第6話 最後の時間

 十四歳になった年、ハヤマとナカムラにいつも通りいろいろと教わったあと、レイファーは今年から軍に属することになったと伝えた。


「あんた本気? 軍に入ることがどういうことか、ちゃんとわかっているの?」


「もちろん、わかっているよ。でも……俺は強くなりたい。そうならなければ、やりたいことも出来ないじゃあないか!」


 偉くなれといったのはナカムラたちだ。

 上に立つ人間になるためには、力が必要だ。

 レイファーの場合、こうするのが一番手っ取り早い方法だと、二人に訴えた。


「レイファー、おまえの気持ちは良くわかった。自分で決めたのであれば、迷わず進め」


 ハヤマは大きくため息をついたあと、いつものように笑顔を見せてレイファーの頭を撫でた。

 ナカムラも、なにか言いたげではありながら、納得してくれたようだ。


「でも……軍属になるのなら、これからは簡単にここへ来られなくなるわね?」


「そんなことはないよ! 今はまだ、籍を置いて、訓練をしているだけなんだ」


「だが、訓練は楽ではないだろう?」


「うん。でも、二人に教わっているおかげで、ちょっとだけ楽だ。それから、戦場に出るのは十六歳になってからにしようって言われた」


 二人とも「そうか」といって寂しげな表情をみせるだけだった。

 これからも、この森へ通うためには、戦場に出たとしても、どうあっても生き延びなければならない。

 別れ際、ハヤマはいつもより多くのメニューを手帳に書き付けて渡してきた。


「来年、会うときにこれがすべてできるようにしなさい」


「はい」


 この年は、二人と別れたあと、どの村や街にも寄らずに城へと戻った。

 これ以上、ジャセンベルを探しても、グエンは見つからないような気がしていたからだ。


 チャールズに伴われて参加する訓練で、レイファーはいつも、親しくなった兵たちと行動を共にしていた。

 ケイン、ジャック、リアン、ヘンリーの四人だ。

 彼らだけでなく、ほとんどの兵たちは、兄ぎみたちを良く思っていないことを知った。


「アンドリュー国王さまが軍に属しているのに、あのかたたちは誰一人、軍に興味を持っていないじゃあないですか?」


「いずれどなたかが、あとを継ぐんでしょうが……我が軍を率いることは難しいと思いますね」


 五人だけになったとき、ヘンリーとリアンが、そんな話をした。

 これに相づちを打っていいのかわからず、レイファーは黙ったままで聞いていた。

 もしも話が兄たちや王に筒抜けだった場合、レイファーの立場がなくなるどころか、存在まで危うくなるだろう。


 そんなふうに、親しくはなっても、兵たちとは一線を引いて付き合うようにしていた。

 軍の中でも、眠るために戻るだけの部屋にも、気を抜ける場所が、このころにはまだ、どこにもなかった。


 十五歳になった年――。

 ハヤマはこれまでよりも一層厳しく、レイファーに剣術を教えてくれた。

 ナカムラも今年は植物のことに触れもせず、レイファーと剣を交えてばかりだ。


 ジャセンベル軍で兵たちに稽古をつけてもらって、多少は自信がついたつもりだったのに、ハヤマとナカムラにはまるで通用しない。

 あっさりと攻撃を退けられ、剣を弾き飛ばされてしまう。

 苛立ちながら拾った剣で突きかかっていっても、軽くかわされ、背中や手首、腕を容赦なく打たれた。


「あんた馬鹿なの? 感情に任せて猪のように突っ走ったって、そんな攻撃なんか軽く避けられるわよ。冷静におなり。頭を冷やして、まずは相手の隙を見極めなさい」


 ナカムラはそういうけれど、隙を見極める、というのが今一つピンとこない。

 そんなレイファーに、ハヤマは細かく丁寧に指導をしてくれた。


「よいか。感情のままに敵に向かっても、その攻撃は届かないどころか、己に隙が出来て倒される」


 混戦する戦場で、冷静になるのは難しいことかもしれないけれど、普段から意識して行動することで、いざというときにも焦ることなく動くことができる。

 常から一歩引いて、全体をしっかり見極めろという。


「でも、軍では誰もそんなことを言わないよ? とにかくひたすら攻撃を続けて、相手を叩き伏せろって言われる」


「ふむ……そうか……」


 ハヤマはレイファーの顔をのぞき込むようにして、しっかりと視線を合わせた。


「レイファー、おまえの父は剣術について、なにも教えてはくれぬのか?」


「……父が?」


「そうだ。ジャセンベル王は、なかなかの使い手のはずだが……」


 ハヤマはレイファーの父がジャセンベル王だと知っているのか?

 自分の出自については、なにも教えていないはずなのに、なぜバレたのだろうか?

 疑問ばかりがグルグルと頭を巡り、なにも答えられずにいた。


「おまえが狙われているのを知りながら、手を打たないほどだ。強くなることを願っているはずだと思ったのだが……」


「父は……俺のことなんて興味ない……ロクに会うこともないんだ……」


「本当に興味がなければ、おまえが軍に入るといっても、受け入れたりしなかったろうよ」


「でも……」


「レイファー、よく聞きなさい。おまえは必ず強くなるのだ。父を超えるほどに」


 ハヤマが父なら良かったのに、何度もそう思った。

 こうして様々なことを学ばせてもらえなければ、レイファーはとうに命を落としていただろうし、将来、なにをしたいかなど考えることもなかっただろう。


 別れ際、ハヤマはこれまで以上に多くのことを手帳に記した。

 ナカムラも、植物の育てかたなどを書き残し、この手帳は長いあいだ、レイファーの心の支えになった。


 そして、これがハヤマとの最後の時間でもあったと知るのは、翌年のことだった。

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