第10話 忌々しい相手
たった二百人程度の兵数なのに、ジャセンベル軍の兵たちが次々に打ち負かされてしまっている。
このまま進むことも出来ずに撤退するわけにはいかない。
レイファーは兵を一部に集中させ、その隙に小隊を引き連れて堤防を抜けようと試みた。
相手の人数は少ないのだから、手が回らずに簡単に抜けられるだろう。
走り出したレイファーの目の前に、大きな影が立ち塞がった。
その大きさに驚き、咄嗟に飛び退って相手をみると、レイファーとそう変わりない体格の男が、大きな剣を構えている。
一瞬でも、自分より大きな相手だと思ってしまった。
しかも、良く見ればこの男はロマジェリカ人のようだ。
(なぜ、ロマジェリカ人が泉翔の兵として出ているんだ?)
疑問を感じながらも、レイファーは剣を構えた。
先ずはこいつを倒さないことには、先へ進めない。
目一杯の力で斬りつけるも、大剣が盾のようにレイファーの攻撃を往なす。
「――簡単に先に進めると思うなよ!」
大剣使いの男は、そう叫ぶと武器を横へと振り流した。
レイファーは辛うじてそれを避けたけれど、隊の何人かは斬り伏せられてしまった。
こんなに大きな武器なのに、振るう勢いと早さが、ことごとくレイファーの攻撃を止める。
周辺のジャセンベル兵たちも、レイファーたちを先へ進ませようと、大剣使いに斬りかかっていく。
それなのに、たったひと振りで、数人を一気に倒してしまう勢いだ。
だんだんと喧騒が鎮まっていく。
さっと周囲を見ると、ジャセンベル軍の数が、泉翔の兵たちと変わらないほどに減っていた。
「邪魔だ! 退け!」
剣を握った手に力を籠め、思いきり振りかぶった直後、大剣がレイファーの胴を強く打った。
倒れかかった体を兵たちに支えられ、剣を握り直して立ちあがると、もう一度、突きかかった。
それもかわされてしまい、また大剣の攻撃が脇腹に入った。
「くっ――!」
片膝をついてうずくまった頭上を、大剣が空を切って横切った。
膝をつかなければ、あれも喰らっていただろう。
「堤防の向こう側へは一歩たりとも踏み入れさせない!」
大剣の男が次の攻撃を繰り出してきた瞬間、レイファーは両腕を兵たちに担がれ、引き下がるのを余儀なくされた。
「レイファーさま! 兵のほとんどが……このまま撤退します!」
「まて! このまま引き下がるなんてできない!」
そう叫んだものの、腹の奥から込み上げてくる感覚に、レイファーは目眩を起こし、崩れるように倒れた。
遠ざかる大剣使いは深追いをする気はないようで、砂浜に立ちつくしたまま、レイファーを睨んでいる。
目を反らさず睨み返した瞬間、目の前が真っ暗になった。
ハッと目を開いたとき、レイファーは固いベットに横になっていた。
甲冑は脱がされ、上半身には包帯が大げさに巻かれている。
「レイファーさま、気づかれましたか?」
顔をのぞき込みながら、濡らしたタオルを額に乗せてくれたのは、ケインだった。
「ケイン……無事だったか……」
「はい。ピーターも無事です。ですが……残った兵は……五百ほどです」
言いにくそうな苦々しい表情で、ケインはそういった。
一万も連れて出たにも関わらず、残ったのが五百人程度とは……。
泉翔侵攻の前に、ピーターが『異様に手強い』といっていたのを思い出した。
「あんな少数に敵わないとは……思いもしなかった……」
喋るたびに脇腹に痛みが走る。
脱がされて脇に置かれた甲冑は、潰れているのかと思うほど歪んでいた。
甲冑がなければ、レイファーの体は泣き別れていたかもしれない。
「あの大剣使い……忌々しいやつだ……」
「はい。それに、我々のほうで遭遇した槍使いも、相当な腕前でした……」
コツコツと船室のドアをノックする音がして、入ってきたのはピーターだった。
「レイファーさま、どうやらあの大剣使いと、槍使いは士官クラスのようです」
ピーターは、泉翔の兵たちの会話の中から、その二人がほかの兵に「隊長」と呼ばれていたのを聞いたという。
士官クラスであるならば、腕前は相当のものだろう。
ここ数年で、泉翔では士官がごっそり入れ替わっているようだ。
「アンドリュー王が進軍した際に、士官たちの情報を持ち帰っているそうです。国へ戻れば、情報を開示していただけると、ルーンさまが」
「ルーンが?」
「はい。今回、出航前に慌ただしくしていたものですから、情報を回している時間がなかったとか……」
わざとだ。
王の考えそうなことだ。
大陸で戦果をあげ続けたレイファーを気に食わないと感じていたんだろう。
こんなにも手強い相手ならば、もっと腕の立つ兵を連れてきた。
そうすれば、こんなふうに撤退することもなかっただろう。
もっと強くならなければ。
兵ともども、もっと訓練で力をつけなければならない。
次に泉翔へ討って出るときには、絶対に負けたりしないように。
「戻ったら……すぐに訓練を……全員が強くならなければ」
「はい。ですが、先ずは怪我を治さなければなりませんよ」
「レイファーさまは、恐らく骨をやられていますので、しばらくは安静にしていただかないと」
「わかっている」
ジャセンベルへ戻ると、すぐに王に結果を報せに行った。
なにを言われるかと身構えたけれど、想像したような嫌味なことは言われなかった。
王でさえ、戦果を挙げていないのだから、それも当然か……。
ただ、部屋を下がるとき、王がレイファーをみてニヤリと笑った。
やっぱり最初から敵うはずがないと思っていたんだろう。
軍部に戻り、レイファーは可能な限り泉翔の情報を集めた。
ルーンが寄越してきた資料には、泉翔の士官の名前が八人分、書かれていた。
「この八人が――」
言いかけて、ハッとした。
八人の中に、フジカワとナカムラの名前を見たからだ。
(泉翔の……士官だったのか……)
二人が士官だということは、きっとハヤマも泉翔の士官だったんだろう。
そう考えると、あの強さに納得がいく。
ただ、わからないのが、島から出ることがないといわれている泉翔の人間が、わざわざ大陸まで出向いてきて、植林をしているのはなぜなのか、ということだ。
もう一度、資料に目を落とす。
大剣使いの名前は、オサダというようだ。
「あの大剣使い……オサダか。まったくもって忌々しい……次こそは、ヤツを倒して、あの堤防の先へと進軍してみせる……」
手にした紙を見つめ、レイファーは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
このときから、泉翔侵攻のときには、毎回のようにオサダと相まみえることになった。
-完-
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