魔法は『有料コンテンツ』につき
白野椿己
第1話 魔法債務者
「なー、な・・・な、な、な・・・なんじゃこりゃーーーーっ!!!」
あたしは高校進学をきっかけにひとり暮らしを始めた。先月18歳の誕生日も迎え後2ヶ月で卒業。
毎月同様ポストに放り込まれた数枚の公共料金請求書を見て、思わず叫ばずにいられなかった。
電気料金、いつもよりちょっと安い。水道料金、まぁちょっと多いけど気にならない。
もう1枚を握り締めてお母さんに電話をした。
『あらどうしたの?』
「魔法使用料って何?!バカ高い請求書来たんだけど、これ詐欺だよね!!!?」
『詐欺じゃないわよ、アンタ魔法使ったんでしょ?』
「そりゃ使ってるけど!」
『18歳になったら成人でしょ?成人は国に魔法使用料を支払う義務があるのよ。ひとり暮らし始める時にちゃんと確認しなかったの?』
あまりの衝撃に脳みそがひっくり返ってブレイクダンスをした。
マホウシヨウリョウヲシハラウギム?魔法を使うのにお金がかかるなんて聞いてない。
近所にも今通ってる高校にも、魔法使いは自分しか居ない。
魔法使いが珍しいという事は幼い頃から言い聞かされていたけども。
「えー?そんなの知らんし、28万て高すぎてぼったくり・・・」
でも電気代の約70倍は明らかに異常だ、何かの間違いじゃないかともう一度ケタ数を数え直してみる。
「いち、じゅう、ひゃ・・・待って0が5つある!は?5つ?!」
『280万円ね』
「はぁー?!ぼったくりどころの騒ぎじゃ」
『だから小さい頃からずっと言ってたでしょ、魔法を使わなくても何でも出来るようになりなさいって。簡単な事でも1から100まで魔法を使うんだから、それくらいいくわよ』
「・・・・・・ねーママぁ♡」
『ダメよ、魔法使用料は絶対に本人のお金でって法律で決まってるから。20歳までは魔法省の代理支払制度があるから、頑張ってバイトして貯めなさい』
「そんなぁー!」
世の中は、希少な魔法使いにとっても冷たいらしい。
*****
日向小梢、この春で大学三年生になった。大きくあくびをしながら大学までの道を歩いていく。
暖かく柔らかい風に乗って桜が舞い自分の頬をかすめる。
夜勤バイト明けにこの空気感は辛い、今にも眠りについてしまいそうだ。
桜の木の隙間から見える空の青さは、淡い。
「あ、日向小梢じゃね?」
「本当だ本物じゃん!」
背後から聞こえる声は勿論知らないけれど、よくある事だ。
頼むから話しかけてくれるなという願いも虚しく、声の主達はあたしの両脇に現れ馴れ馴れしく声をかけてきた。
「どーも日向小梢チャン!」
「なぁなぁお前魔法使いなんだろ、なんか魔法見せてくれよ~」
出た、マジハラ!
今までの人生で何万回と言われてきた『なんか魔法見せてよ』というマジックハラスメント。
18歳が来るまでは特に気にすることなくバンバン魔法を使っていたし見せていたけど、今はそんなことできない。
大学で誰にも見せたことが無い魔法を強要するのは、あたしをからかって遊びたい奴等の上等文句だ。
魔法を見せてくれないと分かってて話しかけてくる。
うざー。
「アンタ達に見せるほど安くない」
「つっめたー、何様だっつの」
「本当は魔法使えないんじゃねーの?」
「それなーw」
例えばこの腹立つチャラ男3人組の毛という毛を燃やし尽くすのに炎魔法を使うとする。
5秒間発動すると使用料の請求は5,800円だ。
昨日稼いだバイト代全部パーなんだよ、頭くるくるパーのアンタ達のせいで!
だから本当に、アンタ達に見せるほど安くない。
早く居なくなれという気持ちを込めて睨みつけると、おー怖wと捨て台詞を吐いて下品に笑いながら去っていった。
大学生にもなっても精神はガキんちょのままらしい。
ちょっと男子ぃ〜って言ってやろうか。
一限の教室で友達と合流し、真面目に講義を受けていつも通りの日常を過ごす。
ノートを取るのも机を片付けるのも大学に入るまでは魔法でやっていたのに、このダルさにもいい加減慣れてきた。
高校卒業まではプライドが邪魔をしみんなの前では今まで通り魔法を使い続けたので、魔法省への借金は引くほど膨れ上がった。
憧れの同級生の第二ボタンを魔法で奪ったので、それも高くついた。今は返済地獄だ。
日向小梢の現借金額:1056万9256円
「小梢っち~」
「あ、おはよう。何?課題は見せないけど」
「谷本君が呼んでるよ」
聞き慣れた名字に思わず顔が歪む。
教室の外にはこちらを見て小さく手を振る男子学生が居る、勿論谷本のことだ。
入学当初からちょくちょく絡んでくる他学科の生徒で、正直困っている。
なにせアイツは。
「せめて昼休憩か4限後にしてって言ってるじゃん」
「えへへごめんね、でもどうしても早く日向さんに渡したくて」
リュックからゴソゴソと何かを取り出し屈託のない笑顔を浮かべた。
持っていたのは白っぽい木の枝、リュックに直で枝入れるって何年生よ。大学三年生か。
それをズイとあたしに向かって差し出す。
「これ、魔法使いが杖を作る時によく使う種類の木の枝なんだって!これを使えば日向さんも魔法を使えるはずだよ!」
だっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっる。
枝て。枝貰って嬉しいのって飼い犬くらいじゃないの?
