第4話 イレギュラー

 沙耶の視界に映る真広はそのまま動く気配がない。

 身体からは多くの血が流れていることがこの場所からでもわかる。

 真広はそういう身体なのだ。

 多少の怪我でも血が蛇口の水のように流れ出る。

 その様子を見て沙耶は痛みを忘れた。

 思考が少しずつ止まり始める。

 視界が明滅する。

 呼吸が乱れる。


「あーあ、やっちまった。

 でも俺悪くねーぞ、手を出してきたほうが悪い

 んっ?先に手を出したのはオレか?」


 頭の中がぐちゃぐちゃになり、全身の骨が


「レジストの連中も骨がなかったしなぁ……案外つまんねー仕事だったぜ」


 沙耶は自身の中でが崩れていくのがわかる。

 それと同時に、が構築されていった。

 これを知っている。この中にあるものを知っている。

 ずれていたものが、失っていたものがカチリと埋まった。


「してんだ……」

「あん?」

「私の真広になにしてんだてめぇぇぇぇ!!!!!」


 少女は叫ぶ。

 自分の大切な人を傷つけた狼男ヤツに。


「っ!?お前っ!!嘘だろ!!」


 狼男は掴んでいた身体を投げ、距離を取ろうとするが少し遅かった。

 沙耶は先ほどまで骨が砕かれていたはずの腕を狼男に突き出す。


「アアアアアアァァァァ!!!!」


 腕からいくつもの白い触手が生えだす。

 細いものから巨大なものまでこの場を埋め尽くすように蠢きながら次々と伸び、建物や看板、信号機や自動車なんてすべてお構いなしに貫き、潰し、抉る。

 あふれ出る触手を狼男の足に巻き付かせ、猛烈な勢いで地面に叩きつけた。

 コンクリートがクレーターのように割れる。


「ぐおっ!?」


 これはいったい何だろう。

 沙耶がそう思ったのは一秒もない。

 これはだ。

 目の前にいるヤツを倒すための、ぶきだ。

 狼男は瞬時に足に巻き付く触手を砕き、狙ってくる触手を躱す。

 だが躱したところで攻撃は続く。

 さらには触手から触手へと、まるで樹木の枝のように生えてその数を増やす。

 攻撃を防ぎきれなくなってきたのか、血が飛び散り始めた。

 狼男ヤツを逃がさない。

 沸騰する沙耶の頭の中でそれだけは明確に意識できている。


「はっ!面白れぇ!!」


 狼男ヤツが笑いながら筋肉が引き締めて傷から流れる血を止め、自動車を蹴り上げ、触手にぶつけて攻撃を防ぐ。

 沙耶は伸ばした触手たちを根元から切り離し、狼男の目の前に飛び込んだ。

 狼男の拳が飛んでくるが、紙一重で避けてカウンターを一発。

 そこからさらに拳から鋭く尖らせた骨を伸ばし、狼男の身体を貫き、力任せに腕を振り上げてその巨体を投げ飛ばした。

 突き刺した骨が抜けた際に狼男の血が少し顔にかかるが、気にしない。


 「いい強さしてんぜ。さっきの奴らより全然いいぞおい!」


 狼男が空中で貫かれた場所を触り、舌なめずりをする。

 沙耶の中で明確な感情が出来上がっていく。

 それに呼応するように身体から骨がまた触手のように伸びて空に向かって伸びる。

 狼男は触手を場にして滑るように躱しながら真下に、沙耶の元へ向かってくる。触手を追加するがその前に狼男が目の前に迫っていた。


(早っ)


 そう考える前に蹴りの一撃を腹部に受け、骨が折れた時とはまた違った痛みが身体に走る。

 とてつもない力によって後ろに吹き飛ばされる。

 痛みを堪えながら背中から骨の腕を生やし、地面に擦り付けて勢いを殺して受け身を取ろうとするが、その隙を狙って狼男が飛び込んできた。

 瞬時に背中の腕で地面を叩いて身体を回転させ、蹴りを顔に向けて放つ。


「甘いっ!」


 蹴りは腕で防がれる。

 だがそれは予想済み。

 防がれた脚から骨の指が生える。

 指は狼男の腕をがっちりと掴んだ。

 身体の中の骨を操って中途半端な体勢から身体を動かし、中断された蹴りの動作を再開させて脚で

 狼男はそのまま建物の中に突っ込んでいった。


「ふぅ……ふぅ……」


 地面を転がり、意識が途切れ途切れになりながら立ち上がる。

 まだ意識と途絶えさせるわけにはいかないと、沙耶は膝を叩いて己を鼓舞する。

 

