第4話 大ごと

 そのときは、意外と早くに来ることになる――。


 この日、穂高ほだかは休み明けで、麻乃あさのは南浜の持ち回りを終え、穂高と入れ替わりで休みになる予定だった。

 会議を終えて、穂高が軍部の個室に戻ったところで、麻乃もやってきた。


「穂高、次は南だっけ?」


「そう。今回、南はロマジェリカの襲撃があったんだろう?」


「うん。さっき報告した通りで、兵数は少なかったんだけど、割と強かった」


「このところ、襲撃が少なかったもんな。近いうちに、凄い数で来そうな気がしてさ」


「わかるよ。あたしもロマジェリカの情報が入ったとき、数がいるんじゃあないかと思ったもん」


 話が弾み、どうせ南にいく準備はできているからと、麻乃の部屋へ立ち寄って、しばらく話し込んでいた。

 こんなときも、鴇汰ときたはいない。

 鴇汰は今日から北浜で、なにか用があるらしく、相原あいはらに引きずられるように出ていった。


「ところで、あのあと、元山もとやまとは話ができたのかい?」


「あ~、比佐子ひさこね。なんか避けられちゃって……」


 麻乃は苦笑いをしているけれど、相変わらず心配ではあるようだ。


「そうか。当人が話す気にならないと、難しいよなぁ……」


「うん。まずは話をするところから――」


 麻乃の言葉をさえぎるように、部屋のドアが勢いよく開いて、麻乃の部隊の葛西かさい川上かわかみが飛び込んできた。


「あんたたち……なに? そんなに慌てて……」


「隊長、大変です! 今、花丘はなおかで……」


「六番の元山が、大怪我を……中央医療所に運ばれたそうです!」


 麻乃は驚いた顔で立ちあがり、穂高を振り返った。


「麻乃、行こう。とりあえず中央医療所にいって、様子を確かめよう」


 すぐに軍部を飛び出して、医療所へ向かった。

 そのあとを、葛西と川上も追ってきている。

 医療所では、杉山すぎやまが待っていて、すぐに比佐子の病室へ通された。


「こんな……いつ? どうしてこんな……」


「今朝早く、花丘で……元山と男が争っていたのを見ていた人がいました」


「男と?」


 穂高は、いつか麻乃と花丘で見た男を思い出した。

 あのときも、簡単に比佐子に手をあげた。

 今回のこれも、そいつじゃあないだろうか?


「……許せない。その男……比佐子も……馬鹿だ」


 押し殺した麻乃のつぶやきが聞こえた。

 ギュッと握りしめた手が震えているのは、怒りのせいか。

 わずかに瞳が赤らんで見えた気がした。


「元山の状態ですが、命には別条はないものの、左腕の骨折、体じゅう、それから顔に打撲の跡が」


 ベットに横たわった比佐子をみると、確かに青黒い痣と腫れで顔の形が変わっている。

 こんなになるほど、殴られたのか。

 穂高の中に、急速に怒りの感情が湧いてきた。


「麻乃。あの男を探そう」


「隊長、それから上田うえだ隊長、今、小坂こさか矢萩やはぎ豊浦とようらを連れて、その男の話を聞いて回っています。ですから、花丘へ着いたら、先ずは小坂を探してみてください」


「わかった。杉山、あんたはここで比佐子の様子をみていて。なにかあったら、すぐに花丘へ連絡を。行こう、穂高」


「わかりました」


 麻乃と二人、上着を着こむと、葛西と川上も伴って、すぐに花丘へ向かった。

 このあいだは、昼間から飲み歩いているようだったけれど、今日はどうなんだ?


 朝早くと、杉山は言ったけれど、どのくらいの時間、その男と一緒にいたのか。

 やられてすぐに、医療所に運ばれたのかどうかもわからない。


 今日、会議が終わってから、麻乃についていて良かった。

 すぐに南浜に向かっていたら、比佐子の怪我など知らないまま、事が済んでいたかもしれない。

 花丘へ向かいながら、あの男を見つけたら、麻乃はどうするつもりなのかを考えていた。


 病室で見た麻乃は、これまで見たことがない雰囲気だった。

 あの男は、ただじゃあ済まないだろうけれど、穂高は多少やり過ぎても、止めるつもりはない。

 花丘の大門をくぐったところで、矢萩の姿がみえ、麻乃が声をかけた。


「矢萩!」


「隊長……医療所、行きましたか?」


「行った。相手の男、見つかったの?」


「俺のほうは空振りでした。小坂と豊浦と、この大門の下で待ち合わせているんですが、まだ二人とも戻っていません」


「そう」


「二人とも、もう戻ると思うので――」


 大通りの奥から大声が響いてきて、あちこちの店から人が顔を出した。

 大門に向かって走ってくる人を止め、なにがあったのか聞いてみる。


「奥でなにかあったんですか?」


「喧嘩だよ、喧嘩! 巻き込まれちゃあたまらないから、逃げてきたんだよ」


 麻乃と視線を交わし、矢萩に小坂と豊浦を探してくるように言い含め、通りの奥へと走った。

 野次馬が出始めて、人の数が増えているせいか、先まで良く見えない。


「隊長、喧嘩はこの先じゃあなさそうですよ!」


「本当だ……人がみんな、横道をみているな」


「穂高、このあいだの店、覚えてる?」


「ああ、こっちだ!」


 途中で路地に入り、通りを何本か抜けて先へ進んだ。

 このタイミングで喧嘩ということは、小坂か豊浦が、あの男と揉めているに違いない。

 あの二人に限って、比佐子のように怪我を負わされることはないだろうけれど、わずかに不安がよぎる。


「麻乃! あそこだ!」


 あの店の前で、人だかりができていた。

 野次馬をかき分け、輪の中に入ると、豊浦が三人の男に囲まれていたところだった。

 荒くれどもだとしても、一般人だからか、豊浦は手を出しあぐねているようにみえる。

 矢萩と小坂も追いついてきて、麻乃を庇うようにその前に立った。


「葛西、小坂たちと一緒に、この野次馬を散らして」


「わかりました」


 喧嘩は続いたままで、反撃しない豊浦の背後から迫った一人が、豊浦を羽交い絞めにした。

 あの男が、今、まさに豊浦に殴りかかろうとした前に、麻乃が割って入り、放たれた拳を下から脇差の鞘で弾いた。


「おい、藤川だ」


「なんだ、藤川がきたなら、もう大丈夫だろう」


 野次馬たちは、葛西たちに促されながも、麻乃が来たことに安堵したのか、大人しくはけていった。

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