロと見回す。

チグハグに陳列された商品の隙間からモサモサとした孔雀緑色が見えた。


「おはようナギギ」

「はよ」


ナギギは小さくアクビをし、組んだ手をぐーっと前に大きく伸ばした。

今日も今日とて素敵な陰気を醸し出している。

今にも雷がゴロゴロ鳴りそうな、どんより曇り空って感じ。


「だからそれ悪口だろ」

「あれ、声に出てた?褒めてるんだけどなぁ」


だからと言って拗ねてくれる訳でもなく、興味無さそうな顔をして椅子から立ち上がった。

OKOK、照れ隠しだね?

ルートを進めるとあたしにだけデレるクーデレタイプだね理解した!


「小梢ちゃんは本当に元気だね」

「また声に出てました?ダメだなー、大学ではクールキャラでやってるのに」

「常にギャグが寒いって意味のクールか?」

「ヒェ、褒められた!」

「良かったね。そうそう小梢ちゃん、提案してるこっちから言うのもアレだけどさ」

「はい」

「1回で数百万もいく可能性があるバイトとか怪しいな、とは思わないの?」

「金のが大事っす」

「勇ましいね」


店長代理は少年のように無邪気に笑った。王子みたいなキラキラエフェクトかかってますね。

でもあたしは昨日、寝る前に気まぐれでやったあみだくじでナギギ一筋になるって決めたから。


「今回の依頼は?」

「ポチのお世話だよ」

「(・・・ん?なんて?ポチのお世話って言った?)」

「げ」

「3年ぶりだね。世話係が居るけど、今日だけどうしても予定が外せないんだってさ」

「だる」


異世界での記念すべき第1回アルバイト、まさかのペットシッター。

いや待てよ、異世界でしょ。

ファンタジーでポチと言えば『実はドラゴン』が相場に決まっている。

そうだドラゴンに違いない。


「いや、ドラゴンの世話は普通に無理だよ!」

「ポチは犬だよ、小梢夢見すぎ」

「あっ普通に犬なんだ・・・犬の世話」

「まぁ普通の犬じゃないけどな」

「そう来なくっちゃ!よーしそれじゃあ行くよナギギ、いざポチの世話をしに参らん!」


ナギギのご尊顔めがけてパチコーンとウインクを投げてみたけど、ぺっぺと手で払われてしまった。

人の好意を無下にするなんて・・・解釈通りです。

向こうではスマホやこの世界のお金が使えないからと、貴重品もろもろ回収された。

ナギギは魔法でいつでも店長代理と連絡が取れるらしい、便利ぃ。



「さて、雇用主として伝達義務があるから依頼内容の説明をするよ」

「お願いしまーす」


店長代理はどこからか『ポチくんのお世話☆』と書かれた画用紙を取り出した。

ペラッとめくると荒々しい字でいくつか注意書きが書かれている。

DVDで作品観る前に表示されるアレみたい。


「1、餌だと間違えられないように匂いを覚えさせる。2、踏んだり蹴られたりしないように、ポチの視界に入る。3、飼い主から渡される契約書には必ずサインする。4、やむを得ない場合は眠らせたり攻撃をする、命が大事」

「いやいやいや、不穏過ぎない?最後なに、めっちゃ野蛮なの?」

「野蛮だな」

「こわぁ」


もう一枚めくると、ニコニコした犬のイラストと食べ物のイラストが描かれていた。

癒し系イラストめっちゃ可愛い、店長代理絵心あるな。

食べ物のイラストの下に文字が・・・ドラゴンの肉?

ここでドラゴン出てくるんかーい!

ドラゴンを食べるとかポチ強すぎでは?