「おもしれぇぜ。

 あぁ、面白れぇよお前!」

「うるせぇくそったれ……」


 建物の中から狼男が出てくる。

 服はボロボロだがほとんど軽傷で、大きなダメージは与えられているようには見えない。

 アレほどの攻撃を受けて余裕の笑みを浮かべる姿は紛れもなく化け物。

 次はどうする?

 沙耶がそう考えていると、狼男は先ほどまで笑みを浮かべてていた顔が不機嫌なものに変わっていた。


 「あぁ?なんでだよ?

 ……あーわかったわかった。帰る、帰るから。

 ちっ、いいとこだったのに」


 狼男が唾を吐く。


「おい、骨娘!

 今日はここらで帰るけど、次あったらもっかいやろうぜ!」

「ざけんな」


 触手を伸ばすも勢いがなく、狼男は大きな跳躍を繰り返してこの場から去った。

 狼男が視界から消え、沙耶の中に出来上がってきていた感情が無くなる。

 残るのは樹海のように広がった骨の触手とその残骸。

 更にはそれらによってボロボロにされた周囲の光景だった。

 沙耶は薄れる意識の中、半身から伸びている触手を引きずりながら真広に歩み寄る。

 彼の周りだけはあまり破壊された後はない。

 無意識的に避けていたのだろうか。


「ま……ひろ……」


 彼の元へたどり着くと同時に沙耶の限界が来た。

 身体を倒し、そのまま意識を失う。

 そして沙耶から生えた骨たちは灰のように崩れて消失した。

 それからすぐに大きなサイレンとエンジン音が二人の元へ近づいてくる。

 それは大型のバイクだった。

 搭乗者はバイクを停めて、ヘルメットを外すと青みがかった黒髪が流れるように下に垂れる。

 二人とそう変わらない年齢の少女だった。

 少女は二人に駆け寄る。

 

「こちら蒼井。

 現場に到着しました。

 重傷者二名を発見。応急処置をしたのち、他の隊員の救助にあたります」


 少女はその通信を終えると倒れている二人の身体に触れる。


「間に合わなくてごめんなさい。

 でも絶対助けるから、頑張って」


 少女はそう言ってバイクから持ってきた救急セットを開いた。


 ■


 真広はこれは夢だと理解するのに時間はかからなかった。

 周りに広がるのは荒野。

 そこにあるのは多くの人間の死体だった。

 身体が残っているものもあれば、四肢や半身がないものもある。

 とても悲惨な光景だ。

 しかし、不思議と吐き気や嫌悪感がわかない。

 しばらくその荒野を歩く。

 すると人間とはまた別の生き物を見つけた。

 地球の生物とは似ても似つかず、全身に青い幾何学模様が刻まれている。

 見たことのない化け物だ。


 「いやこれは……確か『レティオ』?」


 過去にあった『干渉災害』。

 教科書やテレビで紹介される資料でしか見たことはないが、この世界に多大な被害をもたらした生物。人類の敵。

 その姿がそこにはあった。

 全身から青い血を流して息絶えており、動く気配もない。

 この化け物も欠損状態がとてもひどいものだった。

 人に倒されたのか?

