第2話 少年と少女

 陽気な暖かさが日常的になる春の季節。

 入学式から一か月が経過し、新入生が高校生活に慣れ始め、浮いた話がちらほらと上がるようになっていた。

 真広が過ごすクラスもその一つだ。

 ボーっとしながら机に広げている教科書を眺める。

 斜め読みで頭に入ってこないが、暇つぶしに読んでいるだけなので特に問題はない。

 次のページに捲ろうとすると、一瞬だけ指先に熱さが走る。

 ふとその指を見ると、パックリと切れていた。

 浅い傷の筈だが、ドクドクと血が溢れ、教科書を赤く濡らす。

 真広は深いため息を付きながら、ズボンからポケットティッシュを取り出して、ティッシュを数枚抜き取り、指を包んでもう片方の手でギュッと抑える。

 真広は席を立ち、近くで談笑をしている女性生徒に声をかけた。


「ちょっといい?」

「えっ?どうしたの?」

「指切っちゃったから保健室行くんだけど、もし次の授業に戻ってこなかったら先生に伝えてもらってもいい?」

「あ、うん。いいよ」

「ありがと、会話の邪魔してごめんね」


 真広はお礼を言って教室を出る。

 話しかけられた女子生徒はしばらく教室の出入り口を眺めた後、対面にいる金髪の女子生徒に少々テンション高めになって話し始めた。


「ねぇねぇ、やっぱ紅君っていいよね」

「あー、まぁ可愛い顔してるよね。

 童顔つーか、髪の長さも相まって女の子みたい。

 肌も色白だし」

「そうだよねそうだよね!

 それにミステリアスな感じが、グッとくる!」

「でも紅君は病弱って話だし、苦労してるっぽいよ?

 ろくに運動もできないから体育とか全部見学してるらしいし」

「病弱なのもポイント高い!」

「あのねぇ……」


 不謹慎極まりない反応に金髪の女性生徒は呆れた顔になる。

 そして「でもまぁ」と真広が出て行った出入り口に目を向けた。


「紅君はやめといた方が良いよ」

「えっ?どうして?」

「既にすっごい美人のお手付きらしいし」

「えっ!?そうなの!?

 だれだれだれ!?」

「アンタも知ってるよ。

 ほら、骨咲先輩のこと」


 そう言われて女子生徒はピタリと止まり、項垂れた。

 その名前には覚えがある。

 というか、この学校に居てその名前を知らない人はいないだろう。

 故に、女子生徒は儚い夢を散らすことになった。

 ……といっても彼女自身、そこまで本気であったわけではない訳だが。


 ■


 骨咲沙耶。

 曰く、あの大企業であるボーンコーポレーションの社長令嬢。

 曰く、言葉一つで教師を召使のように扱えるという。

 曰く、各部活動の部長たちをそれぞれの分野で負かしたことがあるという。

 曰く、曰く、曰く……。

 上げたらキリがないほどの話題が出てきている。

 その中にある事実はごく一部のものだが、新入生たちがどこまでホントの事であるかは知る由もない。

 ただ、わかるのは骨咲沙耶は絶世の美人ということ。

 髪をうなじの後ろで一本に纏めた髪を尻尾のように垂れさせ、綺麗な顔立ちとすらりと伸びる手足を見れば彼女を芸術的だと、創作物のようだと、そう表現できる美しさを放っている。

 どれだけの容姿に自信があろうと、彼女の前では霞んでしまうであろう。

 そんな彼女が保健室のソファで寛いでいるというのは、あまり想像できない光景だ。

 真広はその光景を目にして、保健室の扉を開けたままで固まってしまった。

 2年生はこの時間、体育の授業だと覚えている。

 窓から外を見ると、校庭で授業の準備をしている生徒の姿が見えるので、それは記憶違いではなかったらしい。

 真広に気が付いた沙耶は、保健室に置かれている濡れせんべいを食べながら片手を上げる。

 

「んくっ、真広君じゃん、やっほー」


 口の中の物を飲み込み、片手を振って挨拶をしてくる。

 その片手の指には簡易ギプスが付けられていた。

 保健室に入って扉を閉める。


「今日は何したんですか?」

「うっかり指を突いちゃって。

 今日は指二本

「またですか」


 その指を見る。

 沙耶もまた、真広と同じように病弱だ。

 骨粗鬆症に病気で、骨が脆い。

 しかし、あまり心配はしていない。

 その程度の骨折であれば2日もすればすぐに元に戻る。

 数日前は足の指の骨を折っていたはずだが、今はその形跡も無い。


「保健室の先生は?」

「ちょっと席外すってさ。

 しばらく真広君と2人っきりだね♡」

「いや、僕は絆創膏貰ってすぐ戻るつもりなんですけど」

「えぇ~、いけずぅ」

「わがまま言わないでくださいよ」

「絆創膏ってことは血を流したんだろ?