咥えて細い道通って両端つっかえてアワアワしろって?他を当たって下さい。
そう、この谷本という男はあたしが「魔法が使えなくなってしまった」と思い込んでいる。
そしてなんとか魔法が使えるようになる為、どこ情報かも分からないものを持ってくる。
純粋な善意故に物凄く厄介な訳で。
何種類かのカエルのピーを持ってこられた時は立ったまま失神した。
「いらない」
「あ、もしかして杖の作り方分からない?」
「いや」
「分かった、じゃあオレが作って持ってくるね!」
そう言い残してぴゅーっとどこかへ行ってしまった。
谷本はとにかく話を聞かない。
このやりとりは大学内でも有名なので、遠巻きに見ている人たちはクスクスと笑っている。
もう、本当にやめて欲しい。
「小梢っち今日もモテモテだね~」
「あれをモテに入れないで」
「あんなに熱烈なのに?」
「単なる魔法使いバカだよ!」
杖なんて使わなくても魔法は使えるっての。
その優秀さゆえにバカスカ魔法を使った代償が多額の借金なんですけどね!グスン。
かつて人口の半分ぐらいが魔法を使える人種だった。
しかし時代が進むにつれて都市開発が進み自然が減った為か、魔法エネルギーはどんどん枯渇していった。
それに伴い各国は魔法使用の制限を法律で取り決め、魔法エネルギーを無くさないために魔法使用制度を作りお金を回収するようになった。
いつしかそれは暴論で金を巻き上げるシステムに変わり、魔法使い達は自主的に魔法の使用を減らしていくしか無かった。
結果魔法使いは数をぐんと減らし、魔法を使う一族はほんの一握りとなった。
我が家は先祖代々魔法使いの家系で親族は皆使うことが出来る。
この国では我が家を含み、5家の血筋しか魔法使いは残っていない。
なので実際、自分の親族以外の魔法使いは見たことが無かった。
どこに住んでいるのかも知らない。
あたしが分かっていることは、この家の長い歴史の中で、あたしは一番魔力が高く才能があるという事ぐらい。
だから呼吸をするように昔から何でも魔法でやってきてしまった。
その代償を今支払っている、辛いぴえん、古いな。
「いくら魔法の才能も実力もあったって、生かせないんじゃねぇ」
魔法を金を巻き上げる道具としか思ってないようだし、あわよくば魔法使いが消えて欲しいとさえ取れる政策。
こんなの魔女狩りと一緒だ。
いっそ魔法使いを利用してくれればいいのに、この国は頑固ジジイしか居ないらしい。
「そしたらこんな荷物、一瞬で移動させられるの、に!」
運悪く教授と出くわしてしまったので、段ボール入りの資料をいくつか渡され運ぶことになってしまった。
3つもあるから前がほとんど見えないし、女子生徒に頼むには重すぎる。
階段降りてすぐ横に置いとけばいいってなんだ、階段だぞ。
絶対あの教授の研究室には入らないって今決めた。
3階から1階までゆっくりゆっくりと降りてきて、あともう少しで1階に着く。
「(あ)」
ぐらりと体が傾くのが分かった。
何段目か分からない階段を上手く踏めず、自分と荷物が前のめりになる。
落ちる、そう思う頃には体と荷物が宙に浮いていた。
重力を無視してふわりと浮いた体が1階の地面を踏みしめ、あたしの横に3個の段ボールが縦に積まれる。
あぁ、チャリンチャリンとお金の音が頭に響・・・かないよ!
あたしは今魔法を使っていない、でもこんな事は魔法じゃないと出来ない。
慌てて周りを見回すと、少し離れた所でこちらを見て立っている人影を見つけた。
もさもさとした長い髪を1本の三つ編みに束ね、前髪は右目を隠している。
服の首元がタートルネック型になっていて口元も隠れているので、見えるのは左目ぐらいだ。
そして全体から漂う陰気な雰囲気。
「その段ボールどこに置くの」
「え・・・階段脇って言われたからこの辺りに」
あたしの言葉を聞くや否や、段ボールが地面を滑って指定した場所に動いた。
勿論今もあたしは魔法を使っていない。という事は。
「じゃあ」
彼はそれだけ言い残してシュッと消えてしまった。
間違いない、今魔法を使ってテレポートしたんだ!
彼が消えた辺りの空気を掴み痕跡を探る。
見えた、裏庭だ。
親族以外の魔法使いを見るのは初めてだから、是非とも交流したい。
日向小梢の現借金額:1059万8177円
(内訳:追跡・解析魔法、テレポート)
「(あ、やられた。ここで痕跡が消えてる)」
パッと裏庭に出ると痕跡の糸が切れていることに気が付いた。
ここから更にテレポート以外の何かで移動した後だ。
あたしでは使えないような高度な魔法だと思う。
これだけポンポン魔法を使うなんて、もしかして金持ち坊ちゃんなのかな。
あたしはまた借金が増えてしまったな・・・それにしても。
「ドタイプだったなぁ」
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