 それにしては獣に食われたような跡が残っている。

 人にやられたにしてはとても奇妙な傷跡だった。

 その死体を触りながら真広は思う。

 なんで、このような夢を見ているのだろうか。

 疑問に思ったとき、ズシン、ズシンという振動が地面や空気を通して伝わってきた。

 真広が前を見ると赤い、いや色の化け物がゆっくりと近寄ってきていた。

 狼や狐に似た姿をした化け物は全身から赤黒い液体を垂れ流している。

 その液体は地面に落ちる前にじゅるりと化け物の身体に戻る。どうやら身体をその液体で覆っているようだ。

 しばらくするとその化け物は足を止める。

 近くに寄ると、とても大きいのがわかった。

 これほどの化け物だ。普通なら恐怖におびえて逃げ出すだろう。

 しかし、真広はそうはせずにじっと化け物を見つめる。

 既知感。

 化け物の姿、放たれる鉄のような臭いを懐かしいと思える。

 不思議に思いながらも惹かれるようにその手を化け物の顔に伸ばす。

 化け物もそれに合わせるように顔を近づけた。

 手が化け物に触れそうになった瞬間---。


「うあっ……」


 目を覚ました。

 伸ばした手の先にあるのは化け物ではなく白い天井。


「ここ……は?」


 状況がつかめない。空気を何度も掴みながらゆっくりと思考を巡らせる。

 なぜ、なぜ、なぜ、と数度の自問自答。

 そして何が起きたのかをはっきり思い出し、真広はハッとその目を開く。


「先輩っ!?」

「はーい」

「えっ」


 ガバリと起き上がりながら焦ったように声を出すと、隣のベッドに沙耶が腰かけ、笑顔で手を振っていた。

 学校で見た姿とほぼ変わっていない。制服から入院着に変わっているくらいだ。


「えっと、無事なんですね?」

「うん、この通りね」


 沙耶はベッドから降りて両腕を伸ばし、上半身をくるりと回す。

 元気に動く姿を見て、本当に無事だということを理解した真広はホッと息をつく。


「よかった……」

「なーにがよかった、だよ。

 君のほうがだいぶやばかったんだからね」

「そうなんですか?」


 真広にその自覚はない。

 確かに、改めて考えてみれば確かにあの行動は危なかったかもしれない。

 何を今更、と言われてしまいそうだが。


「あと少し遅ければ死んでたかもって

 ずっと寝ていたんだからね」


 自分の身体をあちこちと触る。

 目立った怪我はなく、五体満足の状態だった。

 正直なところ、死にかけたといわれても実感はあまり湧かないが、あの時のことを思い出すと蹴られた部分と頭が少し痛む気がしてきた。

 そうしていると沙耶は真広の隣に座り、抱きしめてくる。

 いきなりのことで真広は身体をピシリと固めてしまう。


「ホントによかった」


 その声には安堵の感情が込められていた。


「先輩も無事でよかったですよ」

「ありがとう。

 でも、最後に君がアレに突撃する必要はなかったんだぞ」

「あー……いやでも」

「でもじゃない。

 君が吹っ飛ばされた時は心臓が止まるかと思ったんだからな」

「すいません……」


 真広が謝ると少し、抱きしめる力が強くなった。

 身体に回された腕が少し震えていて、どれほど心配していたか伝わってくる。


「次はないかも、なんだからね。

 ほら、わかったら真広くんも抱きしめる」

「えぇ……」 

「うぉっほん!」


 沙耶の身体に手を回すか悩んでいると誰かの声が飛んできた。

 隣を向いて見ると、サングラスをかけ、髪をオールバックにした白衣の男性がそこに立っていた。


「君たち、仲がいいのは結構だがほどほどにな?」


 福海直治ふくかいなおじ

 直治は幼いころから真広たちを診ている主治医だ。

 その医師としての実力は世界でも上から数えたほうが早く、その実力を認められて主に難病や特殊な病気を治療している。

 2人の身体は世界でも希少な病気らしく、そのような理由もあって担当医になっていてくれていた。


「さぁー、真広くん続き続き」

「少しは俺の話聞いてくんない!?」

「だって弱った真広くん珍しいし、このままいけば既成事実がだね」

「少なくとも病院ですることじゃねぇだろ……」


 直治はため息をつきながら目頭を押さえる。

