第6話 つかの間の
「結局、許可を貰えたのは今日明日だけだったね」
「まぁ、外に出してもらえるだけでもありがたい話ですよ」
あれから数日。
真広たちはショッピングモールに訪れていた。
襲われたあの日とはまた別で、車で移動する程度には離れた距離。
そんなところにどうやって来たのかと言うと。
「いい所ですね」
「わざわざありがとうございます、鉄沢さん」
「いえいえ、これも仕事の内ですので」
今回、二人の護衛をするレジストの一人。
あの日、真広を飛来物から守ってくれた男だ。
ボルスに殴り飛ばされたそうだが、自分の干渉のおかげで翌日には動ける程度には大丈夫だったらしい。
しかし、助けに来てくれた他に隊員は今でも意識が不明の様で、万年人手不足のレジストは今回の護衛には圭吾しか派遣された。
いや、それ以外にもう一人。
乗ってきた車の隣にバイクが並んで駐車される。
搭乗者の人物がヘルメットを外すと、長い黒髪がさらさらと下に流れた。
その黒髪は艶がいいのか、日の光が青く反射している。
ヘルメットをバイクにしまうと、三人に合流する。
「すいません、途中でひったくりを捕まえて遅れました」
「いえ、大丈夫ですよ」
沙耶と同じ17歳で、干渉島の学生らしい。
だがその手腕は現場で活躍している隊員に勝ると紹介された。
また、あの惨状から二人を救助したのも彼女と聞かされている。
「今日はよろしくお願いします、蒼井さん」
「はい。精一杯護衛を務めさせていただきますね」
真広に対して丁寧に接し、その人柄から気品と言うものを感じた。
「硬いなぁ。
同年代なんだし、もっと軽く接してよ。
あっ、下の名前で呼んでいい?私の事も下の名前でいいから」
「ちょっと先輩」
「おいおい、真広君。
これから楽しむのにはもっと気軽にしとかないと。
バリバリに張り詰めてたら息が詰まるだけだぜ?」
いつものように沙耶はへらへらと笑う。
「大丈夫ですよ紅君。
私は気にしていませんし、それに苗字で呼ばれるのが好きじゃないので下の名前で呼んでくれるのはむしろ助かります」
「そうなんですか?
では僕も下の名前で呼ばせていただきますね」
「ありがとうございます
じゃあ、沙耶さん」
「敬称も敬語はいらないよ」
「えっと、じゃあ沙耶……はこの後どうするつもりなの?
お買い物?」
少しぎこちなさそうに刀華は沙耶を呼び捨てにしながら予定を聞く。
彼女も今日の予定を聞いてはいるはずだが、念の為の本人への確認だろう。
「もちろん。
あっちで過ごすのに必要なものを買いそろえなければね」
「自宅のを送ればいいじゃないですか」
「新居には新しいものを揃えるのがいいのだよ真広君。
刀華もそう思うだろ?」
「えっ?
……気持ちはわからなくないけれども」
刀華が少し考えてから答えると沙耶は自慢げな笑みを浮かべた。
「ほらぁ」
「えぇ?」
「さっさといこうぜ。
なにせ女の子のショッピングは時間のかかるのだから」
「えっ、ちょっと一人で先に行かないでくだ……でよ!」
沙耶は上機嫌にショッピングモールの中へと向かい、まだ微妙に態度が硬い刀華がそれを追いかける。
置いてかれた男性二人は互いに顔を合わせて笑みを浮かべた。
真広は申し訳なさそうな苦笑いだが。
「あー、なんかすいません」
「いえいえ、ご機嫌でなによりですよ。
こちらも追いかけましょうか」
「そうですね」
それから沙耶の後を追いかけてショッピングモールと入る。
ショッピングモールは広く、休日ということもあって人々がごった返していた。
以前訪れた場所とはまた内装が違い、中心は吹き抜けになっており、壁から水が滝のように流れて日光の光が水をキラキラと輝かせている。
1階には食事処や食料品を扱っており、2階にはファッション用品や化粧品、家具など、3階にはゲームセンターなどのアミューズメントコーナーが広がっていた。
「まずは服だ!」
「えっ、いります?
この前買ったじゃないですか」
「いる!
