第7話 少女との出会い

 翌年、軍での行動が増え始め、なかなか思うように自分の時間が取れなくなっていた。

 それでも、うまく理由をつけて休みを取り、森へとやってきた。

 今年はいつもより一日、遅れてしまったけれど、ハヤマたちはもう来ているだろうか?


 だいたい、いつも同じ日程に現れるけれど、一日、二日程度、前後することがある。

 だからこれまでは、日数に余裕をもたせて、早めに来ていたのだけれど……。


 森が近づいてくると、遠くに人影がみえた。

 森の外れにいるということは、もう木を植え終えたんだろうか?

 馬を走らせながら、その姿がハヤマでもナカムラでもないことに気づく。


 苗木が重いのか、それとも大きいからなのか、重そうに根を引きずって歩いているのをみて、レイファーは驚いた。


「おい! おまえ! なにをやっているんだ!」


 馬を飛び降りて駆け寄ると、苗木を運んでいたのは女の子どもだ。

 レイファーが急に怒鳴ったからか、驚いた顔でこちらを見ている。


「そんなふうに苗を引きずったら、根が傷むじゃあないか!」


「ああ……そうか……」


 引きずっていたことに、たった今、気づいたかのようにいう。

 苗木を取り上げて持ち上げると「もう穴は掘ってあるのか?」と聞いた。


「まだだけど……」


「じゃあ、俺が掘るから、おまえは水を汲んできてくれ」


 どこか不満そうな表情で、それでも大人しく水を汲みに行った。

 シャベルや肥料は苗木の側に運んであって、あとは穴を掘って植えるだけだ。

 苗木は三本あり、レイファーは早速、シャベルを手に穴を掘ると、肥料を撒いてしっかりと植えた。


 しばらく待つと、さっきの子が水を汲んで戻ってきた。

 苗木に水をやって作業が終わると、お礼を言われた。


「ハヤマとナカムラはどうしたんだ? 一緒じゃあないのか?」


「どうして二人を知っているの?」


 レイファーの問いかけには答えずに、警戒した面持ちで逆に問いかけてきた。

 よくみると、腰にハヤマやナカムラと同じ武器を携えている。


「毎年、ここで会っていた」


 植物の育てかたを教わりながら、二人がこの森を離れたあと、ときどき手入れにきていると説明した。

 今日も二人に会うつもりで来た、と。

 本当は剣も教わっているけれど、それは今、話すことじゃあない。


「そうだったんだ……あたし、なにも聞いていなかったから……」


「こっちも知らない子がきているとは思わなかった。それで? 二人はどこにいる?」


「ハヤマさんは去年、ここから戻ってすぐに亡くなった。タクミさん……ナカムラは、もうすぐ出産を控えていて来られなかったんだ」


「亡くなった……? ハヤマが……?」


「あたしはその代わりで、今回、ここへ来たんだ」


 ハヤマが死んだというのは、レイファーにとって衝撃だった。

 この先もずっと……まだまだずっと、たくさんのことを教えてほしかったのに。


 うつむいて立ち尽くしていたレイファーの肩を、女の子は突然、ものすごい力で引き寄せ、レイファーを庇うように後ろ手に回した。


「……下がって!」


 女の子は僅かに顔をこちらに向けて低くつぶやくと、身を沈めて腰に差した武器の柄を握った。

 この感覚は、初めてハヤマたちと出会ったときに似ている……そう感じた瞬間、木々の陰や岩陰から、剣を手にした大柄の男が五人、現れた。

 全員、仮面や大きなマスクにフードをかぶり、顔がわからない。


 けれど、これはいつものように、兄たちがレイファーに差し向けた刺客だ。

 最近は襲われることがなくなっていたから、すっかり油断していた。

 この女の子だけでも逃がさなければ、そう思ったのに、目の前の子はハヤマとナカムラと同じ武器を抜き、一斉に向かってきた男たちを、次々と斬り倒していった。


 ほんの数分の出来事だった。

 こんな小さな子どもが、あっという間に五人の男たちを倒してしまった。

 女の子は男たちの仮面やマスクをはぎ取り、レイファーを振り返った。


「こいつら、あんたの知り合い?」


 恐る恐る顔をみると、そこに倒れているのは……。


「チャールズ……ヘンリーとリアンまで……そんな……」


 残る二人は、長兄と一緒のところを何度か見かけたことがある。

 三人は、長兄の手下だったのか……。


「俺は……いつか上に立つくらい強くなろうと……親しくしていたと信じていたのに、こんなに身近に敵がいるなんて……」


「裏切られたのか……あんた、いつもこんなふうに命を狙われているの?」


「ときどき……俺が上を目指すのは無謀なんだろうか? いつか自分の手で、この国を豊かにしたいと思っているのに……」


 信じた相手に裏切られることが、こんなに辛いとは思わなかった。

 軍の中には、まだまだ兄たちの手のものが潜んでいるのかもしれない。


 いずれは王に――。


 そんな思いを感じ取られ、邪魔をされ続けるんだろうか?

 信頼できる仲間を作っても、その仲間を危険な目に遭わせるかもしれないのか?


「強い思いがあるのなら、迷いを感じちゃ駄目だ」


「えっ……?」


「時にどうしようもない選択を求められることもある。どうしても一つは諦めなければならないのなら、どちらが自分にとって大切であるか……それを胸にしっかり刻み、ためらわずもう一方は、切り捨てなければならない」


 女の子は息絶えているチャールズたちの顔に、外した仮面やマスクをつけ直すと、手を合わせている。

 切り捨てろ、そういうけれど、信じた仲間をそんなに簡単に切り捨てられるわけがない。


「気持ちはわかるけど……人の力なんて……どれだけ過信してみても、ほとんどが手に余ることばかりだからね」


 確かに、どれもこれも、レイファーの手に負えないことばかりで、まだ何一つ、この手に掴めていない。

 女の子はスコップや荷物を手にすると、森の奥へと歩き出した。


「キミ……キミもナカムラと同じで泉翔人だよね? 名前はなんていうんだ?」


 泉翔人は黒髪に黒の瞳だけれど、この子は赤茶けた髪に、黒い瞳は僅かに赤みを差したようにみえる。

 振り返ったその目が、レイファーをしっかりと見つめている。


「フジカワ。来年は多分、ナカムラがくるよ。今年は会えなくて残念だったね。それから、植木、手伝ってくれてありがとう」


 そのまま去っていく後ろ姿を、レイファーはみえなくなるまで見つめていた。

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