第6話 決めた

 呆気に取られてその様子を眺めていると、男はくるりと穂高に向き直り、性懲りもなく殴りかかってきた。

 一般人なら避けられないスピードに感じるけれど、戦士として日々鍛錬を続けている穂高たちに、通用するはずがない。

 左手でガードして、右手で男の顔を二度、殴った。

 男は鼻血が出て少しは顔も腫れてきている。


「クソッ! なんで当たんねぇんだよ!」


 振りかぶって突進してくる男を、穂高は手加減なしに何度も殴った。


「戦士だからって……どうせ大した腕前じゃあないくせに! 比佐子だって戦士のくせして弱くてオレの――」


 この男の口から、比佐子の名前が出てくるのが許せなかった。

 腹を殴って体がくの字に曲がったところを狙い、顎に膝蹴りを喰らわせてやる。

 土下座をするような格好で倒れた男の脇に腰をおろすと、髪を掴み、顔を上げさせた。


「比佐子がおまえに殴られたのは、弱いからじゃあない。わざと避けなかったからだ」


 力の加減をしなかったせいで、男の顔はそこそこ腫れているし、歯も抜けたようだ。

 けれど、比佐子に比べれば奇麗なものだ。


「おまえに言っておく……二度と比佐子や俺たちの前に顔を出すな。今回みたいなことを、ほかの誰かにすることも許さない。わかったな?」


 いきがっていた男はわずかに怯えの色を浮かべた目で、何度もうなずいた。


「また今回のようなことをしでかしたら、次は、もっと痛い目に遭うことになる。いいな?」


 麻乃たちが抑えている男の仲間たちにも視線を向けてそういうと、全員が黙ったままうなずいた。

 穂高としては、まだ甘い気がするけれど、この様子だと少なくとも比佐子には、二度と近づかないだろう。


 葛西や小坂たちが、男たちを神官のもとへと引き渡しに行った。

 なんらかの処分を受けることになるだろうし、この騒ぎのせいで、花丘でも大きな顔はできないはずだ。


「穂高、大丈夫?」


「大丈夫って、なにが?」


「こぶし。血が出ている」


 自分のこぶしを見ると、皮が剥けて血がにじんでいた。


「ああ……うん、大丈夫」


「なんか……ごめん。巻き込んじゃってさ」


「いや、俺が自分で来たんだから、麻乃が気にすることじゃあないよ」


「本当に、ありがとう。けどさ、穂高があんなふうに誰かとやり合うの、初めてみたよ」


 軍部へと戻る道すがら、麻乃は穂高を見あげてそういう。

 これまでは、こんな状況で自ら進んで参戦することは、なかったと思う。

 どちらかというと、うまく取りなして、丸く収めることを優先していた。


「あの男のことは、どうしても許せなくてさ……比佐子……元山が……女性をあんなふうになるまで……」


「そうだね……これで比佐子もあの男とは完全に縁が切れるだろうし、次はもっとちゃんとした相手が見つかるといいんだけど」


 ちゃんとした相手……。

 比佐子は奇麗な人だ。きっと言い寄る男は多いだろう。

 その中から選ぶのが駄目な男なのか、それとも比佐子が駄目にしているのか?


 穂高なら、絶対に比佐子を酷い目に遭わせたりしないのに。

 得体の知れない、あんな男のような相手をまた選ぶくらいなら、穂高のほうがいいに決まっている。


――決めた。俺が比佐子を幸せにする。


 そうと決まれば、まずは毎日でもお見舞いに行こう。

 退院するまでは通い詰めて、顔と名前を覚えてもらわなければ。


 軍部で麻乃と別れ、南詰所へと車を走らせながら、南浜と中央の往復時間を、どこで捻出するか考えていた。

 今日から一緒に詰めるのは、梁瀬だ。

 梁瀬には事情を話しておくとして、見舞いの時間は、やっぱり夕方以降だろう。


 午前中に外してしまうと、なにかあったときにすぐに対処ができない。

 以前、鴇汰に対して怒った手前、穂高が同じことをするわけにもいかないんだから。

 南詰所に着くと、すぐに梁瀬を探した。

 梁瀬はもう宿舎で荷ほどきも済ませ、詰所の個室で本を読んでいた。


「梁瀬さん、ちょっといいかい?」


「うん? どうしたの? なにかあった?」


「ちょっとね。梁瀬さん、巧さんの部隊の元山って知っている?」


「ああ……あの豪快な子? 彼女がどうかした?」


「今、怪我をして入院しているんだけど――」


 穂高は当分のあいだ、夕方から数時間、比佐子のお見舞いに行きたいと伝えた。

 夕方からなら襲撃もないだろうし、なるべく早く帰ってくるようにするから、と。


「それは構わないけど、怪我って一体、なにがあったの?」


「うん……どうやら良くない男と付き合っていたらしくて……」


「あ~、彼女、前にも似たようなことがあったんだよね」


 梁瀬の話では、やっぱり同じような男と付き合っていて、そのときも大喧嘩の末、大怪我をしたらしい。

 そのときは、比佐子は巧にこっぴどく叱られたそうだ。

 復帰するのにも数カ月かかったと、梁瀬は苦笑いで言った。


「それは知らなかったな……麻乃もなにも言っていなかったし」


「麻乃さんが蓮華になって、すぐのころだったからね。その怪我、まさか麻乃さんも関わっているの?」


「いや、俺も麻乃も知ったのは今日のことでね。病院へ行ったときは、まだ意識も戻っていなかったんだ」


「怪我は酷いの?」


「左腕を骨折していたって。それに、顔が変わるほど腫れていてね……」


「そんなに……?」


「うん……けど、男とはもう切れたし、これからは俺が、そんな目に遭わせたりしないから」


「え? もしかして、穂高さん、彼女を――」


「とりあえず、そんなわけでしばらく医療所へ通うから、留守にする数時間だけ、うちのやつらのこともお願いするよ」


 気恥ずかしくて、言いたいことだけを言うと、梁瀬の部屋をあとにした。

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