 さらっととんでもないことを口にした沙耶の腕を剥がし、沙耶に離れる様に促す。

 沙耶は渋々と、不服そうな顔になりながらも真広から離れて、座り直した。

 これでまともに会話できる体勢になる。


「直治先生が治療してくれたんですか?」

「あぁ、そうだ。

 真広は特にやばかったから俺の干渉インタフィアを使った」


 直治の干渉は再生。

 その気になれば部位欠損や臓器を再生させることができるというのが本人の談だが、その真意はそれなりに付き合いのある真広でも知らない。

 しかし、そんな治療したということはそれほどまでに深刻な状況だったということなのだろう。

 改めて真広は自分が危険な状況だったということを理解する。


「ちなみに干渉の治療は値が張るぞー」

「うっ、これはおじいちゃんに怒られる」

「金額よりも重傷を負ったことを怒られろよ。

 電話したら老師が慌ててたからな」


 直治の言葉を聞いて頭に祖父の顔が思い浮かぶ。

 心配そうな顔と怒った顔の両方だ。

 少し胸が苦しくなるが今はそれどころではないと頭を振って顔を直治に向ける。


「あれからどうなったんですか?」

「それはだな」

「それについては私から話をしますよ先生」


 直治が苦い顔で説明しようとすると、その後ろから女性が現れた。

 いつの間にか病室に入ってきていたらしい。

 真広と沙耶はその女性に見覚えがあった。


「えっと、確かレジストの日本支部長の……」

「あら、知っているの?

 夜見切文乃よみきりふみのです。初めまして」


 女性、夜見切文乃は笑いかける。

 保健室で見たニュース番組に出演していたのは記憶に新しい。

 そのような人物がこの場所にいることに疑問が浮かんだ。


「なぜそんな大層な人物がこんなところにいるんだい?」

「先輩、態度」

「気にしなくていいわよ。

 私がここに来たのは沙耶さんにちょっとお話を……ってところかしら」

「話?」


 不思議に思いながら沙耶を見る。

 沙耶はムッと眉を顰めるが、そこに驚きは感じられず、むしろ「わかっていた」とでも言いだしそうな雰囲気だ。

 直治も似たよな表情になっている。どうやらこの場で把握していないのは真広だけのようだった。


「どういうことですか?」

「沙耶が干渉者になったんだ」

「えっ」


 直治の口から信じられないようなことを告げられる。


「そんな、だって」

「言いたいことはわかる。

 本来、干渉者になるのは生まれる前、または生まれてから8歳の間だ」


 直治の言う通り、干渉者に覚醒するのはその期間の間。

 胎児の頃からから8歳までの間に遺伝子に刻まれている干渉因子がその肉体にウィルスのように身体に広がり、次第にそれに応じて肉体が因子に馴染んで能力を身に着けるというのが一般論だ。

 その後に干渉者になった、と言う話は存在していない。

 期間を過ぎると自然に因子は消滅しているのだ。

 これは最初に干渉者が生まれてから変わることのない事実。


「骨咲さんは自覚がある?」

「まぁ、あの時のことを覚えてるし」


 それにほらっ、と沙耶が手のひらを上に向けると、その中心から白く尖ったものがずるりと生える。


「感覚が曖昧だけど、今までとなんか違うんだ。

 うまく言葉にできないけれど、骨が頑丈になったってのはわかる」

「なら話は早いわね」

「待ってください。

 話が、飲み込めないです」


 額に手を当ててこの状況を整理しようと必死になる。

 それを見た沙耶は残る片方の手に自分の手を重ねた。


「つまり、私は例外イレギュラーなんだ。

 希少なモノを放置するのにはここじゃだから、干渉島へ連れていくって話なのさ」

「できれば保護って言ってほしいのだけれどね」


 文乃が苦笑いをする。


「先輩はどうするんですか?」

「行くしかないと思う。

 ただでさえ私は悪党に狙われてるっぽいからね。

 更に余計な付与価値が付いてしまったら、今までのような生活はできると考えるの方が難しいだろう」


 理屈は分かる。

 だが急な展開に真広だけが置いてかれている感覚になる。

 へらへらと笑う沙耶の姿を見て、言葉が出ない。


「協力的で助かるわ」

「でも私が狙われている状況をどうにかしないといけないんじゃないのか?

