第2話 いくつかの問題

 北浜での持ち回りを終えて中央に戻ってくると、さっそく上層に医療所へと連れていかれた。

 一緒に持ち回りを終えた修治も付き添ってくれて、医療所の部屋にはいる。


 ベットには、まだ足を吊るされた状態の男が横になっていた。

 目を覚ましていたようで、庸儀ようぎの男がこちらをみた。

 なるほど、確かに男前だと言われるだろうな、そう感じた。


「これからしばらくのあいだ、ここにいる藤川ふじかわがキミに付き添う。藤川、彼は『リュ・ウソン』という」


 上層に促され、手を差し出すと、リュも手を伸ばして麻乃の手を握った。

 敵意のない笑顔を向けてくる。


「どうも。藤川です。なにか困ったことがあれば、いつでも言ってください。といっても、あたしがいるときだけですが」


「ありがとうございます……ご面倒をお掛けしますが、よろしくお願いします……」


 握られた手が緩み、リュが辛そうに表情を歪めた。


「すみません……まだ足が……」


「ああ……こっちこそ気づかなくて。ゆっくり休んでください」


 頭をさげて、その場をあとにした。

 軍部へ戻るまでの道のりで、上層からくれぐれも逃がさないように、と注意された。


優男やさおとこの面倒を見る羽目になるとは、おまえも大変だな」


 去っていく上層たちをみつめ、修治が呟いた。


「まあね。けど、上層に任せて逃げられたら、余計に面倒だよ」


「手が回らないようなことがあれば、すぐに言うんだぞ?」


「うん。ありがとう。でもさ、見たでしょ? あんな弱そうなんだから、大丈夫に決まっているよ」


「馬鹿。相手が使うのが、剣術だけとは限らないだろう? 術師の可能性もあるじゃあないか」


 修治はそこまで心配しているのか。

 大したことはないだろうと、たかを括っていたけれど、確かに修治のいう通りかもしれない。


「わかった。その辺も考えて、気をつけるようにするよ」


 フッと笑った修治は、いつものように麻乃の頭をクシャクシャと撫でる。

 乱れた髪を手で梳きながら、別れたあとも、なにも変わらない修治の存在をありがたいと思った。


「明日からは北浜だけど、あたし、ここに寄ってから行くからさ、修治は先に行っててよ」


「ああ。着いたその日に襲撃があるとも思えないが……」


「うん、いざってときは、うちの隊員たちのことも頼むね」


 宿舎の前で修治と別れ、麻乃は自分の部屋へと向かった。

 部屋の前まできたところで、隣の部屋のドアが勢いよく開いた。


「麻乃! やっと帰ってきたのね!」


比佐子ひさこ? あたしを待っていたの?」


 隣の部屋で暮らす元山もとやま比佐子は、麻乃の二歳年上で、巧の部隊の隊員だ。

 麻乃が宿舎に入ってからよく話すようになり、親しくなった。

 やけに気が合い、一緒にいて楽しいと思える相手だ。


「ちょっと来て!」


 腕を引っ張られ、比佐子の部屋に押し込まれた。

 こんなに慌てて、なにがあったというのか。


「お金、貸してほしい」


「は? あんた、なに言ってるのさ?」


「ごめん……ほかに頼める人もいないし……」


「そりゃあ……構わないけど……どうしたってのさ? 刀、壊れて買いなおすとか?」


「ん……まあ、そんなところ」


 さっと比佐子の部屋の奥へ視線を向けた。

 確かに、刀置きに、いつも比佐子が使っていた刀がない。

 ちょっと待って、と断ってから自分の部屋に戻り、棚の引き出しから財布を出した。


「とりあえず、今、手もとにあるのが二十五だけど、足りる?」


「うんうん、私も手もとに少しあるし……大丈夫」


「そう? じゃあ、これ。むき出しでごめん」


「ありがとう……ごめんね、急に変なこと頼んで……次の支給で絶対に返すから」


「ん……比佐子、それより明日からは西でしょ? 獲物がないんじゃあ話にならないんだから、早く買いなよ?」


「わかってる。本当にごめんね。じゃあ、おやすみ」


 比佐子の部屋を出ようとしたとき、不意に違和感を感じて振り返った。

 頬が赤くなって僅かに腫れている。


「あんた、頬、どうしたの?」


 麻乃がそう聞くと、比佐子は頬に触れて困ったような笑顔を見せた。


「これ? ボーッと歩いていたらさ、階段の壁に激突しちゃって……」


「バカだねぇ……今、比佐子の部隊は巧さんが休みで大変なときなんだから、怪我には気をつけなよ?」


「わかってるってば」


「だったらいいけど……じゃあ、またね」


 今度こそ、比佐子の部屋をあとにした。

 なにかが妙だ。

 麻乃たちはもちろん、戦士たちもそれなりに高額な給与を貰っている。


 食事だの、新しい武器だのと、使うことも多いけれど、基本的には溜まっていく。

 それなのに、比佐子が困窮しているふうなのは、どうしてだろう。


 なにか嫌な予感がするけれど、今はやることが山積みで、首を突っ込んでいる暇がない。

 さっき問い詰めたほうが良かったんだろうか?

 気の強い比佐子が、素直に話すかどうかもわからない。


「折を見て話を聞いたほうがいいよな……」


 シャワーを浴びてベットに横になり、一人つぶやいた。

 巧が不在のときに、問題を起こすわけにはいかないけれど、放っておくほうが問題になりそうだ。

 いろいろなことを考えながら、深い眠りに落ちていった。

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