第9話 これから
西詰所に入ると、ちょうど談話室から出てきた隊員に声を掛けられた。
「上田隊長、長田隊長が探していましたよ。戻ったら部屋に来て欲しいそうです」
「鴇汰が? なんだろう……?」
「三階の一番手前を使っていると言っていました」
「わかった。行ってみるよ。ありがとう」
今回の持ち回りは鴇汰の部隊と一緒だけれど、一応、鴇汰にも夕方から数時間、詰所から離れることは伝えてある。
日中、襲撃もなかったし、特に問題もなかったと思うけれど……?
三階の鴇汰が使っている部屋のドアをノックした。
すぐに「入れよ」と返事が聞こえ、穂高は中へ入った。
「遅かったな。夕飯、食ったのか?」
「いや、まだだから、あとで柳堀でも行こうかと思っているよ」
「そんなら、ここで食っていけよ。ちょうど飯にするところだから」
「ああ、うん。ありがとう」
テーブルの上には既に食事の準備がしてあった。
大皿に盛られた炒めものとサラダが並んでいる。
一見すると、一緒に食べるために呼ばれたように感じるけれど、そうだとしたら、穂高が出かける前に誘ってきたはずだ。
「で? 急に呼んだのにはわけがあるんだろう? なにかあったのかい?」
「ん……まあな。食ってからでも良かったんだけどさ……」
鴇汰が歯切れの悪い話しかたをするのは珍しい。
穂高の知らないところで、麻乃となにか揉めたんだろうか?
「なんだよ? どうかしたのか?」
「……おまえさ、夕方からどこ行ってんの?」
そう聞かれてドキリとした。
隠すことじゃあないけれど、ちゃんとつき合えるようになってから、話すつもりでいた。
「中央の医療所に……人のお見舞いに行っているんだけど、それがどうかした?」
「相手、女だよな?」
大皿のおかずに手を伸ばし、自分の小皿に取り分けてから、鴇汰をみた。
穂高に目を向けることなく、黙々とご飯を口に運んでいる。
「どうして?」
あえて問いかけに答えずに返すと、鴇汰は箸を止め、口の中のものを飲み込んでから穂高を見つめ返してきた。
フーッと鼻で大きく息を吐くと、前髪をかきあげて後頭部を掻いている。
「まどろっこしい言いかたは好きじゃあないから聞くけどさ、おまえ、なんかヤバい問題に首突っ込んでねーか?」
「ヤバい問題って……そんなもの、俺が首を突っ込むわけないじゃあないか」
「おまえんトコの、栗橋と前田が気にしてんだよ。なんか問題行動が多い隊員を気にしているみたいだってさ。おまえ、その人のこと、好きなのか?」
鴇汰の表情は至って真面目で、穂高を冷かそうとか茶化そうと思っているんじゃあないのはわかる。
穂高の隊員たちから聞いた話で、心配してくれているのか。
「……栗橋たちが、なんて言っているって?」
「え? ああ……だから、問題行動が多い隊員のことを気にしているみたいだって……」
そういえば、前に梁瀬に比佐子のことを聞いたとき、似たようなことが以前もあったと言っていたっけ。
それが『問題行動の多い隊員』として思われている原因なのかもしれない。
ひょっとすると、穂高や麻乃が知らないだけで、戦士たちのあいだで他にもなにかあるんだろうか?
比佐子は気が強いようだから、小さな揉め事はありそうだけれど、それが問題行動とまで言われるとは思えない。
ほかの戦士たちだって、どうしたって気の合わない相手と揉めることだって多々あるんだから。
穂高は本当に、まだ比佐子のことを知らないんだな、と実感した。
「穂高? 大丈夫かよ?」
鴇汰の声で我に返った。
「うん。大丈夫。それから……彼女のことは、正直なところ、よくわからないんだ。知り合ったばかりだしね。ただ、凄く知りたいと思っているよ」
「そっか」
「問題行動っていうのもさ、俺にはまだ良くわからないけど……悪い人じゃあないってことだけは、確信が持てるんだよ」
「……ふうん」
そっけない返事をした鴇汰は、また箸をすすめている。
もたもたしていると食いっぱぐれそうで、穂高もせっせと食事をすすめた。
シンと静まり返った部屋には、外から薄っすらと隊員たちが騒ぐ声や、行き交う足音、穂高と鴇汰の出す食器に箸が触れる音だけが聞こえている。
おかずもなくなり、ご飯も全部平らげると、鴇汰は「ごちそうさま」といって立ちあがり、食器を片づけ始めた。
穂高も自分の食器を重ねて流しへ運び、鴇汰へ渡した。
「俺な、栗橋と前田に言われたから伝えたけどさ、穂高が誰かを思うことに反対しているわけじゃあないからな?」
鴇汰が洗う皿を、穂高が拭きあげて棚にしまっていると、不意に鴇汰がそういった。
「二人は問題行動が多い相手だって言って心配してたけど……おまえからみて、悪い人じゃあないってんなら、別にいいと思う」
「うん、心配させて悪かったよ」
「けどさ、穂高がそんなふうに積極的になるって、珍しいんじゃねーの? 俺、付き合い長いけど初めて見た気がする」
鴇汰が言う通り、これまで穂高はなんとなく受け身でいることばかりだった。
印を受ける前に告白されたことがあったけれど、流されるように付き合ったからか、長続きしないことばかりだ。
自分から異性に対して積極的に行動したのは、初めてかもしれない。
「そうかも。なんか放っておけないっていうか……側にいたいな、って思ったっていうか……」
「へぇ……相手、巧の部隊の隊員なんだろ? 栗橋が六番の隊員って言ってたし。俺、六番のやつらとはそんなに交流がないから、誰だかわかんねーけど、うまくいくといいな」
「……ありがとう」
鴇汰の言葉がむず痒く感じるけれど、悪く思わないでくれたのがありがたかった。
うまくいくかどうか……そればかりは、穂高にもわからない。
ただ、比佐子に対しては、ほかの誰よりも誠実でいたいと思った。
-完-
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