干渉島は気候が暖かい、というかむしろ暑いと聞くし」
「間違ってはいないわね。
昨今の被服技術で長袖でも快適に過ごせるようにはなっているけれど、涼しい服があることには越したことないと思うわ」
刀華が言う通り、この時代ではフリーインヴァイロンメントと言ってどのような環境でも快適に過ごせるような設計になっている。
例え長袖であっても日差しが強い夏場でも汗だくになることは無いし、薄着でもインナーや多少の重ね着で寒さへの対策ができる。
とはいえ流石に限度があるので今でも季節に合わせた衣服は必要なわけなのだが。
「どんな服がいいかな~」
「え、もしかして全店舗見回るんですか?」
「うん」
「マジですか」
「あ、そういえば刀華って今着てる制服しか持ってきてないのか?」
「そうだけれど?」
「じゃあ刀華の服も選ぶか」
「は?」
「一人だとつまらないからな」
「いや流石に任務中だし……ですよねっ?」
沙耶のペースに巻き込まれそうになった刀華が助けを求めるのは同僚の圭吾。
だが圭吾は眼鏡をクイッと上げた後にニコリと笑う。
「いいと思いますよ?
交友を深めるいい機会じゃないですか」
「あれっ?」
「よしいくぞ~」
「ちょ、ちょっと!」
沙耶は刀華の腕を掴んで無理やり引っ張る。
干渉者である刀華はその腕を振り払うことは容易ではあるだろうが、護衛対象としての沙耶を怪我をさせない為かされるがまま連れてかれていく。
それを見送りながら真広は圭吾に話しかける。
「いいんですか?」
「近くにいることには変わりないですし、蒼井さんの
それに先ほども言いましたけれど交友を深めるのにいい機会ですから。
あちらでは骨咲さんと共に過ごすのは蒼井さんでしょうし」
「そうなんですか?」
「歳も同じで、実力もある方ですので」
「まぁ、現場に出ている方だからそうなのでしょうけれども」
真広は沙耶に振り回されている刀華を見る。
沙耶は目ぼしいものを手に取って刀華に重ねるようにして品定めをし始めていた。
自分の服はどうしたとツッコミをいれたくなったが、同性、それも同年代との交流が極端に少ない沙耶がとても楽しそうにしている姿を見て、大人しく眺めることにした。
そうしているとあれよあれよと互いに服を試着していく。
二人とも容姿が優れているからか、何を着ても似合ってしまう。
するとその様子を見ていた客や通りすがりの若い男女たちがその光景を見て足を止め、目が釘付けになる。
さながら小規模なファッションショーだ。
それを他の店を回りながら数度。
二人が去っていった後、見物していた客の何人か店で買い物する姿が見受けられたが、それらは本人たちのあずかり知らぬことである。
それからいくつかのアクセサリーショップや化粧品などを見て回り、商品選びに真広も付き合わされて、あっという間に時間を消費していった。
「大量大量」
「だいぶ買い込みましたね。
しかもそのまま着用してるし」
「好きなブランドの新作だからね、着れるなら着とかないと。
刀華も着替えればよかったのに」
「流石に着替えるわけにはいかないわよ。
貴女、私が何のためにここにいるのか忘れていない?」
少し遅めの昼食を取りながら三人は雑談に華を咲かせている。
刀華はすっかり馴染んで口調は完全に砕けていた。
現在、圭吾は一度離れる事情ができてしまったようで今はここにいない。
彼が返ってくるまで三人はフードコートで待機することになっていた。
ちなみに沙耶は真広が言った通り、買った白いワンピースに着替えており、その容姿と色白の肌も相まって周囲からちらちらと視線を送られている。
「目立つわね」
「んっ?
あぁ、あんま気にしてなかった」
「いつもこれだけの視線集めてるの?」
「そういうことは無いが、服選ぶときとかはまぁ」
「貴女たちも大変ね」
「別に?
