第8話 毎日
翌日も、そのまた翌日も、あれからずっと毎日、穂高は比佐子のところへ通い詰めた。
行くたびに比佐子は嫌な顔を見せる。
言い過ぎてしまったせいで、嫌われただろうか?
「またきたんですか? もう……いい加減にしてくださいよ……」
大きなため息を漏らして、比佐子は眉をひそめた。
もう腫れも引きはじめ、痣も薄くなってきている。
切り傷がなかったのは幸いだと思うけれど、ちゃんと治るまでは、まだ掛かりそうだ。
「だって心配なんだよ。それに、いろいろと話もしたいと思っているから」
「私は別に、上田隊長と話すことなんてありませんからっ!」
そっぽを向いた比佐子の頬……。
怪我をした最初のころは、横を向くと、赤ちゃんのほっぺたのように膨れていた。
それが引いた今、やっぱり奇麗な人だと思う。
「そう? 俺はもっと、比佐子のことを知りたいと思っているんだけどな」
比佐子の目がキッとして穂高を睨んだ。
「冗談は結構です!」
「冗談なんかじゃあないよ。本気で好きだし、このまま俺と付き合ってもらえたら嬉しいな、って――」
「あ~……そういえば、上田隊長は、長田隊長と仲がいいんですよね? 遊びたいときは、いつもそうやって口説いているんですか?」
比佐子は嫌味を込めた言いかたで、穂高に冷めた視線を送ってくる。
鴇汰とは仲はいいし、穂高自身、まったくなにもないとは言わないけれど、そこまで遊んではいないし、鴇汰も今は遊んでいない。
「悪いけど、私は遊ぶつもりなんてありませんし、そんな女じゃありませんから」
「俺だって遊ぶつもりなんてないし、さっきも言ったけど、本気で比佐子を好きだよ」
「本気だの好きだのって言いますけど、私のことなんてなにも知りませんよね? 一体、どこを見てそんなことを言うんです?」
「顔だけど?」
「……顔って……最低……」
「どうしてさ? 人を好きになるとき、一番最初に目を向けるのはそこだろう? どんな人なのかは、これから知っていけばいいし、俺のことも知ってもらいたいと思うよ」
「知って、思ったのと違うと思うかもしれないじゃないですか?」
「うーん……その辺はなんとも……でも俺はきっと、思った通りだと感じる気がするけどな」
眉を寄せたまま穂高を見つめる比佐子は、フッと視線を外へと移した。
「上田隊長は、私がこんなふうになったのを見たから、きっと同情しているだけですよ。好きなんじゃあなくて、かわいそうだって、そう思っているだけです」
「そんなことはないよ。同情だけで人の人生を背負おうと思うほど、傲慢じゃあないし、お人好しでもない」
「人生を背負うって……なによ? それ?」
「えっ? だってつき合ったら、俺は結婚するつもりでいるから」
「ばっ…………っかじゃない!? なんでいきなり、そんな話になるのよ!?」
「俺が比佐子を幸せにしたいからだけど? なにか問題でもある?」
「問題しかないわよ! 私の気持ち、まるっきり無視じゃあないの!」
「無視なんてしないよ。どうしても駄目だったときは諦めるけど……俺、そんなにあの男より劣っているかな? あいつよりは、俺のほうが絶対にいいと思うんだけど?」
「は? なにいってるのよ?」
「だってそうだろう? 俺は比佐子に手をあげたりしないよ。顔だって、あいつと比べても、そう悪くないと思っているんだけどな」
「私は別に顔で選んだりしていません! 上田隊長とは違うんです!」
「じゃあ、あいつのどこが良かったの? 人としてそんなにいいやつだった? とてもそうは見えなかったけど?」
比佐子は息を飲んで言葉を詰まらせた。
ここでなにも言えなくなるのは、きっと自分でも、あの男がどんな男なのか、ちゃんとわかっているからだろう。
なにも答えない比佐子の右手を、両手で包んでしっかり握りしめた。
「ちょっと――なにするんですか!」
「とりあえず、考えるだけ考えてみてよ。それから、いろんな話をたくさんしよう? 俺、持ち回りがあるから長くはいられないけど、毎日、来るからさ」
「来なくていいですってば!」
「だって、一人でこんなところにいたら、退屈だろう?」
「だからって、毎日来られても困ります! 花だって……こんなにどうしろっていうんですか!」
比佐子の病室は、穂高が持ってきた花でいっぱいになっている。
花瓶が足りないと思って、一緒に買ってくるけれど、そういわれるともう置き場所がない。
「ああ、花ね。確かに多すぎるか……次からはなにか違うものを持ってくるよ。なにか欲しいものある?」
「なにも欲しいものなんてありませんから! もう――」
「さてと、それじゃあ今日はもう帰るよ。また明日ね。今夜もゆっくり休んで」
来るな、と言われる前に退散することにして、医療所を出た。
あの男と、どのくらいの期間、つき合っていたんだろう?
どうしようもないやつだとわかっているようなのに、未練があるようにもみえる。
次の持ち回りになっている西区へ車を走らせながら、なかなか打ち解けてもらえないジレンマを感じていた。
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