第1話

 放課後、騒がしい教室の窓際最後列の席で俺は微睡んでいた。

教室の中央付近にはいつものようにクラスの人気者である大谷玲の席を囲うようにして十人ほどのグループが出来ている。


「玲―、今日もカラオケ行くっしょー?」

「そうだぞ、こいつらに十八番のアレ聞かせてやれよ」

「十八番ってアレか?いやー、聞かせるのはもったいないっしょ」

「えー、なになに、うまいの?」

「いやー、な?ある意味、な?」

「革命的な出来よ」

「え、チョー気になるんですけど!」


 バカみたいな話題で、アホみたいな盛り上がりを見せる集団。媚びるような女子の声、自分の話題でもないのにじらすように引っ張って女子の気を引こうとする男子。玲の人気にあやかってクラスの中心、一軍としての自分たちに酔いしれるための無駄にでかいリアクション。目を閉じていても醜悪に笑う集団が目に浮かぶ。そしてまたどっと響く笑い声にかき消され、玲の声は全く聞こえない。


……そうは言っても、これがただの妬みだということは自分が一番よく分かっている。クラスの中心で笑う集団と、隅の机に突っ伏して寝てばかりいる俺。誰がどう判断したってただの嫉妬にすぎない。百歩譲って玲の周りの連中は置いといたとしても、玲はいつだって人に囲まれ、爽やかに笑い、精力的に様々なことに取り組み、皆に認められている。


 目をうっすら開けて玲を見るとちょうどスマホをいじっているところだった。その短すぎず長すぎない、清潔感を与える黒髪はワックスで毛先をほんの少しだけ遊ばせて真面目すぎない印象を作っている。整った顔立ちではあるが爽やかな笑みと抜群のバランス感覚で周りの気分を逆立たせない。頬にかかる自分の髪を指でいじる。持ち合わせるスペックはそう変わらないのに、周りに与える印象は大違いだ。

ラインの通知が鳴った。玲からだ。


「今日の放課後ちょっと話したいことがあるんだけど、最寄り駅で落ち合えない?」

 こちらを見る玲と目があった。わずかに頷くと、その口元がほころぶのが見えた。

 一応OKというスタンプも送ると、俺は席を立った。伏せていたせいで乱れた髪を軽く後ろでくくる。


 俺と玲の外見の差として最も特徴的なのは髪の長さだ。俺は肩に着くくらいまで髪を伸ばしているし、前髪も目にかかるくらい長い。玲の与える印象が爽やかだとすれば、得たいの知れない陰キャといったところだろうか。髪が長いとは言ってもモサいとなめられるのはごめんだったからきちんと手入れはしている。ピアスも数個開けているし、俺の顔はそもそも玲と大して変わらない。いきっているというほどではないが、どことなくイケていないし、何だか怖い、とか絡みにくいとかそんなところだろう。玲と違って愛想がないし長年笑うこともなかったせいか目元が若干吊り上がっていて表情筋も硬いから、中学までの俺は「何か思ってたのと違う」という態度を良くとられたものだった。比べられる対象はいつも玲だ。なんといっても、 俺は絶対的人気者大谷玲とは双子であり、数秒先に生まれたというだけではあるが一応彼の兄なのだから。


 進路指導室のドアを叩く。今日は担任との二者面談の日なのだ。

「失礼します。大谷仁です」

「おう、入れ―」

 扉を閉める。

「んで、調子はどうよツッパリ谷」

「先生、俺その呼び方やめてくださいって言いましたよね……」

「あーそう?……んで、まあ、一応聞いとくな。悩みとかある?」

「特にないです」

「ま、おまえならそう答えるわな。……ああ、俺ももうちょい信頼されたいもんだなぁ」


 よよ、と泣くふりをして見せる担任は万年ふざけた言動を繰り出すことで生徒に人気のある教師だった。だが、ふざけるのは親しみを持たせるためでありその裏で生徒のことをよく観察している。


「……はあ」

「おまえはねえ、成績も授業態度も優秀なんだけどな。チャラくてめんどくさそうな見た目しといて、本当人は見た目によらねえよな」

「……はあ」

「俺けっこう好きよー、おまえのその感じ。まあ、ストレスためない程度に上手くやれよ。なんかあったらいつでも相談のるから、な!」

「……ありがとうございました」

 指導室のドアを閉める。ほっ、と息を吐きだす。

 俺はこの担任のことが苦手だった。


 玲との待ち合わせ時刻まであと数分だった。駅のロータリーの改札が見える位置で玲を待つ。三分前になって向こう側に玲が見えた。群衆と共に玲が渡ってくる。

「ごめん、待たせた」

「ああ」

 それで、話ってなんだよ、と口を開きかけたところで、正面の玲が唖然とした表情で俺の背後を見ているのに気付いた。振り返ると、バスが歩道に突進してきている。咄嗟に玲の腕を掴む。衝撃が襲い、視界が暗くなった。

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