第2話 アルバイト契約
というか、咄嗟とはいえまぁまぁに派手な魔法を使っちゃったな。
元々何もないただの裏庭の風景から、急にあたしと言う存在がひょっこりと出現してしまった。
ほとんど人通りのない場所だし今は黄昏時、だからと言って見られていないとは限らない。
辺りに人が居ないのを確認しヤレヤレと思いながら視線を校舎の方に向けると、窓の向こうに確かにこちらを向いて止まっている顔が見えた。
「(げ、谷本!)」
大学生活では頑なに、一度だって誰かに魔法を見せることは無かった。
めちゃくちゃケチだの性格に難があるだの本当は魔法が使えない嘘付きだの、数えきれないほどバカにされてきたけれど、それでもお金の方が大事だ。
魔法なんて一度見せたら最後、満足するまで何回だってせがまれるのだから。
ちょっとぐらい良いじゃん、が積み重なってトンデモナイ金額になる。
そして今、確かに谷本の目の色が変わった。
「日向さん!!!」
「(クソ面倒臭い!)」
口パクでも名前を呼ばれたことくらい分かる。
ただでさえやたら絡んできて面倒だっていうのに、よりによって谷本にバレるなんてダルすぎる。
彼がこちらを気にしながら走り出すと同時に、あたしも彼から遠ざかるように反対方向へと駆け出した。
あたしは運動神経もそれなりに良いし足も速い方だ。
ぽわーんとした谷本相手なら余裕で撒けるだろう、と思っていたのが運の尽きだった。
「捕まえた!」
「え?・・・は?!・・・ハァハァ・・・足、めちゃ速くない?」
「中高は陸上部だったからな」
「えぇ?!」
「大学では部活やってないから、当時ほど速くはないけど」
全身で大きく息をするあたしとは違い、呼吸一つ乱れていない谷本を見て呆気に取られていた。
ふわりと吹いた風が良い感じに谷本の髪をかきあげる、意外と格好良いところあるじゃん。
「日向さん魔法使えるんじゃん!良かった~。でもせっかく杖作ったからプレゼントしておくね」
「・・・まぁ作ってくれたなら貰うけど」
「あのさ」
「もう魔法は見せないって」
「魔法を使うアルバイトしない?」
予想外の言葉に一瞬何を言われたか分からなかった。
魔法を使うアルバイト?魔法を使うとお金がかかるのに?アルバイトだって?
「・・・いやいやいや。する訳ないでしょ、使った分請求来るんだよ!タダ働きどころかマイナスに」
「だから、それを上回る魔法を使った高額バイトで」
「は?!そんなとこある訳・・・ってかなんでその事知って・・・アンタも魔法使いか!」
「違うよ」
「違うんかーい」
その後、残念ながら谷本の説得に根負けしたあたしは、魔法のアルバイトを紹介してくれるという場所へ連れてこられていた。あぁ無念。
古い洋館のような佇まいの店、こんな店があったなんて今まで気が付かなかった。
扉を開けるとカランコロンと昔ながらの喫茶店のような音が響く。
店の中にはインテリア雑貨やら絵画やら食品やらと沢山の物が雑多に陳列されていて、何屋なのか見当がつかなかった。
いくつかの棚が並んだ奥、レジらしきものが置いてある机の向こうに本を読んでいる男性が見える。
「店長代理~連れてきました!」
「んー?あぁ、谷本君か」
こちらの声に返しながら眼鏡を外し、パタンと本を閉じて立ち上がる。
絨毯のような柄シャツに黒のベスト、なんだか海外のカジノディーラーみたいな人だな。あくまでイメージだけど。
ずんずんと奥に進む谷本に引っ張られ、彼の目の前まで来る。
めっっっっっちゃイケメンだな店長代理さん。
「これはこれは・・・かなりの魔力値だね」
「分かるんですか?」
「どちらかと言うと見えるって感じかな」
「この子は前から話してた日向小梢さん、こっちは店長代理だよ」
「こんにちは小梢ちゃん、店長代理の尼崎迅です」
店長代理さんはアイドルさながらのキラキラスマイルをあたしに向けた。谷本、前から話してたって何だ。アルバイトさせる為に狙い撃ちだったのか、そうか。