 このまま連れて行っても疫病神だろ」

「んー、でも解決するまで貴女をこのまま置いておくわけにはいかないし、むしろ干渉島にいてくれた方が安全は保障しやすいわ」

「そこは確約してほしいのだけれど」

「じゃあ急ぎで出立の準備をしてくれる?」

「もう退院していいのかい?」


 直治は眉を顰める。


「もちろんよかぁねぇ。

 でも干渉者に関してはそっちが専門家だ。

 普通の奴ならともかく、お前はあまりにも特殊すぎる」

「そう、わかったよ」


 沙耶はそう答えた後、チラリと真広の顔を見る。

 だんまりとしている真広を見て、文乃に視線を戻す。


「でも時間をくれないか?

 出立はゴールデンウイーク最終日にしてほしい」

「それはどうして?」

「身辺整理。

 年頃の乙女にはやることがあるんだ。

 心当たりはあるだろう?」

「……そうね。

 覚えがあるわ」

「えっ?冗談だぐえっ!?」


 文乃の肘打ちが直治の腹に刺さった。

 ゆっくりと膝を突く直治を見下ろしながら沙耶は笑いかける。


「ということで真広君も退院させて」

「へっ?」


 真広は変な声を上げてしまった。

 いきなり何を言い出すのかと。

 直治は蹲るのを中断し、腹を擦りながら難色を示す顔で立ち上がる。


「いや、真広は流石に無理だ。

 2日間も寝てたんだぞ。

 傷も浅くなかったし、経過を見てからじゃないと」


 そんなに寝ていたのかと内心驚くが、沙耶の提案について考える。

 最悪、沙耶とはここで会えるのがここで最後になってしまう。


「……その、できませんか?

 直治先生の干渉で治療してもらえたなら大丈夫だと思うんですけど」


 直治の腕や干渉を知っている真広はダメで元々で聞いてみるが、直治は首を横に振った。


「真広。

 お前は自分のことを大事にしろ。

 俺が治療したとしても、その後また身体に不調が起きるかわからないんだ。

 お前だって身体は強くはないんだ。

 医者の言うことは聞け」

「それは……そうなんですけれど……」


 直治の説教に真広は何とも言い難い表情になる。

 しばらくの沈黙。

 それに耐えかねたのか直治は頭をガシガシと掻きながら呻き声を上げ、ビシッと指を指した。


「外出許可!

 それくらいならどうにかしてやる!

 それでいいな!!」

「いいんですか!?」

「ただし!絶・対・安・静!

 擦り傷切り傷でもつけてみろ?

 ベッドに縛り付けてやるからな」

「わかりました。

 ありがとうございます!」


 直治の許可を取ることができ、少し明るい表情になる。

 これでもうしばらくは沙耶と共にいることができそうだ。


「えっ、じゃあ私退院しないけど」

「あ゛っ!?」

「だって真広君と一つ部屋の中にいる機会なんてそうそうないし」

「うるせぇ、元気な奴を寝かせるベッドはねぇんだよ」


 青筋を浮かべながら直治は怒るが、「チッチッチッ」と指を振りながら沙耶は笑う。


「私だって経過観察が必要だ。

 今は健康でも容態が急変するかもしれないし。

 さっきの退院だって、すぐに連れてかれることが前提の話。

 まだ留まるなら病院にいた方が良いと思うけど?」

「身辺整理はどうした」

「ちょっと何を言っているのか……」

「てめっ」

「まぁまぁいいじゃない。

 私としてもそちらの方がありがたいし。

 紅君も巻き込まれたとはいえ被害者の一人。

 あの場に一番に近くにいた子だから、骨咲さんだけじゃなくて紅君も狙われる危険があるかもしれない。

 こちらが警護するのにひと固まりで居てくれた方が助かるわ」


 こちらもあまり人手を動かせないの、と文乃は言う。

 直治は荒げる息を少しずつ抑えながら、目頭を押さえ、何度も頷いて自分を納得させていく。


「はー、お前と関わるとほんとロクなことねぇ」

「医者が患者に言うことじゃないな」

「お前以外に言わねぇわスカタン。

 ……そっちも何とかしてやるよもう」

「なんか、申し訳ないです」

「なんで真広君が謝るの?」


 ともあれ、二人の過ごす時間が延びることになった。

 だが、真広の胸の内には不安が募る。

 このまま沙耶と別れることになってしまうのかと。

 叶うことなら自分もついていけたのならと。

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