第3話 考えること

 その後、麻乃と話す機会もないまま、訓練を終え、通常の持ち回りをこなしていた。

 そうしているうちに、麻乃の謹慎も明けて、西浜の持ち回りで麻乃と一緒になった。


「久しぶりで勘が鈍っているなんて、いわないよな?」


「誰にものを言っているのさ。一カ月のあいだも鍛錬は続けていたんだもん、大丈夫に決まっているでしょ」


 もちろん、本当は心配なんてしてはいない。

 麻乃のことだから、抜かりなく鍛えているだろうと思っていたら、やっぱりか。

 詰所の個室に、穂高と吹田、麻乃と小坂で今週の予定を立てるため、打ち合わせをしていた。


「このところ、どの浜も襲撃が少ないから、そろそろどこか来そうな気がするよね」


「そうだね。庸儀ようぎとジャセンベルは何度か来たけど、ヘイトとロマジェリカが大人しかったし、どちらかが来るかもしれない」


「監視隊は夜間も交代で動いていますし、いつでもすぐに連絡が取れるようになっています」


「それから、敵艦が多い場合は、予備隊もすぐに対応できるように中央で待機しています」


 麻乃と穂高のあとを、吹田と小坂が続ける。


「ほかの浜に同じタイミングで襲撃がなければ、予備隊が残っているのは心強いね」


「うん、俺もそう思う」


「夜は宿舎が手狭だから、あたしは自宅に戻るけど、連絡は小坂たちに任せてあるから、穂高は心配しなくていいからね」


「わかった」


 どの浜も、詰所と宿舎は古くて、軍部のように大きくはない。

 予備隊が入ったときは、部屋数が足りなくなり、一人部屋に簡易ベットを入れて二人部屋にしていた。

 それもあって、麻乃は西浜のときには自宅へ戻るようだ。


 話が済んで、吹田も小坂も各々の部屋へと戻っていき、麻乃と二人になった。

 こんなとき、本当なら鴇汰がいたらいいんだろうけれど、鴇汰は今週は北浜だ。

 つくづく、運のないやつだ。


 というか、わざとか? と思うほど、鴇汰は麻乃と組むことが少ない。

 たぶん……蓮華の中で一番、低い組み合わせなんじゃあないか?


「穂高、お昼はどうするの?」


 麻乃が上着を着こみながら、穂高に問いかけてきた。


「あ……そうだな……どこかに食べに行こうと思う」


「だったらさ、一緒に柳堀やなぎぼりに行こうよ」


「……ん、そうだね。行こう」


 柳堀は、中央の花丘はなおかと変わらないくらい賑やかだ。

 通りを進むほどに、あちこちの店から声がかかるのは、麻乃がいるから。

 地元で親しい人が多いから、と、麻乃はいうけれど、それだけじゃあない気がする。


 穂高も鴇汰も、東区の紅葉池もみじいけに行ったとき、ここまで声はかからない。

 それだけ麻乃が、柳堀の人たちから受け入れられているということか。


 柳堀の中央通りを中ほどまで進んだところの食堂へ入った。

 麻乃の行きつけで、お気に入りの店だという。

 出された食事は、本当に美味しかった。


「これは本当に美味しいよ。麻乃がお気に入りだっていうのもわかるな」


「でしょう? でもさ、前に鴇汰にご馳走になったじゃない? あれもかなり美味しかったよね」


 ここで鴇汰の話がでるとは思わなかった。

 今のセリフを聞いたら、鴇汰は相当、喜んだだろう。

 嫌われているだろうとか、うまくいかないとか悩んでいたけれど、少なくとも嫌われてはいないようだ。


「鴇汰のやつ、子どものころから料理やら洗濯やらが好きだったんだよ」


「へぇ……あたしなんか、全然駄目だからさ、羨ましいよ」


 麻乃の料理は酷い。

 やっていることは間違っていないようなのに、どうしてああなるのか。

 この先、なにがあっても、麻乃が作ったものは遠慮したい。


「そういえば、このあいだの彼女……元山もとやま、だっけ? あのあと、どうなった?」


「ああ、比佐子のこと?」


「そう。あの男とは、まだ?」


「ん……たぶん。今さ、六番とはすれ違いばかりで、話もできていないんだよね」


「そうか……持ち回りがあると、一緒にならない限りは、なかなか会わないもんな」


「だけど、どこかで必ず比佐子を捕まえて、話をするよ」


「なにかあったら、というか、俺に手を貸せることがあったら、いつでも声をかけてくれよ」


 麻乃は食べている手を止め、顔を上げて穂高をジッと見つめた。


「なんだよ? どうかした?」


「いや、穂高がそんなふうに言ってくれるとは思っていなかった。でも、考えてみると、いつも揉めたときに中立で見てくれるのは、穂高だよね」


「揉め事は、当人同士に任せっきりだと、余計に揉めたりするだろう? あいだに人が入ったほうが、早く解決する場合もあると思っているんだ」


「そっか。あたし、きっと比佐子とは揉めると思う。なにかするときは、穂高に頼むかも」


「いつでも声をかけてくれよ。防衛戦に出ていなければ、俺はたいてい暇だからさ」


「ありがとう」


 改めてお礼を言われると、照れくさくもある。

 ただ、揉め事を解決するかどうかに関わらず、比佐子のことが気になっていた。

 女の人が、あんなふうに叩かれていいものじゃあない。


 何度、思い返しても、どうしてあんな男とつき合っているのかがわからない。

 どう考えても、自分のほうがいい男だと、つい思ってしまう。


 食事を終えて、詰所へ戻る道すがら、麻乃から比佐子の話を教えてもらいながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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