「それで、どうやって異世界に行くんですか?」

「店の奥にある魔法の扉からだよ。僕が依頼先に座標を設定すると、異世界に繋がるんだ」

「何それ漫画みたい!」

「ふふ、じゃあ着いておいで」


ナギギの後ろに着いて廊下を進んでいく。

ワクワクして浮足立っているからか、昨日よりも床が柔らかく感じられた。

長い長い廊下を曲がった先で、左手にある1室に入る。



中に入ると、正面の壁に大きな木の扉がドッシリと構えていた。

動植物に風景や建物、まるで童話のワンシーンを描いたような木彫りの彫刻が施されている。

なんだか圧倒されるオーラもあり、思わずゴクリと喉が鳴った。


「凄く美しいですね、この扉」

「本当に見事だよね、この世界ではない世界の職人が作った扉なんだよ」

「へぇ!なんか感慨深いな」

「ふーん、俺は全然分かんない。シンプルな扉でも使い勝手変わんないじゃん」

「ナギギは感受性が著しく低いんだね、可愛い!」

「なんでだよ」


気味悪そうな表情のナギギが更に可愛くて、更にテンションが上がってきた。

店長代理も微笑ましそうに見ている、懐がビックなんですね。

出発の前に、店長代理に聞いておかなければいけないことがある。


「あの、今回の通行料はいくらくらいですか?」

「座標と距離的に、23万ちょっとかな」

「にじっ・・・往復?」

「そうなんだけど、厳密には片道。ひとつの依頼につき、行きの分だけだからね」


あまりの金額に一気に血の気が引くのを感じた。

サラリーマンの平均手取りとそんなに変わんない金額を一瞬で、なんて。

海外旅行ならぬ異世界旅行的なものだと思えば、まぁ妥当なのかな?危険度高いっぽいけれど。


「大丈夫、お給料はグッと高いよ。通行料の倍以上は」

「いってまいります!!!!!」

「うるさ」


扉を開くと眩しい光がこちらに向かってパァッと差し込んで来た。

いざ、異世界へ!


日向小梢の現借金額:1084万9943円

(内訳:『別次元空間への通行料』基、次元転移魔法)





眩むような光を抜けた先。

目の前に景色が広がるよりも早く、柔らかくて爽やかな香りが鼻をくすぐった。

優しいそよ風が頬を撫でる。


「もう目を開けても大丈夫」

「・・・わぁ」


どこまでも続く広大な草原にナギギと2人で立っていた。

アイスグリーン色をした空は高くて心が澄んでいくように綺麗で心が震える。


「ここから80kmぐらい離れた所に依頼主の屋敷がある」

「80km?!遠くない?座標ミスじゃ」

「この国の法律でここより近くに繋げないんだってさ」

「ほぉ」


常に目的地の目の前でという訳ではないのか、でも有料の建物の中とかに出たら犯罪だしね。

見渡す限り360度草原、テレビで見る大自然そのままだ。

なんだかそれだけでワクワクしてくるなぁ。


「どうやって移動するの?」

「自分たちで飛んで行く。乗り物があるように見えるか?」


もう一度周りを見渡す。

勿論、無い。


「日向小梢、飛べません」

「は?いや飛行魔法を」

「飛行魔法なんて使ったことないので飛べません、なので」

「・・・なに」

「あたしを秘め抱っこして飛んでください!!!」

「ヤダ」


心底嫌そうな顔で即答された、キャッ。

でも80kmダッシュは流石に無理だし、徒歩だと何時間かかるんだって話。

一緒に飛んで連れて行ってもらわないと困る。

しゃーない。

あたしは戦隊ものヒーローのように、シャキーンて感じの定番ポーズを取った。


「お願い、この通りだから!!!」

「どの通りだよ」


彼は軽やかにツッコミを入れた後、歪んでいたクールなお顔からハァーと深いため息をついた。あたしが谷本にする反応とソックリ。

飛行練習をしておけば良かったと思う反面、おかげでナギギが面倒を見てくれるんだからグッジョブだなという気持ちが大きい。



彼は魔法でボブスレーのソリみたいな乗り物を出した。

ひ弱そうな体格の彼に抱えさせるのも可哀そうだから良しとします。

2人乗りドキドキしちゃうなと思いながら座ったら、彼は座席の後ろのボディに座った。

彼の足があたしの後ろの席の、座面を踏みしめる。


「なんでそこに座るの?」

「ここの方が操縦しやすいから」

「左様でございますか」


そう言われたらどうしようも出来ない、乗せていただく身ですから。

シートベルトを付けると、一瞬で背もたれに押し付けられるような感覚に陥った。



はっっっっっっっっっっっっや!速。え、速!

