第2話

衝撃が襲って、視界が暗くなった、はずだった。

 

「異世界から来たりし賢者たちよ、そなたらに謹んでお願い申す……」

遠くでぼんやりと声が聞こえる。微睡みから覚醒するようにして、俺は自分の状況を確認した。幾度か瞬いて周りを見渡す。中世の城っぽい空間に、大勢の人がいた。制服姿の高校生や中学生、それからスーツ姿の社会人と年齢性別は共通項がない。人の頭の向こう、一際高くなった場所に玉座が置かれていた。どうやら声はそこに座った人物__老王から発せられているようだった。

「仁!気が付いたか」

隣には玲が立っていた。そこでようやく、俺は壁にもたれかかるようにして座らされていたことに気づいた。さっきまで駅のロータリーにいて、バスに突っ込まれたはずなのに、まるで何も起こらなかったかのように何の痛みも感じなかった。

「玲……一体、何がどうなって……」

「しーっ。多分これから説明されるから」

 



「今回召喚されし賢者どのの数は100。そなたらにこの大陸の10人の王を選出していただくことになる。後のことはこちらの委員会の官房どのに任せる。我には気を遣らず務めよ」


王は威厳たっぷりに言うと、玉座を後にした。数人の従者がその背後を固め、去る。年老いた外見ではあるが、背筋もぴんと張っており、歩く姿も堂々としている。官房どの、と呼ばれた青年が進み出て話し始めた。ブロンドの髪、青い瞳。着ている衣服こそ中世っぽい正装だが、言うほど異世界らしき感じはしない。異世界もののアニメの予想の範疇というか……。


皆が青年の話に集中する中で静かに退場していた王は、大広間を去る間際、振り向いた。鋭い眼光が俺らを一嘗めしたことに気づいたものはどれくらいいたのだろう。目が合うと、心の奥まで見透かされたような妙な気分になった。

青年はしずしずと話し続けている。司教のような格好だが、委員会の官房らしい。だいたい委員会というのもこの中世っぽい世界観には少し違和感がある。


「はい。大役のお勤め、誠に感謝いたします。それでは賢者様方、皆さまに説明を申し上げます。この大陸には十の国が存在しており、それぞれの国が公式に五人ずつ候補者を擁しています。公には申し上げにくいことではございますが、非公式に各国の有力者もおりますので、彼らによる賢者さま方への接触もあるかと存じます。彼らもまた、血統的に数歩劣るというだけで、王の資質は十分ございます。賢者様方には各国を回っていただき、代理人として王たるにふさわしいとお考えになる候補者をお決めいただきたく存じます。

この世界を旅していただくことになりますので、もちろんこちらで護衛の者もお付けいたします。しかしその前に皆さま、ええと……すてーたす、おーぷん、でしたっけね、そのように唱えていただけますでしょうか。先代の賢者様の開発された魔法で、皆さまがたの世界でのゲームとやらに近い説明がなされると思われます。」


ステータスオープン。

念じると、よく見る異世界転生のゲーム画面っぽいステータスが表示された。

ジン・オオタニ 

代理人資質:1

体力:10

魔力:10

生命力:100

所有能力:言語翻訳、成長適性

称号:賢者レベル1 no.100(2)

主:条件を満たしておりません

固有能力:???


「おい」

隣にいた玲を肘で突く。

「何だよ」

「おまえ、称号のところなんて書いてある」

「えーと……賢者がレベル1,ナンバー100、だけど」


ああ、嫌な予感があたってしまった。なぜ100人しか召喚されないはずのところに、no.100(2)なんて表示がされるのか。俺が101人目のあぶれ者で、本来呼ばれる予定じゃなかった、か。あるいは、100人目の玲の盾役ということも十分あり得る。これまでもそういう展開は多かったのだから。


