第5話 暗雲

『なぜ途中で引き揚げた!!』


 液晶の向こう。

 恰幅のいい男が顔を赤くしながら、まるで茹蛸のような顔で怒鳴り散らす。


「うるせぇな、文句を言いたいのはこっちの方なんだぜ」


 対するのはその身を黒いタイツで全身を包み、金属で頭を覆う人物だった。

 何より特徴的だったのは大きな一つ目モノアイ

 顔の中心にありながら、時折赤い軌道を描いて動く。

 名はブライス。

 身体の8割を改造し、サイボーグといっても差し支えないほどあちこちいじりまわしている。

 今回、沙耶を誘拐しようとした実行犯の一人だ。

 そして国際指名手配をされている犯罪者でもある。


「アンタが攫えと言ったお嬢様は不干渉ノンフィアって話だったじゃねぇか。

 だというのに蓋を開けたらその場を滅茶苦茶にするほどの立派な干渉持ち。

 どういうことだ?えぇ?」

『私が知るかっ!

 いいから依頼を完遂させろ!

 いくら払ったと思っているんだっ!!』

「はっ、悪いがお断りだ。

 金は返してやるから他をあたりな」

『なっ!?』

「いいか?

 俺は不確定や未知ってものが大っ嫌いなんだ。

 そんなものに手を出すくらいなら金なんていらないね。

 あぁそれと、この回線はもう使えなくするから連絡できると思うなよ。

 じゃあな」

「きさっ」


 液晶が切り替わり、別の画面が映し出される。

 一つ目の人物は背もたれに寄りかかり、机に置いてあったジュースを手に取った。

 それを人の顔であれば口があるであろう部分に近づけると、カシュと金属がスライドして指一本分ほど開く。

 そこにストローを差し込み、中身を一気に吸い込んだ。


「あーしんど。

 そもそも会社を買収されたからって誘拐の計画立てんなっての。

 むしろ倒産直前に買収されたから会社生き残って職も失わずに済んでるんだから逆恨みもいいとこじゃねぇの?」


 ジュースが無くなるとブライスの手元から容器が消え、後ろのゴミ箱からコトンという音が鳴った。

 それから端末をダルそうに動かしながら返金処理を始める。

 別にこのまま返さなくてもいいが、仕事の信用に関わってしまう。

 その最中、ブライスは別の事にも思考を割いた。

 沙耶のことだ。


「俺も調べた限り、あのガキは確かに不干渉だった。

 確かに妙な経歴をしていたが、それにしたって干渉を隠蔽しているような痕跡はなかったはずだ。

 そもそも、このご時世で干渉者じゃないこと自体がデメリット。

 自然団体ナチュナリストなんて過激派に属していないかぎりやる意味がない」


 不確定、不明、未確認。

 沙耶に対する情報があまりにも未知。

 未知を嫌悪するブライスにとっては最も関わりたくない相手。

 彼女に関わる依頼が来てもこれから突っぱねることにしようと心に決めながら、片手間に処理を終える。

 自作のアプリケーションを開くと、どこからか聞きつけたのか沙耶に関する裏側の依頼が多数寄せられていた。

 人差し指をクイックイッと動かしてそれら全てを削除する。

 これでいい。

 だがまだ問題が残っていた。


「おいおいなんだよ。

 それ全部消しちまうのかよ」


 ブライスは「うわきた」と思いながら振り返る。

 そこには簡易的な治療を施されている狼男、ボルスが眠そうな顔で立っていた。


「当たり前だ。

 あんなよくわかんねぇもんに手を出してたまるか。

 藪突いたら蛇が出てきたんだぞ」

「ならそのまま握りつぶせばいい」

「うるせぇ脳筋!」


 手元にあったワイヤレスマウスを投げつける。

 ボルスはそれを受け止め、握りつぶした。

 そこそこいい物だったのだが、秒でゴミになる。

 ブライスは大きなため息を付いてボルスを睨む。


「しかし本当なんだろうな?」


 ブライスがキーボードのエンターキーを押すとモニターが別の画面を映し出す。

 そこにはあらゆる角度から撮られている沙耶の画像が複数映し出された。


「こいつが途中から覚醒めざめたっつーのは」

「間違いねぇな。

 最初はただの不干渉ノンフィアの匂いだったが、ブチキレた瞬間に完全に匂いが変わりやがった」

「普通、この歳で干渉になるのはありえねぇはずなんだがな。

 今頃、医者先生とかが頭抱えてそうだぜ」

「そいつはどうでもいい。

 流れた映像を見てどっかから依頼きてんだろ?