今新幹線に乗ってますか?ノー、ソリに乗っています。

ジェットコースターではありませんか?ノー、ソリで間違いありません。

絶対これあり得ないくらい速い! 風圧!前からの圧力!!G!!!


「あばばばばばばば」

「あ、風圧抑制魔法かけ忘れてた。ほら」

「・・・わ、急に楽になった!」

「自分1人だとスケボーだから忘れてた」

「スケボー出来るの?!その見た目で?!」

「落とすぞ」


キャッキャウフフな移動デートを終えて、ソリは滑るようになめらかに着地する。

なんだかんだ落とすこともなく目的地まで連れてってくれた、優しいなぁ。

車の運転とかって性格が出るらしいからね。

とんでもねぇスピード出していたところはスルーさせていただくよ。


「あのGは割と生命の危機だったけどね」

「人間が生身で耐えられる正面からの圧力は約8G、さっきのはだいたい4Gくらい。どこの方向からのGかによって耐えられる数値が変わるから、次からは背面にしよう。そうすれば限界が20Gほどだから最悪15Gくらいは」

「文系なのでワカリマセーン」


急に饒舌だけどヲタ系理系男子とかかな、見るからにだもんね。

でも今、次って言ったな。

また命懸けデート出来ちゃうんだね、心臓がバクバクだし足がガクガクしちゃうな!



ナギギが顎を動かして、あっちを見ろと誘導する。

言われるがまま視線を向けると、洋風のとても大きなお屋敷が目に飛び込んできた。

もはや城だ、金のにおいがするぜ。

じっと門を見つめていると、ゴゴゴゴという音を立ててゆっくりと開いた。


「ヤダァー!お待たせしちゃってゴメンなさいねぇ!」


オネエだ。

ムッキムキでフリフリシャツを着たゴリッゴリのオネエが来た。

肘を内側に入れて手がルンルン動く女の小走りで、絵に描いたようなオネエ。


「ナギ君こんにちは、前よりイイオトコになったわね!やぁん、そっちのクールなお嬢さんは誰?ワタシはアレクサンダー、アッちゃんって呼んでねぇ」

「この人は依頼主のザンさん」

「こんにちは、今回一緒に仕事する日向小梢です」

「小梢ちゃん?きゃわわー、笑うと途端に女の子ね!アッちゃんって呼んでねぇ」


んー、キョウレツー!

すっごいグイグイ来る、あたしとアッちゃんの顔がほぼ0距離。サラリと交わして鬱陶しそうな顔をするナギギはナギギすぎる。

依頼主って事は、この人がドラゴンを食べるわんぱくワンコロの飼い主か。


「世話係の方って」

「そうだナギ君も会うの初めてよねぇ。セッちゃーん、セッちゃぁーーーん!!」

「聞こえてるわよ~!フフ、世話係のセバスチャンよ~、セッちゃんって呼んでちょうだい。今日は来てくれて、あ・り・が・と」


オネエだー!

世話係までお手本のようなオネエだー!

ナギギ、驚きを通り越して興味深そうな表情をしている。

こっちもムキムキワイルドなオネエだ、圧凄。


「いつもは他の人に代役を頼むんだけど、今回だけはどーしても都合が付かなくてぇ」

「1日よろしくね〜」


オネエの圧で潰されそうなナギギを横目に注意深く2人を観察する。

肌は程よく焼けて所々傷跡が残っているし、服もピタッとして動きやすそうだけど、胸や間接など大事な部分はしっかり保護されている。

どうしよう、ポチって想像以上に獰猛なのかな。

早々に身の危険を感じたので、怪我に強くなるダメージ軽減魔法を自分にかけた。


「それじゃあポチのところに案内するわねぇ、着いて来て頂戴」


ナギギに袖を掴まれグイと引っ張られる。

え、なにそれ女子力も高いの?聞いてないんですけど、キュンです。

あざとい系女子じゃん、やめてよ既にイチコロにされてるのに何回コロすんの?