俺と玲は双子の兄弟だ。俺が数秒兄で、玲が数秒弟。

良くある話だが、幼いころから玲の方がよく可愛がられた。人なつっこくて、気が利いて、素直だったからだ。俺は人見知りだったし、口下手で、話かけられてもどう返したらよいのか分からずにむすっと黙っているような子供だった。両親も玲には甘かった。あからさまに態度が違うとか愛されなかったとかいうつもりはない。素直な子と仏頂面の子のどちらにより構いたいか考えれば当然の帰結だ。素直な子が喜ぶところの方がみたいし、素直な子を応援したくなる。しかも、仏頂面の方が形式上とはいえ兄なら、「お兄ちゃん、玲をよろしくね」と頼みやすいというそれだけの話だ。玲は小さいころは引っ込み思案で、必要以上に自信も持っていなかった。幼稚園でも公園でも習い事でも、行くまでは泣いて怖がるくせに、いざ行ったらすぐに周りと仲良くなる。中学までの俺は仏頂面ではあったが髪も伸ばしていなかったし、ピアスも開けていなかったから、常に人に囲まれる玲より話しかけるのは簡単で、よく玲がらみの色々なことを相談された。玲に入ってほしい部活の先輩、参加してほしいイベント・委員・係の打診、あるいはお願いの打診に来る教師。教師は特に、玲が無理なら俺でもいい、という態度をとった。俺は玲との体のいい窓口、あるいは代役だったわけだ。俺も玲も器用な方で、あまり苦労することもできないこともなかったが、大人には俺の方がより器用だと思われていた。それはただ、俺は出来ないことや知らないことを自分で解決したという話で、玲は素直なことを活かして周りによく助けを求めていたから、その差に過ぎない。実質的な差はなくとも、そうおだてられることは俺にとっての一種の優越感だった。だから俺は、玲が興味を持たないであろうことやこれから興味をもつかもしれないことも含めていろいろなことを学んだ。一人の時間が長かったから、その分知識が深まりもした。俺が一人で本を読んだり勉強したりしている間に玲は友達と遊び、クラスの中心として活躍し、恋人を作り、青春を謳歌していた。結局のところ、人間として優れているのは今も昔も玲なのだ。それなのに玲は分からないところがあれば必ず俺を頼るし、相談も一番に俺に持ち掛ける。一応兄の顔をたてよう、とそんなフランクさで。

結局のところ、周りも俺も玲の方が人間的な総合力で優れているとわかっているし、玲だってそれを理解できないほど馬鹿ではない。俺は玲に自分を評価されるのが怖いのと同時に同じ土俵に載るまでもなく負けていることも痛いほど理解している。だから、no.100(2)という表記は違和感などまるで無かった。


 異世界転移ものでもよくある話だ。たまたま転移の場所にいたもともと無関係の人間を巻き込んでしまう、なんて。なんといったって、俺と玲は双子であり、転移の瞬間と思われるバスの事故の際にすぐ隣にいたのだから。



何しろ100人もいるので、(正確には俺を入れて101人だが)、俺が何もアクションを起こさなくたって話は進む。官房だという青年に女子高生が質問をした。


「このナンバーは何か意味があるんですか?」

「それにはこの世界において皆様方が何番目に到着されたかという意味しかございません。転移の宝物が皆様方の魂を認知した順番です。この転移の宝物のみが皆様方の能力値を測定いたしましたので、我々は皆様方の情報を詳しくしることはできません。ええと……個人情報保護、という観点のもとこのような仕組みになっております。」

サラリーマンも質問をする。


「それでは、自らの情報は他人には測定されない、と?」

「はい、原則そのようになっております。昔は人の能力の鑑定スキルというものもあったそうなのですが、現在は鑑定スキルといっても物の良しあしや品質が分かる程度でございます。ただ、各地の就業支援施設には鑑定の宝物と呼ばれる水晶がございまして、そちらでは各人の情報を確認することが出来ます。もちろん、随時皆さまに承認していただけなければ、活用はできませんが。これも、先代の賢者様方発案の仕組みでございます」


ということは、俺がno.100(2)という表記であることは、今この場においては殆ど誰にもバレる心配はないというわけか。つまり、双子である故に魂の形が似ていて、100人しか番号はないはずなのに101人目が来たから苦肉の策としてこの表記になった、というわけだ。


「それでは皆様方には騎士団の演習場に移動していただきたい。そこに護衛となる大陸中の委員会の推薦を受けたものを集めております。皆様方にはそこで担当の護衛との顔合わせを行っていただきます。もちろんお疲れの方もいらっしゃると思いますので、今すぐにとは申しません。皆様方にしばらく滞在していただく客室のご用意もございます。そちらで休まれていただいてもかまいません。食堂には簡単なもので恐縮ですが、食事もご注文いただけるように計らっております。よろしければそちらもお使いください。顔合わせの期間は3日ほど設けております。その期間内であればいつでも顔合わせをしていただけます。」


「仁、どうする?」

「そのへん見て、しばらく部屋で休む」

「ん。僕は……演習場かな。どんな人がいるんだろうね」


 玲には休むと言ったが、嘘だ。演習場での顔合わせがどのように行われているかを偵察する必要がある。番号ごとの照らし合わせだとすれば、俺が正規の100人でないことが明るみに出てしまう。玲と一緒に行くわけにはいかないが、先延ばしにするのも危険だ。どうにか制度の穴を見つけて、適当な護衛を見繕うしかない。

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