第9話 進軍

 レイファーが軍を取り仕切るようになってから、着実に領土は広がっていった。

 このまま進めば、数年のうちに大陸の半分を占めるだろう。

 奪った領土を生かして作物を作らせ、資源を集め、豊かになるほどに侵攻も楽になる。


 遠くないうちに統一を果たせれば、自分の手で緑を広げていけるに違いない。

 大陸のどこで暮らそうと、誰も飢えることのない身のりのある土地へと変えていける。

 たった今、大地を荒らしているのがレイファーたちであるのを知りつつも、そう言い訳をしてみないふりを続けていた。


「これからは泉翔への侵攻も、おまえに任せることにした」


 二十歳を迎える少し前、王に呼ばれたレイファーは、なんの前触れもなく、そう告げられた。

 あまりにも唐突であり、レイファーのところまで降りてくる情報も少ない。

 そんな中でどうしろというのか。


 とはいえ、断るという選択肢が与えられることはなく、「明日にでも行け」と言われないだけマシだろう。

 軍の中で泉翔侵攻の経験がある兵を集め、手順や物資の量、これまでにどの程度の兵を伴っていったのか、などの情報を集めた。


 今日、明日に打って出るわけではないけれど、王が自らレイファーに「任せる」といった以上は、ひと月以内には出ろという意味に違いない。

 幸いにも、ピーターがこれまでに何度か、王の部隊に召集されて泉翔へ出ているという。


「泉翔側の兵数は、おおよそで百から二百でした」


「ずいぶんと少ないな? そんな人数じゃあ、一捻りで抑えられるだろう?」


 レイファーは、数万単位で現れるものだとばかり思っていた。

 大陸側は海を渡るために、そう多くの兵を連れては行かれない。

 それでも、数千は連れているはずで、負けようがないと思う。


「それが……異様に手強いんです」


 ピーターの説明では、一人一人の兵が妙に強いという。

 戦闘は主に砂浜で、そう広くはないのに、すぐ目の前に広がる堤防を越えることもできないそうだ。


「ロマジェリカもヘイトも庸儀も、我が軍同様、退かされています」


「そういえば確かに聞いたことがありますね。何度かは、物資や兵数に数万を率いて行ったにも拘わらず、敵わなかったとか……」


 ピーターのあとを継いでブライアンも似たような話をした。

 ヘイトがここ最近、数万を率いて臨んだけれど、呆気なく撤退をさせられたそうだ。


 大陸で敵国と戦うように、砲撃で一掃してしまえばいいようなものだけれど、どの国も欲しいのは泉翔の豊かな資源だ。

 それを燃やし尽くしてしまっては、海を渡ってまで攻め込む意味がない。


「……では、先ずは一万の兵を。それに見合った物資を集め、二週間後に進軍する」


 ピーターもブライアンも、難しいというけれど、本当にそうだろうか?

 単に他国の兵たちが油断し過ぎていたんじゃあないか?


 大陸でジャセンベルを含め、常にどこかで小競り合いが続いている。

 国境沿いを固める兵も必要だからと、雑兵ばかりを引き連れて、力量が足りていなかっただけじゃあないのか?


(王とて同じだ……)


 大陸では強引に攻め入っているけれど、泉翔を甘く見過ぎて、足もとを掬われているだけなんじゃあないだろうか?

 高々、百や二百程度の兵数に後れを取るなど、あり得ないだろう。


(楽勝だ――)


 そう思った。

 ここで泉翔を落としてしまえば、王でさえ手をこまねいていたことを、レイファーが成し遂げることになる。

 そうなれば、さすがに王とてレイファーを無視できなくなるだろう。

 兄たちを出し抜き、あとを継ぐ場所に一番近くなるに違いない。


「あとは……泉翔へ渡っているあいだに、他国に攻め込まれる可能性もある」


 集まった兵たちの顔をみた。

 ここで足を引っ張られては、泉翔を落としたとしても、それに見合った功績を得にくくなる。

 残していく兵たちを取りまとめ、国境沿いを強固に固めることができるとしたら……。


「ケインとピーターは、俺と一緒に泉翔へ……ブライアンとジャックは、すまないが今回は残って国境沿いの指揮を頼む」


「はい。わかりました」


 結局、今、一番に信用できるのは、この四人しかいない。

 軍の中にはほかにもレイファーを慕ってくれている兵もいるとは思う。

 本当はそんな兵たちで部隊を組み、泉翔へと向かいたいけれど、それを判別している時間など、ない。


 ケインとピーターには、腕の立つことはもちろん、できる限り信用に値する兵を選ぶように言い含めた。

 準備が着々と進む中、慌ただしいのをわかっていながら、王の無茶な指示が降りてくる。

 舌打ちをしながらも、それらをこなし、あっという間に二週間が過ぎた。


 出航から二日、レイファーは初めて船に乗ったけれど、幸い、船酔いはしなかった。

 揺れる船首に立ち、だんだんと近づいてくる島影をみつめた。


 進軍していく中で、泉翔の兵たち以外は、なるべく手に掛けないよう指示をしてある。

 フジカワとナカムラにだけは、危害を加えたくない。

 どうにか探し出し、できるならジャセンベルへ連れ帰りたいと考えている。


「レイファーさま! まもなく到着します!」


 ピーターの声に返事をすると、目の前に迫る砂浜をみた。

 堤防の上に立ち並ぶ泉翔の兵たちの中に、フジカワもナカムラもいないことを確認した。


 合図とともに船を降り、遠浅の海を駆けた。

 向かってくる泉翔の兵は、ほとんどが、ハヤマとナカムラのような細長い刀身の武器だ。

 目一杯の力で打ち込んでも、しっかりと打ち返してくる。


 すぐそこに堤防はみえているというのに、思うように進軍できないことに、強い苛立ちを感じた。

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