「じゃあ連れて来たのでオレはこれで」
「え、あたしを置いてくの?!」
「オレ魔法の事は全然分かんないからさ、店長代理に色々聞いてよ」
「役立たずじゃ~ん」
「あはは、日向ちゃん結構口が正直なんだね」
谷本はいつものへらへら笑顔で手を振って店から出て行ってしまった、ガッテム。
これじゃあ木の枝に釣られたみたいなもんじゃん。
「それじゃあ、アルバイトの詳しい話をしても良いかな?」
「お願いします」
「中へおいで、座って話そう」
店長代理に招かれるままカウンター奥へ進むと、アンティーク調の4人掛けテーブルがある個室に案内された。
待つように言われ席に着く。なんだかこの部屋は夢心地みたいに心地が良い。
椅子のクッション部分がフカフカなのもあるかもしれないけれど、それとは別で良い気分になる。
「なにかアロマとか焚いてます?この部屋すっごく心地よくて」
「あぁ、魔力で満ちているからだと思うよ」
「魔力?」
「この世界は魔力、つまり魔法エネルギーが少ないんだ。だから魔法使いは常に渇望している。
本来はこの部屋みたいに魔力で満ちた空間に居た方が良いんだよ」
「少ないから魔法使用制度を作ったって話ですよね、なのにこの部屋は満ちてるって」
「その事なんだけどね」
「店長代理、めっっっちゃくちゃ成金なんですか?」
「ん???」
魔法エネルギーが貴重なので金をむしり取るよって制度だから、あたしが分かっちゃうくらい部屋に魔力を満たすってめちゃくちゃ金がかかる筈。
それを一瞬じゃなくて部屋に入った時からずっと保ち続けてるなんて、莫大な金がなきゃ無理に決まっている。
って事は上手くヨイショしてアルバイトすれば、とんでもない額を稼ぐことが出来るんじゃ!
「全部声に出てるよ」
「あっ」
「そんな絵に描いたようなテヘペロ顔出来るんだ」
店長代理の綺麗な顔が少年のような笑顔を浮かべた。
あたしの好みではないけどめっちゃモテそう。
「小梢ちゃんは明るくて面白い子だね。1000万円以上の負債を抱えてるとは思えないメンタルだ」
「え、何故それを!」
「見えるからね・・・そんな事より、仕事の話をしても良いかな?」
うーん、店長代理にはステータスウィンドウとか見えてるのかな。
あたし借金額どこかにペンで書いたりしてないし・・・してないよね?
店長代理の話によると、あたし達が知らないだけで実際に沢山の異世界が存在しているらしい。
そこで依頼が来ている異世界へ行って、魔法で解決するアルバイトをしませんかというお話だった。
別の世界があるというのは、いまいちピンと来ない話ではある。
でも小さい頃、おおばあちゃまは「魔法使いは元々別の世界に住んでいて、この世界にやって来たのよ」と言っていた。
それが本当なら異世界が存在するのも頷ける。
「魔法使用料が取られるのはあくまでこの世界の話だから、別の世界で使う分には特に請求されないんだ。ただし、異世界へ移動する際に通行料を支払う義務はある。ある程度の魔法エネルギーを使うからね」
「いくらですか?」
「行く場所によるんだ、座標で金額が決まるからね。バイト代はもっと高いから絶対にマイナスにはならないよ」
交通費が支払ってもらえない代わりに時給が高いアルバイト、と考えればまぁおかしい話じゃない。
今やっている居酒屋やコンビニバイトより稼げるなら、正直魔法を使える方が楽だし。
「どうだろう、アルバイトやってくれるかな?」
「時給はどれくらいですか?」
「時給じゃなくて仕事ごとの報酬制なんだ、数十万の時もあれば数百万いく時も」
「是非やらせてください!!!!」
「あはは、拡声器のアルバイトが一番向いてそうだ」
やっぱ自分の才能を活かせるアルバイトって良いよね、決して金額で即決した訳ではない。
自分の魔法で多くの人が笑顔になるからだ。
決してさっさと借金完済したいからじゃない。
嘘だよ金に決まってるだろ!安くて数十万だぞ!!
