第3話 考えること

 翌朝は、小坂こさか葛西かさいを伴って医療所へ顔を出した。

 先に看護師や医師たちから、リュの様子を聞いた。


 怪我はまだなんとも言えないらしいけれど、一カ月もあれば良くなるという話しだった。

 川上や辺見が言っていた通りで、看護師たちにも評判がいい。

 リュはもう起きていて、食事もしっかり済ませていた。


「具合はどうですか? といっても、昨日の今日じゃあ、そう変わりはないんでしょうが」


「ええ、おかげさまで……ここの方々にも、良くしていただいています」


「そうですか。それはなによりで」


 吊られたままの足は痛々しいけれど、命があるんだから問題はないだろう。

 この状態じゃあ逃げようもないし、ウロウロ歩き回られることもなさそうだ。

 今のところは見張りといっても、医療所への顔出し程度で十分だと思った。


「あたしは数日、ここを離れますが、なにかあれば看護師の方々に相談を。問題があれば、こちらに連絡するよう頼んでありますので」


「お忙しいんですね。そんなときに、お手間を取らせてしまって申し訳ありません」


「まあ、そうかしこまらず……足が治るまでは退屈でしょうが、ゆっくり休んでください」


 礼をして病室を出ようとしたとき、リュに呼び止められた。


「えっと……ですね……その……お名前をお聞きしたいんですが……」


「名前? ああ……藤川です。藤川麻乃」


「麻乃さん、ですか」


 よく知らない人間に下の名前で呼ばれると、なんだかむず痒い思いになる。


「もう、よろしいですか?」


「あ、はい。呼び止めてしまってすみません」


 もう一度、礼をして、今度こそ病室をあとにした。


「ずいぶんと低姿勢なヤツでしたね?」


 北区へ向かう車の中で、葛西がそういった。

 運転をしている小坂も葛西と同じように感じたのか、何度かうなずいた。


「そりゃあ、敵国にいるわけだからねぇ……今は怪我もしているし、強気には出られないでしょ」


「そうですかね? ずいぶんと前にヘイトの兵が取り残されたときは、まあ酷いヤツだったみたいですけど」


「へぇ……けど、みんながみんな、悪いヤツってわけでもないんだし、ああいうヤツがいてもおかしくはないんじゃあない?」


 助手席から身を乗りだすように麻乃を振り返った葛西は、憮然とした表情だ。


「隊長……まさか、看護師や花丘の姐さんたちみたいに、ヤツにほだされちまってるんじゃあないでしょうね?」


「馬鹿なことをいってるんじゃあないよ。そんなわけないじゃあないか」


「だったら、いいんですけど」


 正面に向き直った葛西は、ぶっきらぼうにそういった。

 そんなふうにみえたんだろうか?

 だとしたら、心外だ。


 確かに人目をく顔立ちだとは思うし、物腰も柔らかくて感じはいいけれど、それだけだ。

 ただ、リュは不安を感じているんだろうというのは、想像がつく。

 それを考えると、少し可哀想だな、とは思う。


 上層は、リュの処遇をどうするつもりなのか、麻乃はまだなにも聞かされていない。

 通例にならうなら、薬で眠らせて、庸儀の海岸沿いに流されるはずだ。

 処刑は……ないだろう。


 ただ、それをリュはしらない。

 だからきっと、不安なんだろう、そう思った。


「北には一週間ですけど、そのあいだに、医療所へ行くんですか?」


 バックミラー越しに小坂が問いかけてくる。

 麻乃はシートに体を沈め、どうするか考えた。


「そうだねぇ……今は動けないんだから、中日にでも顔を出せばいいかな」


「そうですか。それじゃあ、そのときは誰か二人、連れていってください」


「二人も? 運転してくれるヤツがいれば大丈夫でしょ?」


「駄目です。隊長とはいえ、敵兵と向き合うのに付き添いが一人では、なにかあったときに対処が遅れます」


「腕前はわかっていますけど、ヤツが術師だった場合、隙を突かれると危なくなる可能性もありますからね」


 小坂に合わせるように、葛西もそういう。

 この二人に言われると、弱い。


「わかった。だったら、あんたたちでいいよ。三日後、時間を空けておいて」


「わかりました」


 二人の返事にうなずくと、麻乃は窓の外へ目を向けた。

 鴇汰は今週は南浜だ。

 また、あの女性と会うんだろうか……。


 チラリと見かけただけだったけれど、見たことのない笑顔は、親密さを表している気がした。

 麻乃が見るのは、ほとんどが不機嫌な表情だ。

 出るのはため息ばかりで、胸が痛む。


 近ごろ、考えることが多すぎる。


 自分の気持ちさえ持て余しているのに、来週は隊員たちの底上げをしなければならないし、休息のことも考えなければいけない。

 リュの様子をみて報告書も書かなければいけないし、比佐子がなにか面倒に巻き込まれているような気がして、そっちも気になる。


 先ず、どこから手をつけようか、悩む。

 もたもたしていると、すべてが拗れていきそうで、それが怖いけれど……。


「順番に一つづつ、こなしていくしかないか……」


 北浜に着き、隊員たちと合流すると、麻乃は全員に、来週からの予定を伝えた。

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