 また倒れるぐらいなら保健室に留まったほうがいいと思うけれどな」

「昔だったらともかく、今はこの程度じゃ倒れませんよ。

 処方された薬飲んでますし」

「それはそうかもしれないが」


 ソファの隣を通り過ぎ、勝手に絆創膏を探し始める。

 保険教諭には後で伝えればいいだろう。

 沙耶は不満そうな顔をしながらソファに置いてあるリモコンを手に取って小さなテレビをつける。

 流れているのはニュース番組だった。


『最近では干渉者による犯罪が増えてきているらしいですね』


 黒縁の眼鏡をした男性がそういうと画面が切り替わり、グラフが表示される。

 そこには線が波のように書かれており、右に進むたびに上に伸びていた。ここ数年の間だと急激に伸びている。


『干渉者は今から約百年前に起きた『干渉災害』では大いなる活躍をし、災害後の現在でも各地で残った爪痕の復興支援などの活躍をしています。現在では干渉の使用は免許制になり、その能力で社会を支えてくれる人材です。

 しかし文明の再生、その発展に余裕が出始めた現在。そんな干渉者がその隙を狙うように世界的に犯罪を起こしています。

 夜見切支部長、これについてレジストからはどう対策を練っているのでしょうか?』


 女性のキャスターがそういうと、反対側の席にいる女性が映し出される。

 画面中央下にテロップが映し出され、『レジスト日本支部長 夜見切文乃よみきりふみの』と記載されていた。

 夜見切という女性は一度頷いて、凛とした表情で答える。


『我々レジストとしては各地の警察との協力してパトロール等の強化を行っています。

 人員増加の為に正式な隊員以外の人員を派遣する計画も立てられています。

 不安に思われるかもしれませんが派遣されるのは本部や支部で実力を保証された者たちを選出していきます。

 例えば……』


 テレビの話を流し聞きしながら、目当てのものを見つけて沙耶の隣に座り、黙々と絆創膏を指に張り付ける。

 血に汚れたティッシュと絆創膏のゴミをひとまとめにしていると肩に沙耶が頭を乗せた。

 チラリと横目でそれを見るが、何事もなかったかのようにゴミ箱に捨てる。

 真広にとっては何てことの無いことだ。

 とはいえ、このまま黙っているのも間が悪い。


「世の中物騒ですね」

「あんっ?

 ……あぁ、これ?」


 沙耶がテレビを見ながら真広が言ったことが何のことか理解する。


干渉インタフィアなんて刃物とか鈍器とかと一緒だろ?

