第7話 次から次へと

「おめぇ、攫ってくるガキ間違えてるじゃねぇか!」


 真広が攫われて連れてこられたのは裏路地にある廃ビル。

 そこにはガラの悪い男たちが集まっていた。

 真広は用意されていた縄で拘束されて地面に転がされている。

 その目の前で真広を攫ったカメレオン男は仲間のタコ男に怒鳴られていた。


「だっ、だって狙いのガキはおっかない奴に守られてたし……」

「仕事の標的じゃねぇやつ攫ってきても意味我ねぇだろ!」

「で、でもぉ……」

「『でも』でも『タコ』でもねぇ!!」


 タコはお前だろ。

 思わずそう言いたくなってしまうが流石にこの状況でそんなことを言ってしまえばひどい目にあるのは目に見えている。

 タコ男は八本ある腕の内の一つで頭をガシガシと掻きむしってカメレオン男に殴ろうと腕を上げるが、大きく深呼吸して腕を下ろした。


「もういい。とりあえずこいつをどうするかだ。

 携帯は?」

「く、来る途中で壊して捨てたよ」

「なら場所が割れることは無いな」


 リーダーは真広の近くまで歩み寄り、しゃがんで真広の顔を覗く。


「こいつは標的と親しかったんだよな?」

「う、うん。

 仲良さそうだったよ」

「ふぅむ、じゃあ人質として使えるか?」

「応じますかねぇ。相手はどっかの社長令嬢でしょ?」

「それな。あんなナヨナヨしたガキよりそっちの方優先しますって。

 俺たち以外にも狙ってるやついるみたいだし、早く次の手を打たないと」

「それにレジストも控えてるっぽいしなぁ……」


 誘拐犯たちがあれよあれよと意見を飛ばし続ける。

 床のザラリとした感触を味わいながらその光景をぼんやりと眺めていると真広を見張っている男が話しかけてきた。


「兄ちゃん……兄ちゃんでいいだよな?」

「そうですよ」

「やけに落ち着いてるな。

 お前さん、今誘拐されてるんだぜ?」

「まぁ、ここで泣いても状況変わりませんし」

「……そうだな。そんなことされたら黙らせなきゃならん」


 どうやってとは聞かなくても大体予想がつく。

 見張りの男は口が軽そうだと思った真広はそのまま会話を続ける。


「なんで先輩を誘拐しようとしてるんですか?」

「そらぁ、もちろん仕事よ。

 俺たちの使ってるサイトでお嬢ちゃんに懸賞金がかけられててな」

「へぇ、どれくらい?」

「なんと3000万」

「……安いな」

「おん?」

「仕事ってことは依頼してる人がいるわけですよね」


 思わず出てしまった言葉を誤魔化すために別の話題に切り替える。

 男は「当たり前だろ」と言ってその質問に答えた。


「まぁ誰だが知らないが」

「知らないんですか?」

「知らん。攫ったら場所に連れて行くだけだし」

「ちなみにその場所は?」

「あぁ、そりゃってぇ!?」

「なにベラベラ喋ってんだタコ!!」


 タコ男が見張りの男の頭を叩く。

 そして別の腕で真広の胸倉を掴んで持ち上げた。


「おめぇ、俺たちを舐めてるな?」

「そんなわけないじゃないですか。

 今でも震えが止まらないですよ」

「そういう顔に見えねぇ……お前、なんか隠してるな?」

「いや、なんもないんですけど」


 タコ男が怪しみながら複数の腕で真広の身体をまさぐる。

 だが何か出てくることは無い。


「ね?」

「ちっ、まぁいい。

 車を回せ。ここから離れるぞ」

「うっす」