「後で契約書にサインして貰うとして、先に一緒に仕事してもらうパートナーを紹介するね」
「パートナー?バイトの先輩ですか」
「まぁそんなところかな」
両親からも親族からも魔法のアルバイトの話なんて聞いたことが無い。
という事は、バイトの先輩は他の4家のどれかの魔法使いだろうか。
でも近所どころか同じ県内には居ないと聞いていたけど・・・受験で引っ越して来たとかなのかな。
「呼んできたよ、彼は生粋の魔導士なんだ」
「魔導士?」
店長代理が連れて来たのはあたしよりほんの少しだけ背が高そうな青年だった。
もさもさ髪で片目が隠れ、口元もタートルネック型の服で隠れている。
そして全体を包み込む暗い空気感、既視感バリッバリですよね。
さっきの金持ち坊ちゃん(仮)ですよね!
「やっぱドタイプ」
「は?」
「あれ、もしかして日向ちゃんこういう人が好み?」
「大好きですこの厨二病炸裂みたいな陰キャ臭!」
「良かったね」
「それ普通に悪口だろ」
第二ボタンを奪い取ったあの人のジト目もなかなか良かったけど、この人の陰気な感じめっちゃ好き。
そもそもあの人も陰キャで友達少なくて全然モテてなかったから、奪わなくとも言えばボタンくらいくれたかもしれない。
無駄金だったかもなー、今目の前の彼を見て尚思う。いや今はそんなことどうでも良いか。
「あたしは日向小梢、あなたの名前は?」
「凪。名字は長いから名前で良い」
「名字はなんて言うの?」
「・・・九十九折」
「えぇ何ソレ格好良い」
今までの人生で出会ってきた名字の中で格好良いランキング第1位かもしれない。
濁点ついてて文字数多いって強そうだよね、伊集院とか神楽坂とか雑木林とか!・・・雑木林は違うな。
「大学では助けてくれてありがとね」
「あれ、もう知り合ってたの?」
「さっきたまたま出入りした大学で遭遇した」
「運命だねー」
「ですよね運命ですよね!コンビ名はディスティニーにしない?」
「やだよ」
「借金1000万円越えてるけど頑張って返済するから!よろしくね、ナギギ!」
「・・・借金報告は意味分かんないけど、よろしく小梢」
「え、多額の借金があっても気にならない?!懐の広さにビックラブ」
「そういう意味ではよろしくしないけど」
夫婦漫才みたいじゃん、やっぱディスティニーだって。
握手をするつもりで右手を差し出すと、ナギギはあたしをチラリと手を見て顔をしかめた。
スキンシップが苦手な激烈クールボーイなのかもしれない、イイネ。
でも握手する機会なんて中々ないから、しておきたいじゃん。
あたしはウッカリ魔法を使ってナギギの手を引っぱり握手を交わした。
「え?は?!」
「はい握手~!」
「小梢ちゃん、店内は魔法使用料請求範囲内だよ?」
「しまった、また呼吸するように借金を増やしてしまった。でも好きなものの為ならいくらでも魔法に課金出来るね、重課金しちゃうぜ」
「コイツ怖・・・」
他のバイトは早急に辞めようそうしよう。
店長代理に渡された契約書にサインをして、名残惜しいけどナギギとお別れして帰宅した。
なんか谷本からメッセージ来てたけど全部無視して明日に備えて眠りについた。
明日からのアルバイト、楽しみだなー。
日向小梢の現借金額:1061万4215円
(内訳:物体移動魔法)
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