 扱い次第で善悪ーってのは今に始まったことでもないと思うけれどね。

 まぁ不干渉ノンフィア、つまり無能力者からしたらとても怖い話なのだろうけれど」


 沙耶はどこか達観したように言った。

 確かにそうかもしれないと、納得する。

 それはそれとして。


「僕たちだって不干渉じゃないですか。

 というかこれ差別用語ですよ」

「真広君だって今言ったじゃないか」

『続いてはゴールデンウィーク特集です。

 皆様はこのゴールデンウィークをどう過ごしますか』


 ニュースの話題が変わり、ゴールデンウィークの話になっていた。

 各地のおすすめスポットや、割引情報、市民アンケートなどが映し出されていく。


「もうすぐゴールデンウィークかぁ……」


 いつの間にか沙耶の頭は肩から脚に移っていた。

 膝枕の状態になり、その綺麗な顔立ちを見下ろす形になる。

 テレビに向けていた顔を上にし、目が合う。


「真広君は予定あるの?」

「予定ですか?」


 頭の中にあるスケジュール表を確認するが当たり前のように真っ白で特に予定なんてない。

 クラスメイトとはあまり会話をしない為、友人と呼べるのは一人も今のところはいなかった。。

 かといって一人で出かける気も起きず、おそらく自宅で自堕落することになるだろう。


「特にないですけれど」

「じゃあウチに来なよ。

 お泊り会をしようぜ」

「先輩の家でやることって、旧時代の映画を観るとかRPGを縛りプレイするくらいですよね」

「じゃあ来ない?」

「行きますけど」


 断る理由が無かった。


「じゃあ準備しなきゃねー」


 沙耶は真広の顔をぺちぺちと叩く。

 こそばゆさを感じながら、壁に掛けられた時計を見る。

 今から戻ればぎりぎり授業に間に合う時刻だ。


「そろそろ僕は戻りますよ」

「えー」

「えー、じゃないです。

 ほら身体起こして」


 不貞腐れながらも沙耶は身体を起こす。

 真広は立ち上がって保健室を出た。


「今日、どっか寄り道していこうぜ」

「いいですけど、どこ行くんです?」

「それは寝ながら決めるさ」

「先輩は授業に戻らないんですか?」

「どうせ行っても参加できずに日差しに当てられるだけだし。

 授業が終わるまでここにいるよ」

「さいですか、じゃあまた後で」


 保健室を退室し、教室に戻ると伝言を頼んだ女子生徒に心配されるが、真広は「ありがとう、大丈夫」とお礼して自分の席に戻った。

 同時に担当教科の教師が教卓の後ろに立ち、チャイムが鳴り響く。

 真広にとって今の勉強範囲は沙耶との勉強によって把握しているので大して頭を悩ませることは無い。

 復習する感覚で授業を受け、黙々とノートを書いているうちに時が経つ。

 それらを繰り返していればあっという間に放課後だ。

 ホームルームを終えて、騒がしくなるクラスメイトを余所に真広は昇降口に向かう。

 そこには部活動に向かうものやこの後どうするか話し合う生徒でごった返していて、クラスメイト以上に元気が溢れている。

 そこにはペン型の端末から映し出されているホロウィンドウを眺めている沙耶の姿があった。

 ただ、沙耶を中心にして半径2メートルほど、誰も近づかない謎の空間も一緒に出来上がっていたが。

 他の生徒は離れたところで友人と会話しながらもチラチラと見ている。

 沙耶は良くも悪くも目を引くのだ。

 そんな奇妙な光景に思わず真広は苦笑する。

 沙耶は真広が来たことに気づいて端末のスイッチを押して、ホロウィンドウを消す。


「だいぶ面白空間が出来上がっていますね」

「私、容姿と成績も完璧なんだけれどなぁ」

「ライオンみたいなものでしょ」

「あー……」


 例えに納得したようでうんうんと頷く。


「じゃあ真広君は飼育員さんかな?」

「それはちょっと……」

「ひどいなぁ」


 沙耶はへらへらと笑い、鞄を肩にかけて隣を歩く。


「さて、どこにいくとしよう」

「食べ歩きでもしますか」

「う~ん」

 

 顎に指をあてて悩む仕草をするが、すぐに両手をポンッと合わせる。


「枕を買いに行こう」

「枕?」

「そう枕。

 最近夢見が悪くてさ、枕を新しくして気分を変えてみようかと」

「そんなにひどい夢を見るんですか?」

「なんかこう、自分が化け物になって人やほかの化け物を殺していくみたいな」


 それは確かにあまりいい夢とは言えない。

 聞いているだけで気分が悪くなりそうだ。


「だいぶリアリティのある夢でさ、臓物とかぶちまけたり、体がばらばらになる光景だったりとか、だいぶスプラッター映画ばりのグロさだぜ」

「旧時代の映画でも見たんですか?」

「最近は見てないなぁ」

「そうなんですか……」


 買い物に行くのなら近場のショッピングモールだろう。

 通学に使われているバスの通り道にあるので、それに乗り込むことになる。

 真広はバス停の列に並ぶが、沙耶はバス停を通り過ぎた。


「バス乗らないのですか?」

「最近運動不足だからね。

 たまにはこれくらいの距離を歩かないと」

「えー、疲れるだけじゃないですか」

「そんなこと言わないの。

 帰りは迎え着てもらうし、送ってあげるから」

「はぁ……しょうがないですねぇ」


 真広は呆れながらも、どこか楽しそうに沙耶の後を追いかけた。

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