 タコ男が指示を出し、見張りをしていた男が頷く。

 その瞬間、廃ビルの窓が割れた。

 何事かと誘拐犯たちがそちらを向けると鉄の棒を握る刀華が飛び込んできた。

 誘拐犯たちが反応する前に刀華は身体を滑らせるように動き、真広を掴むタコ男の腕を強打する。


「ぐっ!?」


 タコ男は思わず手を放し、真広は解放された。

 真広は一瞬だけ宙に浮いたと思うとそのままグイッと後ろに引っ張られ、すぐに誰かに受け止めらえる。

 後ろを見るとそこには背中から骨の腕を伸ばしていた沙耶がいた。


「いや、なんで先輩も来てるんですか」

「刀華から離れるわけにいかなかったし、人質確保にも人がいるだろ」

「先輩はダメでしょ」

「二人共!ジッとしてて!」


 刀華がそう言うと鉄の箱が二人を覆う。

 二人の視界が真っ暗になるが、辛うじて空気を取り込む穴で外の様子が見えた。

 そこでは刀華が身長程のある鉄の棒で大立ち回りをしていた。


「てめぇ!!」


 刀華は銃を向けた男の顎を打ちぬき、気絶させて周りを見る。

 人数は六人。一人はいま行動不能にしたので残り五人。


「くたばれぇ!」


 モヒカン男がその髪を棘のようにして射出する。

 刀華は跳躍して躱し、身体を回転させながら鉄の棒を薙いでモヒカン男の腹を打ち飛ばして壁に叩きつける。

 残り四人。


「よくも!」


 サングラス男が両手を広げると、室内に転がっている小物たちが浮かび上がり刀華に襲い掛かった。

 刀華は鉄の棒を振り回して小物を弾き、鉄の棒を真っ直ぐに投げる。

 サングラス男が紙一重でそれを避けるが、すぐさま刀華の膝がその顔面を捕らえる。

 残り三人。


「獲物を手放すなんてなぁ!!」

「隙ありァ!!」


 頭にバンダナ、口元にスカーフを巻いた男たちが身を低くして迫る。

 バンダナ男は手に持つ鞭を蛇のように動かして刀華の身体に巻き付かせ、スカーフ男はその手から5センチほどの刃を伸ばし、顔に目掛けて突き刺そうとする。

 しかし男と刀華の間に鉄の壁が出現し、それを阻んだ。

 続いて鞭の上にギロチンの刃が現れ、落下して鞭を断つ。


「はぁ!?」

「どういう!?」


 鉄の壁が消え、動きが止まったスカーフ男を掴んでバンダナ男へと投げつける。

 バンダナ男はそれを受け止めてしまい、動きを止めてしまった。

 その頭上にボウリングの玉ほどの鉄球が現れ、そのまま二人の頭に直撃。

 残り一人。

 タコ男が首と手を鳴らし、ゆっくりと動く。


「妙な干渉を使いやがる……。

 お前いったい何もんだ?」

「さぁ、誰でしょう?」


 刀華の干渉は『金属創造』

 あらゆる金属を創り出し出現させることが出来る。

 干渉を使用する際には蒼い粒子がその形を作り、また消滅する時も粒子に分解される。

 好きな形や大きさで創り出すことができ、本人の意思で消滅させない限り、ほぼ24時間存続させられる。

 故に刀華はあらゆる状況や相手に応じることができるのだ。


「へっ!強いっていっても俺の腕に掛かればぁ!!」


 タコ男は全身の筋肉を隆起させ、その八本の腕を広げて突進した。

 その屈強な身体は先ほど刀華が見せた攻撃では効果が薄いだろう。

 自分に肉体に自信を持っているであろうタコ男はとてつもない勢いで刀華に殴りかかる。

 だが、その動きはすぐに止められた。


「なん、なにぃ!?身体が、動かねぇ!?

