第5話 対峙

「なんなんだ? てめぇらは。俺たちのことをコソコソ嗅ぎまわりやがって」


 あの男は鞘で弾かれた腕が痛むのか、しきりにさすりながら、麻乃に食って掛かった。

 麻乃が抜刀するんじゃあないかと思い、そうなったときには、さすがに止めなければと、身構える。


「比佐子に手を出したのは、あんたか?」


 手にした脇差を腰に差した麻乃は、男にそう尋ねた。

 脇差を戻したなら、抜く気はないだろう。


「だったらどうしたってんだよ?」


「あんなふうになるまで、殴ったって認めるってこと?」


「だ、か、ら、そうだとして、それがなんだってんだよ!」


 麻乃が男とやり取りをしているあいだに、穂高は豊浦を羽交い絞めにしていたやつの腕を捻り上げ、豊浦を自由にした。


「痛ぇ! なにしやがんだ! クソ……!!! 痛ぇって言ってんだろうが!」


「痛いのは暴れるからだろう?」


 振りほどこうともがく男の腕を、さらに強く背中で捩じ上げた。


「豊浦、怪我はない?」


「……上田隊長、俺は大丈夫です。ありがとうございます」


 残った二人の男が助けに入ろうとしてきたのを、葛西と小坂が倒して抑え込んだ。

 痛いだのやめろだのと、大声で喚きたてると、麻乃と対峙している男が叫んだ。


「おい! てめぇら、やめろ! 痛がっているのが見えねぇのか!」


「……どの口が、そんなことを言う? 比佐子の痛みは、あんなものじゃあなかったはずだ」


 麻乃の口調は静かだけれど、逆にそれが怒りの大きさを表しているように感じる。

 このまま、あの男と対峙させていていいんだろうか?

 やっと謹慎が明けて持ち回りに出始めたのに、揉め事のせいで、また謹慎にでもなったら……?


「だいたい、あの女がシケていやがるのが悪いんだ! この俺がわざわざ付き合ってやっているってのに、出すもん出さねえから――」


「なるほどね。まったく……比佐子もこんなクズ野郎のどこが良かったってんだか……」


「なんだと? 今、なんつった?」


 クズと言われて腹が立ったのか、男の顔色が変わった。

 それだけじゃあなく、殺気立っている。


「クズ野郎にクズと言って、なにが悪いんだい? 本当のことを言われて、恥ずかしいとでも思ったのか?」


 穂高は締め上げていた男を突き飛ばして転がすと、あの男に向かってそういった。

 転げた男には、豊浦が素早く飛びつき、逃げ出さないように抑え込んだ。


「てめぇら……!」


 男はよほど腹に据えかねたのか、よりにもよって、麻乃に殴りかかっていった。

 当然ながら、麻乃はそれを軽く避け、前のめりに突っ込んできた男の肩を、手のひらで突き飛ばした。

 ヨロヨロと倒れそうになりながらも、なんとか持ちこたえた男は、軽く往なされた怒りで震えているようだ。


「クズ男のクソみたいなパンチが、あたしに当たるワケないじゃあないか」


 カッとした男は凝りもせず、また麻乃へ突っかかっていく。

 穂高は麻乃の前に割って入り、わざと男のパンチを受けた。


「穂高!」


「っつ~……さすがに殴られると、痛いのは痛いな……」


「なんだって急に……あんなの、あんただって避けられるでしょうが!」


「いや~、最初に貰っておかないと、あとで言い訳が立たないだろう? 麻乃、謹慎明けなんだから、ここは俺に任せてくれないかな?」


「でも……!」


「頼むよ、麻乃。俺はどうしてもこいつを許せない」


 穂高は真剣だった。

 それが麻乃に伝わったのか、麻乃は小さくうなずき、ほかの三人の男たちを拘束しにいった。


 相手が穂高に変わったとたん、男は警戒心を強めたようにみえる。

 麻乃は女だから、楽に勝てるとでも思ったんだろうか?


「一つ聞いておきたいんだけど」


「なんだよ?」


「おまえ、元山……いや、比佐子と付き合っているんじゃないのか?」


 男は大声を上げて笑い出した。

 人を馬鹿にしたような笑いかたに、つい、苛立ちを感じてしまう。


「オレは別に付き合おうなんて一言も言っちゃいねぇよ! あいつが勝手に彼女面して付きまとってきただけなんだからよ!」


「……なるほど。そういう感じか」


 要するに、いいように言葉を並び立てて比佐子の気を引いて、貢がせていただけか。

 麻乃が比佐子を『馬鹿だ』と言ったのもわかるけれど、比佐子が『私がいないと』と思う気持ちも、まあ、少しだけわかる。


「なるほど、じゃあねぇんだよ! さっさとあいつらを放しやがれ!」


 痺れを切らした男は、またしても殴りかかってこようとする。

 よほど腕に自信があるんだろう。

 勝てると本気で思っているんだとしたら、馬鹿なのはこいつだ。


 顔を狙って出されたこぶしを、穂高は手で払いのけた。

 パンチの軌道が変わって、空振りだ。

 すぐに次の攻撃が飛んでくるけれど、蓮華の穂高からみると、自分で当たりに行かなければ、当たらないパンチだ。


 その手も下に払いのけると、無防備のままの男の顔に、平手打ちを一発、喰らわせた。

 これは、初めて比佐子をみた日、この男に叩かれていた一発だ。


「……このっ!!!」


 十六歳まで鍛えているのもあるからか、男はそこそこ早い攻撃を繰り出してくる。

 それを避けながら、今度は穂高もこぶしで殴り返した。

 そんなことを、何度か繰り返していると、男は刃物を出してきた。


「……クソッ! ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ……オレを舐めやがって……」


 突きかかってきた刃物を、蹴りで弾き飛ばした。

 刃物は男の手を離れ、クルクルと回って、麻乃たちが縛り付けた男の目の前に落ちて刺さった。


「ばっ……馬鹿野郎! 危ねぇじゃねえか!」


「うるせぇ! てめぇらは黙ってろ!」


 思い通りにならないことで、苛立っているんだろう。

 仲間割れを始めている。

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