第7話 お見舞い

 夕方になってすぐ、穂高は車を走らせ、中央へ向かった。

 そのまま花丘まで行き、先ずは花を買う。

 オレンジの鮮やかな色が奇麗な花だ。


 なんとなく、明るい色が似あうんじゃあないかと思って、それを手にした。

 医療所へと歩きながら、花を眺めてニヤニヤしてしまう。

 入り口で一度、立ち止まり、顔を引き締めてから中へ入った。


「すみません、元山に面会したいんですけど、いいですか?」


「ああ、はい、どうぞ」


 受付の看護師に断って、比佐子の病室を訪ねた。

 ノックをしても、返事はない。

 まだ目が覚めないんだろうか?


「開けるよ?」


 声を掛けてからドアを開けた。

 病室は静まり返っていて、比佐子は眠っているようだった。

 一度は目を覚ましたようで、枕もとに本が読み止しのままになっている。


 ベッドの脇にあるチェストに花瓶を見つけ、水を汲んでくると花を挿した。

 時計をみるともうすぐ十八時になる。

 どこからともなく、いい匂いがしてくるのは、もうすぐ夕食の時間だからだろう。


 眠ったままの比佐子を覗き込むと、まだ顔は腫れたまま。

 今朝の今では、さすがに腫れも引かないか。


「これだけ腫れていると熱も持っていそうだな……」


 触れて確かめてみたくても、そのせいで痛むことになったら可哀想だ。

 数分、寝顔を眺めてから、穂高は南浜へと戻った。


 翌日も、穂高は夕方に中央へやってきた。

 昨日と同じように花屋で花を買い、比佐子を見舞った。

 病室のドアをノックすると『どうぞ』と声が聞こえる。


「傷はどう? まだだいぶ痛むかい?」


「え……? 上田隊長……? どうしてここに?」


「うん、お見舞いに。ちょっと花瓶の水を替えてくるよ」


 一番近い流しへ行き、水を替えて花を挿しながら、比佐子が穂高を認識してくれていたことを嬉しく思った。

 病室へ戻り、比佐子のベッドの脇にあるチェストに置く。

 今日の花は匂いが強めで、甘い香りが漂っている。


「その花……もしかして昨日も来たんですか?」


「ああ……うん。気になったから。酷くやられたね」


 椅子を引いて、穂高はベッドの脇に腰をおろした。

 比佐子は穂高をジッと見つめてくるけれど、腫れのせいで表情が読み取れない。


「あの……」

「あのさ……」


 同時に話そうとして、言葉がかぶった。

 先に比佐子の話を聞こうと「なに?」と聞いて促した。


「あの、どうして私のお見舞いなんかにきたんですか?」


「さっきも言ったけど、気になったからだよ」


「そうじゃなくて、私が怪我したことって、そんなに軍部に知られてるんですか?」


「軍部には……どうかな? 六番の人たちは知っているだろうけどね」


「だって知られているんじゃなければ、上田隊長がお見舞いなんて――」


「ちょうど麻乃といるときに、病院に運ばれたって報せがきたんだよ。だから、知っているとしたら、六番と七番、あとは蓮華くらいじゃあないかな?」


「そうですか……」


「……もしかして、巧さんには知られたくない、とか?」


「あ……いえ、それはもう……夕べ、しっかり怒られましたから……」


 巧さんはもう比佐子の怪我を知っていたのか。

 そういえば、自宅は中央だったっけ。

 結構な大ごとだし、昨日は穂高たちも騒ぎを起こしている。どこからか、話が伝わったんだろう。


「俺ね、不思議なんだけどさ、どうしてそんな怪我をするまで、やられっぱなしになったんだい? やり返せとまでは言わないけど、避けることはできただろう?」


「そんなことしたら……彼のプライドを傷つけちゃう……」


「プライドが傷つく? 殴られるのを避けるのが?」


 比佐子はうつむいたまま、小さくうなずく。

 そんな馬鹿なことを考えていたのか。

 けれど、そう思うということは、比佐子はあの男が自分よりも弱いと、知っていたということだ。


「だからって、そんな怪我を負わされてまで、守らなきゃあいけないものだったのかな? その、プライドとやらは」


「だって彼を好きなんだもの! 傷ついてほしくないし、悲しませたくない……彼は私がいないと駄目なんだから!」


 出た。

 『私がいないと駄目』か。

 麻乃が言っていた通りだ。


「その『彼』は、昨日、ここへ見舞いにきた? 今日はどう? ここへきたかい?」


 うつむいていた比佐子が顔を上げた。

 相変わらず表情はわからないけれど、憎々し気に穂高を見る目で、来ていないことがわかる。

 そりゃあ、来ないだろう。二度と顔をみせるなといったのは穂高なんだから。


「俺なら自分の恋人が怪我で入院なんていうことになったら、見舞いにこずにはいられないけど。もっとも、好きな相手が入院するほど殴ったりもしないけどね」


「そんなこと、わかってる! 言われなくてもわかってるわよ! でも、彼には私が――」


「キミがいないと駄目だから?」


「そうよ! それのどこが悪いの!?」


 比佐子は少しずつ苛立ちを増してきている。

 本当は、あの男がろくでもないヤツだということを、どこかで理解しているんだろう。

 あちこちが痛むだろうときに、そんな思いを抱かせるのは可哀想だけれど……。


「元……いや、比佐子。駄目な男は、誰がそばにいても駄目だよ。それに……あの男は比佐子がいなくても、したたかにうまく生きていくと、俺は思う」


「あんたに彼のなにがわかるの!」


 大声を上げたせいで顔が痛むのか、右手で顔を覆ってうつむいた。

 その肩に、そっと触れると、熱を持っている。

 杉山が、体じゅうに打撲の跡があるといっていたのを思い出す。


「傷が痛むのに、変な話をしてごめん。今日はもう帰るよ。今夜はゆっくり休んで」


 これ以上、穂高がいると、体に悪いだろうと思い、今日は引き上げることにした。

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