そんなことより干渉者について教えてくれよ。
なんだかんだ良く知らないんだ。
病院では真広くんにかまけてて調べてなかったし」
「いい迷惑でしたよほんと」
「仲いいのねほんと」
刀華は二人の様子に苦笑いしながら、己の端末を取り出して一つのホロウィンドウを表示させ、テーブルの上に置く。
「干渉者の生まれは歴史の授業で習ったかしら?」
「あぁ、例の『干渉災害』が起きて数年経ってから生まれ始めたって話と覚醒する年齢のことだろ?」
「そこを知っているのなら大まかな説明は省いて大丈夫ね」
干渉には系統が4つ存在する。
干渉系。
無から有を生み出したり、触れたものをどこか別の場所へと転移させたり、手から火や液体を噴出させたりなど、物理現象や法則を完全に無視した能力が主な干渉だ。
この干渉はレジストで活動する人間が多く、そのほかでは能力に合わせた専門職に就職している。
最初に生まれたのがこの系統だからこそ、能力が『
強化系。
身体能力や感覚が向上する能力。
干渉の中ではシンプルでとても扱いやすい能力となっていて、他の干渉と比べて目立った変化はみられることは無いが、その分汎用性が高い。
亜人系。
基本的に獣のような姿や複椀など、人の姿から離れている者たちが該当される。
普通の干渉者よりも特化していることが多く、獣のような姿ならその獣に合わせた能力があり、複椀や尻尾等では普通の人間が両手足を使うように何ら支障なく動かすことが出来る。
この干渉は身体的特徴に近い為か、この干渉以外にも他に干渉を持つ場合がある。
最後に変化系。
強化系のように通常の状態では目立った変化はないが、髪を操ったり、手足を伸ばすなどの身体、またはその一部を変化させる能力。
身体を直接変化させる為か、通常の人間や干渉者に比べて自然治癒力が優れている。
「こんな所ね」
「となると、私の
「そうなるわね。
変化系は本人が持つ干渉によって能力の振れ幅が左右されやすいから、何ができて何ができないのかしっかり確認した方がいいと思うわ」
「ふむ、まぁ大体何ができるのかは予想はつくけど」
沙耶は手の甲からズルリと骨を出す。
その骨は体の中にあるような形ではなく、先端が尖った触手のような形をしており、壺から出る蛇のようにくねくねと動いていた。
それを見た真広はドン引きした。
「何気持ちの悪いことしてるんですか」
「そう?結構いいもんだと思うけどね。
ほら例えばこんな風に」
沙耶がそういうと尖っていた先端が粘土のようにぐにゃりと歪むと羊の頭蓋骨の形に変わっていった。
その頭蓋骨は上下の顎でカタカタと鳴らして真広の前に出る。
真広はそれに特に大きな反応は見せず、目をスッと細めて頭蓋骨を指で弾いた。
「あいたっ」
「痛いんですか?」
「痛いというか、振動が手の甲まで伝わってきた」
「出した骨にも神経が通っているのかしら?」
「どうだろうな?」
「そこらへんもあっちにいて調べていかないとね」
「おや、何やら親睦を深めておられるようで」
話に区切りがついたところで圭吾が笑みを浮かべながら合流した。
そしてすぐに真剣な表情へと切り替わる。
何かを感じた刀華は気を引き締めて圭吾に問い掛けた。
「なにかあったんですか?」
「少々よろしくない者達がこの付近で目撃されたと連絡がありました。
骨咲さん、申し訳ありませんが……」
「引き上げようって話だろ。
わかった」
「ありがとうございます」
「鉄沢さん、その連中というのは?」
「それは」
圭吾がその相手を刀華に伝えようとした瞬間、発砲音がショッピングモール内を響かせる。
何事かと真広が目を見開くと、沙耶と真広の後ろに鉄の壁が出現していた。
次に金属が落ちる音が小さく鳴り、客たちの悲鳴が上がる。
圭吾の目には銃を握る何者かが映っていた。
「任せます!」
「はい!」
圭吾はそう言って俊敏に走り出す。
銃を持った者は客を押しのけながら逃走を図った。
刀華はその背中を見送りながら沙耶の安否を確認する。
「無事?怪我はない?」
「問題ない」
「そう、よかったわ」
「これ、刀華の干渉か?
一体どういう」
「それより今はここを離れる方が」
刀華は沙耶を警護する為に周囲を警戒をしていた。
勿論、共にいる真広のことも気にかけていた。
だが、ほんの一瞬。
一瞬だけ狙われた沙耶に意識を集中させてしまった。
「えっ?」
真広の身体が宙を浮き、空気に溶け込むように消えていく。
刀華は瞬時に干渉を発動させ、周囲に鉄の壁を張り巡らせて逃げ道を塞ごうとするが何も変化が起きない。
真広の声も気配もあっという間に消えてしまった。
残されたのは周囲の混乱と二人だけ。
「しまった……!」
「まさかそっちを狙うか普通っ?」
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