 なにをしたおめぇ!」

「別に。

 ただ勝手にワイヤーを張ったところに貴方が突っ込んできただけでしょ。

 あとは、ハイおしまい」


 刀華が手を振ると、追加で現れたワイヤーがタコ男に絡まって拘束する。

 タコ男は何とかして抜け出そうと腕や身体を動かすが、ワイヤーはビクともしない。

 代わりにその身に傷がつくだけだ。


「廃ビルでも貴方一人支える程度の強度はあるわよ」

「ぬおぉぉ!!!」

「とはいえ流石に暴れられると困るしね」


 そう言っていつの間にか創り出していたハンマーでタコ男の頭を殴り、意識を飛ばす。

 こうして戦闘は終了した。

 刀華は周囲をぐるりと見渡して安全を確認すると沙耶と真広を囲った箱を消滅させる。

 箱が消えると拘束を解除されていた真広が沙耶に支えながら立ち上がる。


「ずいぶんとまぁ派手にやりましたね……生きてますそれ?」

「干渉者はこれぐらいじゃ死にはしないわよ。

 怪我は?」

「無いです。助けてくれてありがとうございます」

「……やけに落ち着いているわね?」


 怖がっている様子もなく、ショッピングモールにいた時と変わらない態度の真広に対して刀華が不思議そうに聞く。


「まぁ、僕の位置情報はヘアピンに仕込んであるGPSを通じて先輩の端末に伝わってますし」

「うん。なんでそんなものを見に付けているか個人的にすごく問いただしたい案件ではあるんだけれども」

「それに刀華さんはすごく強いのはわかっていたので、すぐに助けに来てくれるかなって」

「えっ?」


 真広が沙耶に拘束を解かれながら言葉を続ける。


「だってあんな暴れ散らかしたヤツに狙われてる先輩がこんな簡単に外出できるわけないじゃないですか。それも護衛がたったの二人ですし。

 鉄沢さんは……ちょっと失礼ですがアレに負けてるので実力的には足りてないですよね。

 じゃあ一緒に来る人がアレに対抗できる程度には実力があるよなぁって」


 合ってます?と真広は聞く。

 刀華は目を丸くして驚いた後、少し悩む素振りを見せて頷いた。


「確かに私はあの狼男、ボルス・クライムに対抗できる程度には実力はあるつもりよ」

「まじか?あれに?」

「えぇ、ただその……」


 刀華が言葉を詰まらせ、言い淀む。

 そして顔を背けた。


「互いに全力出すと、街一つ消えちゃうと思うけれど」

「「えっ」」


 そんな発言に二人は目を丸くした。

 刀華は慌てて「い、いや!」と声を上げる。


「実際に戦うことになったら別の場所に誘導するつもりよ?

 流石に被害を広げるわけにはいかないし」

「それで捕まえらえるのかアレ」

「一応の対策はとっているわ。

 そのための時間稼ぎ要因なのよ私は」

「ほー。

 まぁそれだけ強いなら、こんなのに負けるわけないわな」


 沙耶は転がる誘拐犯たちを小突く。

 すぐにやめなさいと刀華に窘められ、今度は刀華が転がる誘拐犯たちを一か所に集めて鎖で縛った後、その手に手錠のような拘束具を取り出した。

 説明によるとその拘束具には干渉を抑制する機能があるらしい。


「人数分ギリギリあってよかったわ」

「無かったらどうしてたんだ?」

「んー、必要なさそうなのを宙づりにしておくとか?」

「地味に怖い発想しますね……」


 誘拐犯たちを拘束し終えて三人は建物を降りる。


「後は警察に任せましょう。

 私たちはこのまま病院へと戻るわ」

「仕方ないか。

 でも移動はどうするんだ?

 バイクは二人乗りできたけれど、流石に三人は乗れないだろう」

「んー、紅君は小柄だから私と沙耶の間に入れればギリギリ?」

「冗談ですよね?」


 どう帰ろうかと話し合っている。

 大変な目に合ったがどうやら乗り切れたようだと安心し、あとはまた病院に戻るだけ。

 そう三人は考えていた。

 だが、そんな考えを吹き飛ばすように大きな爆発音が鳴り響いた。

 全員は顔を見合わせて、走って建物の外に出る。

 そこにあるのは無残な姿になったバイクが転がっていた。


「私のFJRがぁ!!!」

「いくらですか?」

「220万だったかな」

「カスタムしてるからもう少しするわよ!!」


 刀華は半泣きになりながら原因を探す。

 そして涙を引っ込めることになった。


「獲物発見だぁ!」

「金は俺のもんだ!!」

「うるせぇオレが先だ!」


 武器や干渉を向けた者たちが集まっている。

 刀華は空中にいくつもの足場を作り、二人を抱えて跳躍、建物の屋上に降り立つ。


「なんであんなに阿呆が集まってんだ」

「そういえばさっきの誘拐犯が先輩に懸賞金が掛かっているって言ってたような」

「はぁ?私に?」

「ともかくここから逃げるわよ!

 沙耶は自分で跳べる?」

「んー、多分いける。

 干渉も使えばちょっとした立体軌道もできる」

「じゃあ私が真広君を抱えるから貴方は自分で移動して」

「えっ、なにそれずるい」

「ずるくない!」


 刀華はそう言いながらいつの間にか手に持っていた鉄球を後ろに投げる。

 その先にいたのは翼をはやし、銃を持っていた男。

 男の顔に鉄球が辺り、地面に落ちていく。


「でもどこに逃げるんですか?」

「それは……逃げながら考えるしか」


 刀華は頭を悩ませながら屋上の扉の前に壁を作って道を塞ぐ。

 すると沙耶が「なら」と真広の顔を見ながら言った。


「行くか」

「えぇ、マジですか?」

「二人で通じ合えても困るわよ……。

 で、どこに行くわけ?」


 沙耶は笑いながら、真広は渋々頷きながら。


「真広君の家」

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奇想例外のイレギュラーズ projectPOTETO @zygaimo

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