残念ながら掴んでくれたのは最初だけで、あたしが歩き出すと彼は手を離してしまった。

10分ほど歩いて行くと、それはそれは大きな倉庫らしき場所に案内された。

アッちゃんが重そうな扉の鍵を外し、ギギギと音を立てて開く。


「ポチ〜、朝よ〜!今日はアタシの変わりにお兄さんとお姉さんが遊んでくれるわ〜!」

「あ、この中に居るんだ」


倉庫の奥からは犬の鳴き声はなく、代わりにズシンズシンと地面に重いものがぶつかる音が響く。

あれ、そうかこの倉庫ってポチの犬小屋・・・大きすぎない?

やがて大きな影が近づいてきて、あたしの目の前で止まった。

キュルンとした真ん丸おめめにキュートな舌をペロッと出して、ルンルンとした様子でこちらを見降ろすワンコ。

体長は恐らく、15mほどの。

でっっっっっっっっっか。


「怪獣じゃん!」

「まぁ、ドラゴンを食べるぐらいだからな」

「カワイイでしょー!子犬の頃は手のひらに乗るくらい小さかったのに、気付いたらこの大きさよぉ!」


何を食べたらこんなに大きくなるの。

ドラゴンか、ドラゴンを食べているからか。

あたしやナギギもドラゴンを食べれば背が高くなるのか。


「小梢はそれ以上大きくならなくてもいいじゃん」

「できれば170を超えてナギギをお姫様抱っこしたい」

「絶対伸びるなよ」


今は164だからなぁ。

まぁナギギとは1~2cmしか変わらなさそうだし、なんなら今でも姫抱きできるから今度いきなり抱っこしよう。

そんなことを考えていると、ワンワン怪獣の大きな舌がベロンとあたしの顔を舐めた。

普通に窒息するかと思った。


「あら、小梢ちゃんのことを気に入ったのね〜!沢山遊んでもらいなさいね」

「喰われないように気をつけろよ」

「喰われ・・・?!」

「それじゃあ庭へ行きましょうか〜」


セッちゃんは体育祭で見る綱引きの縄くらい太い縄を掴んだまま、ポチの体によじ登り始めた。

そして首元まで上がると首輪に縄をくくりつけ、レスキュー隊員のようにシュルシュルと降りてくる。

これってもしかしなくてもリードですか。


「あ、大事なもん店に忘れてきた。小梢、店に戻って持ってきてくんない?」

「りょ!」

「目閉じて、鈴の音が鳴ったら目を開けて」

「はーい」


言われたとおりにその場で目を閉じて立ち止まる。

何かが自分の両肩に触れると、暖かい風の渦が身の回りを包んだ。

ふわふわと浮き上がりそうな感覚を楽しんでいると、チリンチリンと心地よい鈴の音が耳に届いた。

ゆっくり目を開けると、元の世界の大きな扉があった部屋の中に居た。




「あれ、小梢ちゃん?」

「ナギギが大事なものを忘れたって」

「大事なもの・・・あ、アレだね」


店長代理が指さした先には、1m四方の箱や2mを超える大きな筒などの荷物が5つほど固まっているのが見えた。

こんな大きな塊を忘れたの?ナギギったらお茶目さん!


「今運びやすいように」

「大丈夫ですよ、縮小させてハンカチに包んで持って行きますから」


荷物に魔法をかけると、シュワンシュワンと縮み10cm前後に形を変える。

ポケットからハンカチを取り出してそれらを包み、落とさないよう手首にくくった。


「じゃあ戻りますね・・・あ!あたし飛べな!」

「凪君のすぐそばに座標を設定したから大丈夫だよ」

「おぉ、ありがとうございます!」


駆け足で部屋に戻り、勢いよく扉を開けて異世界へと向かった。

座標がナギギの背後になっていて、有無を言わさずハグできますように・・・!



「小梢ちゃん・・・ここで使う魔法はお金がかかるって、教えたのになぁ」


日向小梢の現借金額:1085万9189円

(内訳:物体縮小魔法)

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