 いいから、さっきのどれでもいいから受けろよ」

「……一応聞くが、なんで?」


 ブライスは一つ目を細くしながらボルスを見る。

 ボルスはフンッとここ一番のドヤ顔を見せながら言った。


「もっぺん殴り合うに決まってんだろ?」

「もうやだこの犬畜生ー!!!」


 これだよと頭を抱える。

 どうしようもない戦闘狂。

 強くて珍しいものを見つけるとこれである。

 話をせずに直ぐにどっか行く昔に比べたらマシではあるが、だからと言って止められるものでも無い。

 ひたすらにやだなぁ、という気持ちでいっぱいのブライスは頭を巡らせてどうにかこうにかボルスバカ犬に首輪をつけられないものかと考える。


 その時、ポコンという音と同時に一つのアイコンがモニターに映し出された。

 机に顔を突っ伏してズリズリと顔を動かし、ブライスはモニターを見ると「おんっ?」という声を出して身体を起こした。


「どうした?」

「いや、このアドレスに届くのは珍しくてな。ここ数年はこっちに届くことはなかったんだが……」


 そう言ってブライスは予備のマウスを取り出してアイコンにカーソルを合わせてクリックし、中にあるメールを表示する。

 するとそこにはモニターが埋め尽くされんばかりの文字が表示された。

 そこにあったのは様々な国の文字がいたずらのように並べられており、何の意味もないように見える。


「うおっ、気持ち悪っ」


 それを見たボルスは思わずそんなことを言ってのけ反ってしまう。

 しかしブライスは逆に覗き込むようにモニターに顔を寄せた。

 数秒、モニターとにらめっこした後に心底嫌そうな呻き声を上げる。


「ちっ、マジかよ。

 あいつ生きてたのか」

「なんだ?知り合いか?」

「あぁ、世界で一番嫌いな相手だよ。

 ……それとボルス」

「あんっ?なんだよ」


 ブライスはとても不機嫌そうな顔でボルスを見る。


「お前の望み、叶いそうだぞ」

「……ほう?」


 対照的にボルスは上機嫌に笑った。


 ◇


 ある一室。

 そこではブライスに依頼をした男がノートパソコンの前に座っていた。

 やがで勢いよく立ち上がり、テーブルごとノートパソコンを文字通り蹴散らす。


「使えん無能共め!」

「社長、落ち着いて」

「落ち着けるか馬鹿モン!

 優秀な奴らと聞いて呆れる!

 多少の想定外があったところで依頼放棄だと!?

 これだから日の暗いところで過ごしているやつはダメなのだ!」


 男は散々怒鳴り散らし、再びソファに座り直す。


「なにか、他に手はないのか?」

「……でしたらこちらはいかがでしょうか?」

「なに?」


 秘書はしゃがんで別のノートパソコンを男に見せる。

 そこには何世代も前に使われていたような掲示板サイトのようなものが映し出されていた。


「裏稼業専用の依頼サイトでございます。

 こちらに仕事内容、報酬、時間制限などを書き込むことによりフリーの仕事人に依頼できる仕組みになっております。

「足が付くことは?」

「もちろんありませんとも。

 かくいう私もこちらのサイトにはお世話になっておりまして」

「……意外だな。

 君がそんな人間には見えないが」

「おや、社長もお優しい。

 ですがこちらの仕事達成率は保証いたしますよ」


 秘書はその眼鏡を怪しく光らせる。

 男はこの秘書を迎えてそれなりの時が経っている。

 仕事面で優秀、信頼における人物と言ってもいい。

 そんな彼が裏稼業に何を依頼したのか?

 気になることはあるが、今はそれは必要ではない。

 男は腕を組んで数分考えた後、そのノートパソコンを手に取った。


「ふんっ。

 いいだろう、私の力になるのならなんだってしてやる。

 見てろよ骨咲。

 貴様の苦悶の顔を拝んでやる……!」

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